第23話「ライ麦パンで紐解く流通通貨」
朝食も食べ終わり食後のティータイムになると、全体的にまったりとしたムードが漂った。
ノーチェは榛名ちゃんと同じココアを飲んでいる。ただ猫妖精だけに猫舌だったらしく、最初の一口以降、しつこいほど息を吹きかけて冷ましていたせいか、先程まで息が切れていた。今はココアの甘さにウットリした顔をしている。
「それで、猫妖精の隊商に売る物を考えたいと思うんですけど、その前に、どんな通貨が流通しているのかも知りたいですし、こっちの世界とそっちの世界との物価というか、物の価値の違いを教えて欲しいんです」
優希は、アルヴァーとノーチェを見てから撫子に視線を移した。この中では、広瀬村での生活が長く両方の世界に詳しい人物に聞くのがベストだろう。だが、肝心の撫子は腕を組み難しい顔をして考え込んだ。
「――私はご覧の通りの姿だから、この広瀬村以外に向こうの世界を直接は知らないんだが、正直、価値観が違いすぎて比較が難しい」
「え? ファノさん、それはどういう事です?」
撫子はかなり長い間考え込んで、自分なりに理解を纏めると説明を始めた。
「――たとえば、向こうの世界……広瀬村の宇津木商店に売ってる袋入りの食パンがある。……私は柔らか過ぎるのでトーストするが、娘はそのままが好きらしい。――話が逸れたが、あれは何処でも売られているし、向こうでは、複数の大きな会社が競うように作っていて値段も手頃だし誰でも食べる。そうでしょう?」
「え、ええ。100円から500円位まで色々種類がありますが、スーパーとかコンビニ、何処でも売ってますね」
「逆に、5,000円や10,000円を超える食パンを小さなパン屋が作っていてそれが売れていたりもする。――私の居た世界は、ライ麦パンのようなものに雑穀入りが主だけど、こちらの世界では普通の食パンより高い値段が付いてるよね?」
アルヴァーやノーチェは、撫子の話を興味深げに聞いているが、価格差に想像が追い付かない感じだった。
「私も最初は混乱したが、旦那が買ってきたライ麦パンの値段を聞いた時は思わず怒鳴ってしまったよ。――今では良い思い出だけど……」
そう言って、目を細めた撫子は少し微笑んでいたが、惚気ていたのに気付いたのだろう、咳払いをして話を続けた。
「つまり何が言いたいかというと、あちらの世界のライ麦パンは、こちらと違い、どこで買っても値段がほぼ変わらないんだ。正確には、麦の取れ難い土地なら高くなるし季節によっても変動する、冬場とかね。まあ、組合で談合してるのもあるが、不味いパンでも美味いパンと同じ値段って事だね」
「……つまり、自由競争な市場じゃないって事ですか?」
「それ以前の状態だね。こちらなら惣菜パンも沢山あるし、色んなジャムやバターなんかも年中同じ値段だろう? しかも古くなれば安くなったりするしね」
古く……という表現はともかく、賞味期限が近付けば確かに特売になったり、見切り品としてシールが貼られたりもする。それに物価の上昇や原材料の高騰などがない限りは、価格もほぼ固定されたものになっている。優希は頷いた。
「でも、あちらのパン屋は数種類のパンは作るけど、焼き方や形なんかが違うだけで、保存が効くとか、くるみが入っているとか、その程度の違いしかないんだ。――しかも他の店も同じような感じだね」
「にゃ。隊商で色んな所を通るけど、パーノは、少しすっぱいとか硬い位しか違いがないにゃ」
「ふむ。地方ごとに多少の違いはあるが、基本的な味は昔から変わっていないな。価格も不作や戦時には高くなるが、組合が上手く調整しているようだ」
優希は昔見た共産主義社会の映像の中での旧ソ連の売店を思い出した。まあ、政府が管理して味などを決めている訳ではないだろうが。そういえば、ソ連時代のアイスは美味しかったとか。どうでもいい事に思考が逸れたので、慌てて話を戻す為の話題を振った。
「でも、ビッグマック指数でしたっけ。ライ麦パン一個買うのにどの位労働すれば良いのかとかで比較出来ませんか?」
「う~ん、それが難しいんだ。貧富の差もあるが、たとえば、ライ麦パンは、あっちでは銅貨で買うものなんだ。銀貨を使うのは商人が取引で纏め買いする時位だね」
「それは、銅と銀の価値が違い過ぎるって事ですか?」
「それもあるが、銅貨で買える物と銀貨で買える物が明確に分かれているんだ。勿論、金貨もね。食べ物なんかは銅貨でやり取りされていて、お釣りも銅貨で支払われるね」
「んん? つまり、通貨ごとにそれぞれ別々の市場があるって事ですか?」
「そうだね。あちらだとそれが普通なのさ。ただ金貨なんかの高額取引だと、例外的に高額銀貨でお釣りを払う事もある。こちらだと、金額が同じならどんな通貨で払ってもいいというのには最初は驚いたよ」
「な、なるほど……」
「それにだ。パンが買える値段で、こちらだとそれこそ色々な物が買えるだろう? お菓子やケーキといった甘味は、あちらでは、それこそ銀貨や金貨で取引されてもおかしくないんだよ」
「ケーキすき」
榛名ちゃんが、母親の服を引っ張ってアピールしていた。ノーチェも甘味と聞いて、耳をピクピクさせている。
「他にも食器類で驚くほど出来が良いのが、100円で売られているだろう? あれにも驚いたよ」
「100円ショップとかの安いやつですね。……なるほど」
撫子の話を聞いて、購入する商品の方向性が定まった優希は、アルヴァーやノーチェの意見も聞いてみる事にした。
「ここに来るまでに見た、クーラーボックスやそれに使われていたベルト類だな。――後は、ガラス製品やそれが入った酒類は高額で売れるだろう」
「にゃ。何と言っても食べ物にゃ! おさかなのソーセージを沢山仕入れるのにゃ!」
アルヴァーは堅実だったが、ノーチェの具体的な意見に驚いた優希は詳しく聞いてみた。
「にゃにゃ。ここに来る途中で川から流れてきたのにゃ。丁度、お腹が空いてたから助かったのにゃ~!」
「魚肉ソーセージが川に流れてたんですか?」
「そうにゃ。何故か、第二交易文字が反対に書かれてて混乱したにゃ。その後は、魔獣に追われて大変だったのにゃ~……」
優希はアルヴァーを見て説明を求める視線を向けた。





