第28話「宇津木 加也」
優希は、バスに揺られ帰途に着いていた。
スマホを受け取り、100円ショップの店員さんにお礼を言い、荷物を受け取ってキャリーワゴンに荷物を積み込むとバス亭に向かった。
昨日と同じ時刻のバスは、昨日と同じ運転手さんが運転して、多少、時間は掛かったものの問題なく荷物をバスに乗せる事が出来た。
バスの中で優希はスマホの再設定に余念がなかった。確かにメールの一部は消えてしまったが、SNSなどはパスワードが分かれば問題なく使える。ただ全てを思い出す事は当然出来ず、アプリではなくブラウザの同期機能を利用してログインしていった。クラウド技術勝利の瞬間だった。
小さい画面と睨み合いながら作業したせいか、バスに少し酔ってしまったが、無事、終点の鳥居ダムに着く事が出来た。
優希は、今度は慎重に荷物を降ろし運転手さんにお礼を言うと、お土産物屋に向かった。
「ただいま~、おばちゃん。朝は送ってくれてありがとう」
「おかえり~って、誰が、おばちゃんだ!」
優希は、てっきり宇津木のおばさんが店番をしているものと思っていたので、奥の方から聞こえてきた、予想よりずっと若い声に驚いてしまった。
そして、店の奥から顔を出したのは、赤いフレームのメガネを掛けて、長い黒髪を後ろで無造作に縛っている、優希と同年代くらいの女性だった。肌は日に当たらないのか透き通るを通り越した感じに白かったが、不健康という感じはしなかった。これはおそらく体型が日本人の平均よりグラマーだからだろう。
優希は顔に見覚えはあったが直ぐには言葉が出せなかった。
「ふむ。その反応はコイツ誰だって意味だよね。久しぶりなのに思い出して貰えないのは地味にショック」
彼女は、口とは裏腹に淡々とした表情で話した。
優希は、久しぶりという言葉から、広瀬村での知り合いだろうと当たりを付けた。というか、目の前の宇津木のおばさんに似た人物に心当たりはあったのだ。
ただ、視覚から入ってくる情報と、該当するであろう人物像がどうしても一致しないので脳が存在を否定しているような感じなのだ。
「えーと、間違ってたらゴメン。ひょっとして、ひょっとすると、昔良く遊んだ宇津木商店の加也ちゃん……かな?」
加也ちゃんと呼ばれた彼女は、一瞬、嬉しそうな表情を見せたが、優希の自身なさげな質問にムッとした顔になった。
「子供の頃とはいえ、毎日のように遊んだフレンドに対しての、その自身のなさ。私なんてすぐ分かったのに。――やっぱり都会は人を変えるんだね」
この言葉に優希は激しく反応した。
「いやいや、加也ちゃんが変わり過ぎでしょ。昔は、日に焼けて真っ黒だったし、髪も短くて、身体だって細身というかガリガリに近かったじゃない。今と正反対だよ!」
「誰さ、その男みたいなの。あっ、優希ちゃんじゃないね。昔から女の子っぽいというか、今でもそうだけど。昔はスカートを……」
「アーーアーーッ!」
優希は加也の言葉を大声で遮った。加也は、その様子が面白かったのか、肩の力を抜いてリラックスした笑みを見せた。幼馴染とはいえ、久しぶりの再会で知らず緊張していたのかもしれない。
その様子に優希も柔らかい笑みを浮かべ、改めて加也に向き直った。
「ただいま。加也ちゃん」
「おかえり。優希ちゃん」
二人は久しぶりに再会を果たした。
「加也ちゃんはお手伝い? 店番ご苦労さま」
「優希ちゃんもね。ああ、午前中に斉藤さん達が店に来て大まかな話は聞いてるから。あっちの町まで物を売りに行くんだって? ご苦労さまさまだね」
加也はそう言って、店の奥にあるカウンターの裏で、急須にお湯を注いで二人分のお茶を入れると、優希に座るように促した。
優希が用意されていたパイプ椅子に座ると、加也は、優希の前に湯のみを置いて、カウンターを挟んで向かい合うように座った。
そして、お茶を一口飲んで、横にあるノートパソコンを覗き込んだ。
優希も、お茶を一口飲んで、ホッと一息ついた後、おもむろに口を開いた。
「あれ? ひょっとして、おばちゃんが言っていた娘って、お姉さんの方じゃなくて、加也ちゃん?」
加也はパソコンのディスプレイを見つめたまま「んー」と曖昧な返事をしたが、マウスを数回クリックすると顔を向けてきた。
「姉さんなら、旦那さんの転勤で今は県外。母さんは食堂の方が忙しくなってるから、店番は私の担当。――後は仕入れとかかな……」
