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~ファンタジー異世界旅館探訪~  作者: 奈良沢 和海
【第1章】迷いの森と広瀬村
22/51

第22話「料理人ノーチェ」

作品をシリーズ化して第1章の設定資料を追加しました。

そこそこ読み応えのある内容だと思いますよ?

「にゃ? 何の事かにゃ?」


 お刺身という、美食の余韻(よいん)に浸っているノーチェが首を(かし)げた。

 アルヴァーは周囲を見回すと、全員に聞かせるように話し始めた。


「まず、商人組合(コメルシストクリーゾ)所属員(メンブロ)なら殆どは商会の従業員という事になる。隊商(キャラバン)なら尚更(なおさら)だろう。そして、最も手っ取り早く資金を調達するなら何か価値のある物を売却するのが確実だ。――つまり、ノーチェの所属する商会なり伝手(つて)を使って資金を調達しようと考えている」


「何かを売ってお金に換えるのは分かりました。でも、その前に、猫妖精(ケットシー)隊商(キャラバン)の規模とか、その辺の事を知りたいんですけど――」


 優希の疑問には、ノーチェが詳しく説明してくれた。


「にゃ! まず猫妖精(ケットシー)の国には、国営の大きな隊商(キャラバノ)が三つあって、それぞれに持ち回りがあるのにゃ。猫の玩具隊商カタルティロイキャラヴァノは交易都市ミラーレへの往復だけなのにゃ。距離があるので大変だけど、魔道具(マギアイルロゥ)がお安く仕入れられるので人気の隊商(キャラバノ)にゃ!」


「へえ~、国営なんですね」


隊商長(エストロキャラバノ)を中心に、役人とか騎士(カヴァリーロ)やら剣士(グラビースト)、あと大きな商会の代表代理とか、大体100人位が、お国に直接、雇われているのにゃ。それに大小の商会やらが沢山参加してるにゃ。後は、周辺の人間の国から、護衛に傭兵組合(メルセオクリーゾ)傭兵(メルセアリーオ)を雇っているにゃ」


 その後、少し考える様子を見せたノーチェだが、思い出すように話した。


「――確か今回は800人は参加していたはずにゃ。人間の商人を含むと1,000人は超えてるにゃ!」


 かなり大規模な隊商(キャラバン)だった。その事に驚いていると、その後をアルヴァーが引き継いだ。


「かなり変則的(へんそくてき)になるが、まずはミラーレの商会に直接、商品を売却するよりも、猫妖精(ケットシー)の商会に(おろ)した方が、出所(でどころ)をある程度は誤魔化(ごまか)せるうえ、おそらく売却も容易だろう」


 その辺りの事情に(うと)い優希は、アルヴァーに詳しく聞いてみた。


「一度の取引数が多くなると組合員(コンヴィーロ)、つまり商人同士でないと売買が成立し難いのが現状だ。逆に数点の高額な品を売却しようとすると、こちらの信用も必要になる。何より、より上位の商業組合(コメンサクリーゾ)での扱いになる可能性がある」


「つまり、猫妖精(ケットシー)に売るのが一番都合が良いと?」


「そうだ。ここに不足しているものは現在、三つ。こちらの通貨(モネーロ)でもある交易通貨(コメンサモネーロ)。つまりは資金。次に人材――」


 ノーチェを一瞬見てアルヴァーは続けた。


「最初の二つは、今回の件が上手く行けば解消されるだろう。こちらの物品を猫妖精(ケットシー)に売却して資金を稼ぐ。その元手があれば、人を雇う事も出来る。今の所は、信用や魔力濃度などの問題もあるが――」


 再度、会話を止めてアルヴァーは結論を語った。


「最後は権力。――強力な後ろ盾でも良いが、最終的には、どの勢力からも影響を受けないように出来るのが望ましいと思っている」


 すると、それまで大人しく食事を楽しんでいたノーチェが不思議な顔をして聞いてきた。


「にゃにゃ。さっきから良く分からない話をしているのにゃ。朝からこんなに豪華な食事が出ているのに、お金がないのかにゃ?」


 今更過ぎる疑問に苦笑しつつも、優希はこれまでの事や広瀬村の成り立ちなどを説明した。ノーチェは、憎めない所もあったし、今までの言動からも自然と信頼出来る気がしたのだ。


