第15話「魔法使いと魔術師」
「――それこそが魔法使いで、その中でも特に魔術師と呼ばれる存在には十分に注意が必要だ」
優希はアルヴァーの苦虫を噛み潰したような顔を見て、どれほど危険な存在なのだろうかと思った。そして、それを思い切って聞いて見る事にした。
「その魔術師と言うのは、それほど強いんですか?」
「……優希に出会う前に遭遇した魔獣相手に手持ちの3本の短握杖の内、2本を失って辛うじて勝利した。この魔道具は、射程は短いものの決して非力ではない。だが、ジャウードと呼ばれる素早い魔獣相手では、たとえ命中しても牽制程度の威力でしかないのだ」
アルヴァーはそこで口を一旦噤んだ。優希は我慢強く次の言葉を待った。
「――ミラーレには、中央から派遣されて来た魔術師クルアランという人物がいる。今はミラーレ公の切札とも云われているが、……魔術師クルアランならジャウードが近付くよりも前に一撃で倒す事も容易いだろう」
優希は出会った時から、アルヴァーの体つきや身のこなしから学者というには、あり得ない程の実力者だと気付いていた。その彼をして攻撃用の魔道具を使っても苦戦する相手を、一方的に倒せるというのは脅威に感じる。
「――ちなみに、何かの行き違いで敵対した場合はどうするのが最善なんでしょうか?」
「……少なくとも距離を詰めない事には戦いにもならないだろう。魔法使いとは、魔法発動体を通して魔力を魔法として具現化する速度が速い者の事だが、この魔力変換の集中を乱す事で妨害も可能だ。――しかし」
「――しかし?」
「より上位の存在である魔術師は、一瞬で魔力を魔法として具現化する。たとえば――」
そう言うと、アルヴァーは自分の持つ最後の短握杖をテーブルに置いた。
「このワンドは魔道具化されているが、原理自体は同じだ。水晶体の大きさが魔力蓄積量、つまり威力に直結し、杖自体の長さや太さが射程や収束率そして指向性に大きな影響を与えている。――ここまではいいか?」
「……え、ええ。つまりは杖の大きさが威力に直結しているって事ですよね?」
「その認識で問題ない。だが魔術師にその常識は通用しない。小さく細い杖からも非常に高い威力の魔法を行使出来るのだ。――おそらくは、魔法発動体に常に魔力を供給しつつも、魔法として具現化出来るほどの速度で魔力変換しているのだと思われるが、――正直、相手にしたくはないな……」
猫妖精から、魔術師へと話しがかなり脱線して重い空気になった所で、恵子がタイミング良く声を掛けた。
「難しいお話はそれくらいにして、明日の事を確認致しましょう。お二人ともお疲れでしょうから、明日の朝食は遅めに致します。猫妖精さんについては、気にはなりますが、今日はもう遅いので捜索は明日からという事で村の連絡網で回しておきます。――後は」
恵子が考え込んでいる間に、アルヴァーは会話を手で一旦遮った。
「すまないが、私は出来るだけ早くミラーレに戻ろうと思う。今回は偶然ここに招かれたが、本来は日帰りの予定だったのだ。あちらでの仕事もあるが、あまり滞在が長引くと弟子が心配して探索者が派遣される可能性もある」
「でも、外はまだ危険なんじゃないですか。魔獣は強いんでしょう?」
優希が危険性を指摘したが、
「――だが、さまざまな準備が整うまでは、ここの存在が知られるのは正直まずいだろう。ミラーレは商人の都だ。結界があるとはいえ、後手に回ると足元をすくわれる可能性もある。……だが朝食は有り難く頂こう」
アルヴァーは、微笑を浮かべるとコーヒーを飲み干した。
「まあ、その件は明日にしよう。迷子の猫ちゃんの事もあるしな。アルヴァーさん、もう少しいけるだろ?」
ゲンさんが手で杯を傾けるジェスチャーをすると、アルヴァーは頷いて連れ立って地下に降りて行った。
「それでは、後片付けはやっておきますので若旦那様はお風呂にでもどうぞ」
「恵子さん……。その若旦那様ってのは止めてよ。あっ、そういえばここに来る途中、優姉にあったよ。――何か聞いてた話と大分違ったけど」
優希は優香に会った時の事を説明した。その話を聞くと、恵子は、深く深く溜め息をついてから頭を抱えた。
――恵子は優香の母親で優希も子供の頃は随分とお世話になった。暴走しがちな優香を叱るのは何時も恵子の役割で、折檻される優香を見て泣き出すのが優希だった。思えば、その頃から絶対に怒らせてはいけないと子供心に感じ、優希の中で頭の上がらない人物として認識されている。
この様子では優香は顔を見せる所か、近くに来ている事さえ知らせていなかったのだろう。
「あの子は一体何をしてるんだか……。皆様にご迷惑かけていなければ良いけれど。こんな事なら家の梁にでも吊るしておいた方が良かったかしら……」
恵子が恐ろしい事を呟きだしたので、優希は逃げるように露天風呂に向かった。脱衣所には浴衣が備え付けられているので着の身着のままだ。途中、アルヴァーのサイズに合う浴衣は用意してあるのかといった事を考えつつ、久しぶりの露天風呂を満喫した。
湯船に浸かると今までの疲れが溶けていくようだった。それと同時に広瀬村を出て行ってからの自分の子供の頃の行動を思い出してきた。
「――それは記憶も失うよな~……」
当時の優希は、広瀬村の非常識と外の世界の常識との区別が付かなかった。その結果、子供ながら浮いた存在として距離をおかれていた。ただ事情を知らない回りの大人は、生活環境が変わった事によるストレスによるものだという認識だったが。
やがて広瀬村の常識が抜け落ちていった優希は周囲に馴染んで行く……。
空を見上げると金色に輝く月が。月の周囲には虹色の月暈が揺らいでいる。これは広瀬村全体を覆う水で出来た結界から、あちら側の世界の光が漏れ出しているからだ。
優希が視線を移すともう一つの月が浮かんでいた。現実世界と異世界、どちらの世界にも存在し、またどちらの世界にも存在しない狭間の世界にあるのが広瀬村だった。
顔をお湯で洗うと、ゆっくりと泳ぐように移動する。温泉に溶け込んだ魔力が身体に染み渡り、今日は良く眠れそうだと優希は思った。