そう言って、ディスプレイに視線を戻し、キーボードを叩いた。
「優希ちゃんの提案は、母さんから聞いてるし私も賛成。それに100円ショップで購入する品も安く手に入るから」
「えっ? そんな事出来るの?」
「問屋を通せばね。ホントは製造元から直接仕入れたい所だけどそれは難しいかな。後、裏技みたいな感じだけど、閉店する店舗の商品をまとめて安く引き取るって手もあるよ。まあ、余分な物を引き取る事もあるだろうけど、それを差し引いても十分に安く仕入れられるし」
「へえっ。流石は商売人の娘さんだけあって詳しいね」
加也は、チラッと優希を見て、わざとらしく溜め息をついた。
「……ホントは優希ちゃんも覚えなきゃだけど、色々大変そうだし、私が仕入れ全般を担当するよ。とりあえず、売れそうな物は聞いてあるから追加で用意してるとこ。取り分とかコミコミの半々で良いよね?」
「うん、ありがとう。――でも良いの? 今の所、こっちの世界でも問題なく売れる物も見つかってないから、収支は当分マイナスだよ?」
「ウチは昔から商売やってたみたいだから、迷い人さんが持ってたお金が少しあるんだけど、今は使ってない古い通貨も結構あるみたい。で、直接取引するためにも、あっちの通貨が必要だから最初の内は投資だと思う事にする」
先を見据えた行動に優希が少しだけ関心していると、ディスプレイを見ていた加也が話題を振ってきた。
「そういえば、妹ちゃんから、私の所に、兄の安否を確認する通知が山ほど来てるんだけど身に覚えはない?」
優希は慌てて、SNSの通知を確認したが、バスの中で見た時と変わらず、妹からの通知は一件もなかった……。
「うーん。実は昨日バスを降りる時にスマホ壊しちゃって。今日はショップにも行ったんだけど何故かデータまで消えてて、仕方ないからバスの中で再設定してたから、確認はしたんだけど。……やっぱり何も来てないよ?」
加也は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「優希ちゃん、村の中は電波が入らないどころか電子機器は殆ど使えないよ? だからTVはないし、電話も昔ながらのダイヤル式だったでしょ?」
「えっ? そうだったの? てっきり雰囲気作りの一環で、そういうの置いてないのかと思ってた。んん? でも電気とかは来てるよね? 冷蔵庫とかもあるし、線引きが良く分からないんだけど」
「簡単に言うと集積回路が使えないんだって。後で分かったんだけど魔力が蓄積されると本来の役割を果たさなくなるみたい。半導体も複雑な構造じゃなければ問題ないらしいけど。だから全自動給湯器とか憧れだなー」
村の家電事情を一通り説明すると、加也は手を差し出した。
「それじゃあ、はい。スマホはお預かりします」
優希は思わずスマホを差し出した。
「あっ、ちょっと待って。母さんと、妹にも連絡しとかないと」
優希は手を差し出したが、加也はその手を取り、スマホのロックを解除すると、カウンターから出て優希を手招きした。
「ついでだから、一緒に写真撮ってそれを送ろうよ。私も二人とは連絡は取り合ってるけど、子供の頃のイメージのままかもだし」
「まあ、確かに加也ちゃんの変わり様には驚くだろうけど……」
その言葉を肯定と捉えた加也は、優希に密着するとスマホを掲げた。
「ん~、もっと詰めないと画面に収まらないよ。ほら、笑ってポーズ」
「え、えっ、ぽーず?」
カシャっとシャッター音が響くと、加也は早速、画像を確認して送信しようとした。
「えっ、いや、それ僕のスマホ……なんだケド……」
「いいから、いいから。優子おばさんと彩ちゃんに送っておくから大丈夫だから。それよりもほら、そろそろ帰らないと。明日は早いんでしょ? あっ、荷物は置いてっていいよ。私が帰る時についでに持って行ってあげる。搬入用エレベーターあるから」
「えっ? あの、加也ちゃん?」
加也は、早口で捲し立てて、優希を追い立てるように広瀬村に続く通路に押し込んだ。そして、優希のスマホを操作すると二人にメッセージを添えて画像を送った。
数秒後、彩香から一言『誰?』という返信が来て、思わず「怖っ!」と呟いたが、すぐに、ニンマリと笑い『加也ちゃんだよ』と自分で送った。
再度、二人で撮った画像を表示した加也は、それをしばらく眺めた後、自分のアカウントへ送るとわずかに微笑んだのだった。