「――にゃ~。驚きだけど、そう考えるとしっくりくる所もあるにゃ。大体、森の奥に、こんな立派なお屋敷が建っている事の方が異常だったのにゃ」


 ノーチェは、驚きながらも納得げに辺りを見回していたが、急に真面目な顔になると、ゲンさんに向き直り深々と頭を下げてこう言った。


「師匠と呼ばせて貰いたいのにゃ。そして弟子として一から料理を教えて欲しいのにゃ!」


 ゲンさんは渋い顔でノーチェを(にら)んでいた。


「猫の嬢ちゃん。……いやノーチェ。今までの話を聞いた限り、そっちの世界の食文化は正直言って、こっち側よりかなり遅れてる。農作物の品種もそうだし、流通にしても、こっちじゃ鮮度を保ったまま海を越えて来るなんて普通の事だ」


 ノーチェは驚いた表情を見せたが、魚の鮮度に関して思う所があったのだろう、また真面目な表情に戻った。


「――それにだ。こっちの世界でも一流の料理人になるには長い修行が必要だ。ノーチェ。お前はさっき、一から料理を教えて欲しいと言ったが、まずは、お前自身が一にならなきゃ話にもならん。……この意味が分かるか?」


「にゃにゃ!? それは料理の腕を疑っているのかにゃ!?」


 ノーチェは憤慨(ふんがい)したようだったが、ゲンさんは冷やかな目を向けると、他の面子に視線を向けた。

 意外な事に撫子(なでしこ)が明確に答えを口にした。


「それは、ノーチェがこちら側、……ゲンさんの作るような料理を今まで食べてこなかったからだな」


「にゃ!? それはどう言う事……にゃ……――」


 ゲンさんや撫子(なでしこ)が言いたかった事に途中で気付いたらしく、みるみる声が尻すぼみになっていった。


「分かったようだな。お前さんの料理の腕は知らんが、こっち側の料理の知識が殆どない状態ってのは、ゼロ(どころ)かマイナスでのスタートになるんだ。今まで積み上げてきた(おのれ)の技術すら捨てなきゃならん。――場合によってはな」


 ノーチェは耳をペタリと寝かせて(うつむ)いた。

 料理には一切の妥協(だきょう)を許さない『鬼のゲンジ』が現れている間は、優希が仲介しても無駄だろうと思えた。

 だが、気落ちしていただろうノーチェは、一転、強い意思のこもった瞳で、再度「弟子にして下さいにゃ」と言って頭を下げた。


 そんなノーチェの(かたくな)な面を見せられ、流石のゲンさんも首を(たて)に振るだろうと、優希は思ったが、肝心のゲンさんは、返答を躊躇(ためら)い視線を彷徨(さまよ)わせて何かに迷っているらしい事に気付いた。普段の『鬼のゲンジ』なら、こと料理に関しては女子供だろうが容赦(ようしゃ)しないはずだが、今のゲンさんはノーチェの何かに対して明らかに言い(よど)んでいるようだった。


「ゲンさん。()出口(でぐち)かもですが、ノーチェに何か言いたい事があるんじゃないですか?」


 優希が指摘すると、ゲンさんはそれまでの(きび)しさを引っ込め、ばつが悪そうに(ほほ)()いた。


「あーーっ、何ていうかこういう事は、猫の嬢ちゃんにはセクハラになるかも知れんから言い難かったんだが。その……毛がな、料理人としては許容(きょよう)出来ないんだよ」


 ノーチェが頭を上げると、きょとんとした顔をした。優希はノーチェの顔を見て納得の表情を浮かべたが、それに反論するように撫子(なでしこ)が口を開いた。


「我々猫妖精(ケットシー)は内在魔力を体毛に蓄える関係で、――の猫のように抜け毛が多いという事はないよ」


「にゃ? 毛が抜けるのは病気の時位にゃ。人間の間では猫妖精(ケットシー)の抜け毛は珍しいから、お守りにする事もあるらしいのにゃ」


 異世界の衝撃(しょうげき)の事実を知った時の、ゲンさんの何ともいえない顔は見物だったので、スマホで撮影したら面白いと思った優希だったが、昨日、完全に破損(はそん)したのを思い出した。村の結界の中まで電波が届くか分からなかったが、壊れたままだと色々と不便だろう。

 優希がスマホをどうしようか考えていると、ゲンさんがノーチェと向き合って真面目な表情を見せた。


「まあ、弟子の件は一先ず保留(ほりゅう)だ。とりあえずは、坊ちゃんの手伝いをして猫妖精(ケットシー)との(つな)ぎ役をして欲しい。――こっちは今、正に猫の手も借りたいんだ。余裕が出来たら調理場も手伝って貰うが、まずは皿洗いからだぞ」


