第19話「猫メイドと王女と協会」
「にゃ~。酷い目にあったにゃ~……」
猫妖精の第一声がそれだった。
あの後、押っ取り刀で洋館に取って返し、恵子やアルヴァーを慌てて呼び出した。露天風呂に向かう途中で偶然、ゲンさんとも合流出来たので、簀巻きにされ猿轡を噛まされた猫妖精を、四人で何とか下ろしたのだが、途中で暴れ出したため露天風呂に簀巻き状態で落としてしまったのだ。
今は、何故か用意してあった子供向けのお手伝い服――要はメイド服だ。を着て正座させられている。
優希は、流石に再度、入浴する訳にもいかず、身体が冷え切っていたが成り行きを見守るしかなく、目の前のファンタジー生命体を観察する事にした。
見た目は、茶白のレッドタビー&ホワイト色で額の部分が白いハチワレと呼ばれる柄になっていて、瞳の色は琥珀色だ。身長は140cm前後だろうか。子供っぽくもあるが年齢はよく分からなかった。そして、見た目は猫だった。正確には、立ち上がった猫か、猫の身体が人間のバランスになったとでも言えばいいのか、ともかく頭のてっぺんから爪先まで猫そのものだった。それでいて、会話が出来るというのは、もの凄い違和感を感じる。ただファンタジー的な存在にも多少慣れてきていたので、その意味では可愛い部類に入るのだろう。
そういえば、何故、言葉が通じるのだろうと今更ながら疑問に思う優希だったが、そんな事を考えている間に話し合いも進展したようで、アルヴァーが猫妖精に質問していた。
「それでは改めて聞きたいが、近年ミラーレにやって来ている猫妖精の隊商で間違いないのだな」
「そうにゃ。猫の玩具隊商員のノーチェだにゃ」
「ふむ。その隊商の名前は聞き覚えがある。では、何故こんな森の奥まで? 隊商は確かに森林地帯を迂回はするが、入り込む事はないはず――」
その問いに若干の怒りを滲ませながら、ノーチェはここまで来た経緯を説明した。
「そんな訳で途中から合流してきた商人の雇っていた護衛から逃げて迷い込んだのにゃ。あいつ等、傭兵組合の正式な傭兵のはずなのにゃ!」
ノーチェは、隊商に途中から合流してきた商人の事などを詳しく語った。
それによると、元々猫妖精は、独自に隊商を形成していたが、それに目を付けた個人規模の商人達が便乗する形での同行を打診して来たそうだ。隊商は最初こそ難色を示したが、得られる情報や、その商人達との取引、何より同行料を徴収出来るという旨みから態度が軟化したらしい。
傭兵組合からの護衛は人間が多い事も関係しているが、規模が大きくなればそれだけ安全になるという事や、多少合流した所で猫妖精の方が数が多い事への安心感もあったと思われる。
ただ、往復を重ねる内、希望者が多くなり過ぎて、現在は隊商規模の三分の一までと制限されているようだ。これは隊商内の秩序維持も理由の一つだが、主な理由は、傭兵組合との契約料が関係しているらしい。そのため、護衛付きなら制限を超えても、ある程度は受け入れるとノーチェは言っていた。
その言葉に暫し考え込んだアルヴァーだったが、こんな事を言ってきた。
「あくまで仮説だが、その商人は、もともと偽者だったのではないか? 私も組合とは近しい関係だが、正式な組合員がそのような無茶な真似をするとは考えにくい。身分確認はどのように?」
ノーチェから更に詳しく状況を聞いた結果、アルヴァーは次のような結論を出した。
「商人と護衛、どちらの身分証も本物だが、帝国側のかなり離れた地からやって来た事を考えると、どちらも偽者の可能性が高いだろうな」
「それは、身分証ではなくて、本人達がって事ですか?」
「おそらくは。こちらの世界の商業協会という組織は蜘蛛の糸のように世界中と繋がってはいるのだが、全ての把握は到底不可能なので、それぞれの主要都市ごとで纏まっているのが現状なのだ。要は国家と同じだな」
その後のアルヴァーの話を要約すると、商業組合が、都市ごとに設置されていて、その下にそれぞれの商業系組合がある組織形態らしい。つまりは、その名の通り商業全般を取り仕切っている組織のようだった。
そして、地域ごとの組合長が商業協会を組織して運営方針を決定しているとの事。
この地域というのが、実に曖昧らしく、国家の枠内に留まる場合もあるが、周辺国家に跨っている事もあるらしい。要は国家の枠を超えた第三の勢力ともいえた。総合商社に近いかも知れないと優希は思った。
