第24話「交易文字と異世界言語」
「第二交易文字は、あちらの、優希達の世界で使われている文字だな」
突然の爆弾発言に、優希とノーチェは驚きを隠せなかったが、榛名ちゃんを除き、他の面々は既に知っていたのか反応は薄かった。
「えっ、え? つまり異世界には日本語が使われているって事ですか?」
「正確には、そちらの国の日本の文字が、使われているだな。一部の記号文字以外は同じ文字が使われているようだ。朝にこちらの新聞を読んだが、意味の分からない単語はあったものの問題なく読む事が出来た。――そちらでは左読みで統一されているらしいが、こちらでは、右読みも多いが、左右混在しているのが現状だな」
「それも迷い人が、あちらの世界へ広めたんですかね?」
優希の疑問に、恵子とゲンさんが、難しい顔をして視線を合わせていたのに気付いたアルヴァーが、そちらに注目すると、優希も遅れて視線を向けた。
「あー、それは、迷い人の影響じゃなくて明らかにこっちの人間の影響だ。時の明治政府はそっちの世界と何らかの取引関係があったらしい」
「何? それは何時頃の事だ!?」
何時になく慌てた様子のアルヴァーが立ち上がるとゲンさんに詰め寄った。
「と、とりあえず落ち着いてくれ。今から百年以上は前の話になるんだ。詳しい事は記録を調べないとはっきりしないが、とにかく、その当時の交流の名残りだと思う」
アルヴァーは一先ずは落ち着きを取り戻すと、立ったままの姿勢で腕を組み考え込んだ。
「その辺は、祖父が帰って来てからという事で。――でも、文字も使われてるし言葉も通じるって、あんまり異世界っぽくはないですよね。……見た目はともかく」
優希はノーチェと撫子を見て、前々からの疑問を思い出した。
「そうそう、アルヴァーさんやノーチェに会った時にも不思議に思ってたんですけど、何で言葉が通じるんでしょうか?」
この言葉にアルヴァーとノーチェは一瞬、不可解そうな顔をしたが、撫子には理解出来たのか「ぁーーー」と小さく声を出し疑問に答えた。
「あちらの世界の住人はどんな言語でも言葉は通じるんだ。――正確に言うと話したい意思が伝わる……のかな? そちらの世界のように言語を学ばないと会話が成立しないという事はないよ」
「それは、ひょっとして魔力が影響してるんでしょうか?」
現実世界に生きる優希なら当然の仮説だったが、異世界の住人には理解されていないようで、どの顔にも疑問符が浮かんでいた。
その中でアルヴァーは該当する知識があったのか、異世界の言語事情を語り始めた。
「今までは疑問にも思わなかったが……なるほど。――まず、魔力が影響するかだが、その仮説に当てはまらない条件が多いので、関連性は低いだろうと思われる。魔力の少ない者や場所でも問題なく意思疎通が可能だからだ。――むしろ魔力が高くとも共通言語をきちんと習得していないと……。――ああ、なるほど、言われてみれば何らかの意思が働いていた可能性も……」
その場で思考の海に沈みそうだったアルヴァーを慌てて引き上げて、続きを促した。
「……ああ、すまない。少し前、ノーチェを商人組合の所属員だと言った事があっただろう?」
「にゃ。そういえば、そんな事もあったのにゃ~」
「あれは、ノーチェに母国なまりが残っていたからだ。正式な組合員なら母国なまりは改善する場合が圧倒時に多い。――思うに、このなまりの原因は、会話が翻訳不全のような状態になっているからなのだろう。現に、ガロファノ女史には母国なまりが出ていない」
「にゃ~。同郷だと、どうしても気が緩むのにゃ~……」
言われてみれば、撫子の語尾は普通だったが、違和感もなかったので気付かなかった。逆に、にゃ~と付いたらどんな感じだったろうと想像して撫子を見たが、瞳孔を細められたので、優希は慌てて別の質問をしてごまかす事にした。
「その改善で、なまらないようになるのは何でなんでしょう?」
「元々、発音での意思疎通に問題がなかったため、こちらの世界では文字の発達や共通化が遅れていた。その後、商業協会が力を付け始めた時に、第一交易文字と発音を制定した事で、それが一気に広がり統一化が進んだ。つまり、第一交易文字の発音で話す事で、より正確な意思疎通が可能になった訳だ」
「う~ん、つまり教養が高いほど標準語になる?」
優希の問いには撫子が答えた。
「そういう事になるけど、ノーチェは第一交易文字の発音に母国語のクセが抜けていないから余計にね。最も、猫妖精の国では、第二交易文字の方がメインだから、組合員にならないんだったら問題はないよ」
撫子の言葉通りなら日本語である第二交易文字が、遠く離れた猫妖精の国では標準になっているらしい。不思議な繋がりがあると優希は思った。
「――こちらの世界の神話では、人間の傲慢によって一度は、統一言語を奪われたが、古い神々が、その力を使って再び言葉を取り戻し、新しい世界を創ったとある。そして、その時、力を失った古い神々が妖精だと……」
「へえ、そっちの世界にも似たような話があるんですね」
案外、その神話は事実に基づいた話なのかも知れないと優希は思いを馳せた。