 この言葉にノーチェは耳をピンと立てるとゲンさんにお礼をいい、優希と向かい合った。

 そして、メイド服を着ていたノーチェはスカートを軽く(つま)綺麗(きれい)なカテーシーをして挨拶した。


「若旦那様、これからよろしくお願いしますにゃ」


 こうして広瀬館(こうらいかん)に新しい従業員が一人増えたのだった。


「あっ、うん。よろしくお願いします。……ところでノーチェは何処(どこ)かの商会の従業員じゃないの? 今頃は隊商(キャラバン)も大騒ぎで捜索(そうさく)されてたりするだろうし、これから合流するにしても勝手に辞めてたら問題にならないかな?」


「多分、大丈夫にゃ。捜索(そうさく)費用なんかは、隊商長(エストロキャラバノ)との交渉が面倒かも知れないけど、売れるものを持ち込めば歓迎(かんげい)されると思うし、イリス商会の方も問題ないにゃ」


「では、まずはノーチェの雇い主のイリスという人物に話を通す事になるな」


「にゃ? 商会の代表はピアンタにゃ」


 予想と違うノーチェの言葉にアルヴァーは驚いたが、やがて納得の表情になった。


「そうか、ピアンタの両親の商会を継ぐという意思に変わりはないのだったな」


 この発言にノーチェは予想以上の反応を見せ、身体全体がピンと立ったようになった。


「にゃにゃ!? アルヴァーはピアンタを知っているのかにゃ?」


「――ピアンタは、国費(こくひ)でミラーレ学院(アカデミオ)に留学していた才女(さいじょ)だ。学院(アカデミオ)でも猫妖精(ケットシー)の受け入れは初だったので、非常に目立っていた」


「アルヴァーさんは、教師をしているって言ってましたっけ。じゃあ、そのピアンタさんも教え子だったんですか?」


「ああ。優秀な人材だったので、組合(クリーゾ)からも勧誘(かんゆう)があったが、売買契約許可免許ペルメシラヴェンダコントラクトを取得して組合員(コンヴィーロ)になってすぐ、国に帰ってしまった。……私も学院(アカデミオ)に残るよう誘ったのだがな」


「にゃ~。ピアンタがミラーレに留学してたのは知ってたけど、知り合いだったのは驚きだにゃ!」


 ノーチェは少し考えを(まと)めるように自分の商会について詳しく話した。


「今、お世話になってるイリス商会は町猫(ヴィラカート)ばかりで、6人全員が今回の隊商(キャラバノ)に参加しているのにゃ。ピアンタは国に店を持つ()もりみたいだけど、正直、今は猫妖精(ケットシー)の土地で店を持つのは難しいのにゃ」


 そして、少し間をおくと意外な提案(ていあん)をしてきた。


「お願いだにゃ! ここにピアンタのイリス商会の店舗を(かま)えさせて欲しいのにゃ」


 そう言って頭を下げたノーチェに、優希はどうしたものかと恵子の方を見た。

 恵子は無言で(うなず)くと、一歩()み出して答えた。


(さいわ)いと言っては何ですが、広瀬(こうらい)の里の(ほとん)どは空き店舗になってしまいました。ここ広瀬館(こうらいかん)も大事ですが、里の店舗の維持(いじ)も大事です。それならいっその事、こちらの人々に店舗を貸し出しては如何(いかが)でしょうか」


 ノーチェは()()りそうになるほどの速さで頭を上げると、期待のこもった眼差しで優希を見た。

 優希は中々良い案だと思ったが、念のため周囲を見回して確認を求めた。


猫妖精(ケットシー)に店を貸し出すのは良い考えだ。上手く行けば間接的に猫妖精(ケットシー)の国の後ろ盾を得られて交渉事も優位に進められる」


「猫の嬢ちゃん達が働く、田舎の観光地ってのもシュールな光景だが、異世界じゃこれが普通になるんだろうな」


「流石に人手が足りなさ過ぎると思っていた所だ。同胞が増えるなら歓迎しよう」


「猫ちゃん増えるの楽しそう」


 アルヴァー。ゲンさん。撫子(なでしこ)榛名(はるな)ちゃん。それぞれに歓迎ムードだった。


「分かりました。そのピアンタさんの返答次第ですけれど、広瀬(こうらい)の里の店舗を貸し出しましょう」


「にゃにゃ! ありがとうにゃ! ……これでピアンタのやつに借りを作れるのにゃ。当分、頭が上がらなくなるといいにゃ」


 最後の本音っぽい黒い(つぶや)きは聞かなかった事にして、猫妖精(ケットシー)隊商(キャラバン)に売るものを話し合おうと思った優希だった。

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