「それだけ組織に権力があるって事ですか?」
「領主によって、ある程度の制限はされているが、昔と違い商業協会を敵に回すと経済が回らなくなる。領主のように特定の一人に権力が集中していない事も逆に強みになる。協会長は組合長の繰り上がりが多いが任期も短いし世襲制でもないからな」
「難しい話はいいにゃ。結局どういう事だにゃ?」
ノーチェが痺れを切らせたのか聞いてきた。
「身分証の本来の持ち主は、――残念だが生存している可能性は低いだろう。君を襲った相手は、別の地域で何らかの犯罪を犯して追われる身となり、逃走のために身分証を奪い、本人に成りすまして、ここまでやって来たという事だろう。おそらくはだが」
「なんでそういう結論になるんだにゃ? 猫妖精が珍しいから金持ちに売りつけるか、攫うように依頼されたんじゃないのかにゃ?」
「それが先程の話とも繋がる。現在、人間の国家は長い紛争の影響で版図が崩壊したような状態になっている。必然、地方領主の権力が高まると思われたが、国自体が疲弊し過ぎた影響で、領主の権力さえ低下してしまった。その時、力を付けたのが、商人や傭兵、騎士団といった面々だった。やがて、彼らは集まると、現在の相互扶助組織を立ち上げた訳だ」
「つまり、現在のお金持ちはそういった組織の構成員という訳ですね」
ノーチェは足が痺れてきたのか気も漫ろになっていた。
それを、横目で見ながらアルヴァーは話の流れを遮るような重大な発言をした。
「まだ非公開だが、猫妖精の王女がミラーレに来訪される予定があるらしい」
「にゃにゃ! オルテンシア様が来るのかにゃ!?」
ノーチェは急に立ち上がったため、痺れた足でバランスを崩した結果、前に転がった。優希は、それを助けながら昨日の会話を思い出していた。
「猫妖精の王女は確か魔法使いの素養があるんでしたっけ」
「良く知ってるのにゃ。そうにゃ! 猫妖精の希望の鈴。魔法使い王女オルテンシア様なのにゃ!!!」
ドヤ顔で胸を張ったノーチェ。瞳孔が開いている。
その様子にちょっと可笑しくなった優希だが、ふとした疑問が浮かんだ。
「なら余計にノーチェさんを攫う動機があるんじゃないですか? 逃亡者という結論にはならないと思うんですけど」
「ノーチェで良いにゃ。ここの偉い人みたいだから、敬称を付けられるのは混乱するにゃ。――にゃにゃ。確かにおかしいのにゃ」
二人はアルヴァーに疑問を投げかけた。一方のアルヴァーは顎に手を当てて解説していく。
「簡単に言ってしまえば下手に横槍を入れられないのだ。今や猫妖精の隊商は、ミラーレを始め様々な所に少なくない利益をもたらしている。これを妨害しようものなら、各所から突き上げを喰らって、たちまちその者は失脚するだろう」
「でもミラーレの発展を快く思っていない人も中にはいるんじゃないですか?」
「それは勿論いるだろうが、協会や組合の相互扶助というのは相互監視という意味でもある。組織のために、お互い助け合っているが、一度、裏切れば苛烈な報復が待っていると思ってもらっても構わない」
「――実例があったんですか?」
アルヴァーが急に苛烈という表現を使った事に違和感を覚えた優希は、確認せずにはいられなかった。いつの間にか隣に座っていたノーチェも固唾を呑んで見守っている。
「――ああ。今ほど組織が成熟する前の事だが、組織の権力拡大を危惧した領主と、他の協会に対して妨害工作を仕掛けた協会長は、何れも殺された」
「……それは暗殺者が送り込まれたとかですか?」
「いや、どちらも民衆や部下といった内輪の者の怒りによって殺された。協会を敵に回した結果、どちらの領地も物流が滞って物価が激しく上昇したのだ。その時に、食料だけでも安く民衆に放出していれば、あるいは別の道もあったかも知れないが、どちらも出荷制限を掛けて値を吊り上げた。それが決め手となり、反乱が勃発。その日の内に、物言わぬ骸となったと聞いた」
その結末に思わず絶句してしまった。確かに現実にも起こりうる出来事ではあるが独裁にも移行せずというのは性急に過ぎる気もした。その事をアルヴァーに聞くと、それだけ、権力者の力が衰えたという事なのだと言われた。同時に異世界での協会の権力の強さを知る結果となったのだった。





