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二二歳 忌まわしき守護者だぜ!

 カチャカチャという音と共に彼がやってきます。

 長い間兄だか弟だか呼んでいた我が家の守護妖精ですが。


 そとは酷い雨。

 私は子供を抱いて子守歌を唱えています。


「ほい。紅茶だ。さめねーうちにのみな」

「ありがとう。でも要らない」



 私は彼に告げます。


「自分の淹れた茶以外は飲むな。でしたよね」


 大きな雷の音が鳴りました。



 私のお気に入り、蝶のブローチはそれほど高価なものではありません。

 阿古屋貝を削って作ったものですので庶民でもそこそこの加工技術があればできるでしょう。


 今は胸につけていますが、『彼』は髪飾りかなにかと思っていたのでしょうね。



「歴代の子供を守る守護者、その代償ってうちの息子ですか」

「へえ。ついに思い出したのかい」



 四歳やそこいらでしたが、彼と私の真実の兄では明らかに違いがありました。

 即ち乳母にして父が第一婦人にしたかった女、メイアの息子です。


 メイアの長女アンジェリカはわたしと五歳も違うのです。メイアにわたしの乳母が務まるはずがないでしょう? 彼はメイアの息子としてふるまっていましたが明らかに無理があります。

 メイアと最も仲がいいのは彼ではなく、我が家の都合で身売り同然に両親から早々と引きはがされたリズなのですから。



「その辺は妖精ですよね。ぼんやりしちゃいますから」

「いや、一生気付かない人間のほうが多いから君は立派さ」


 そういって彼は自らが入れた茶を呑みます。


「あなたも毒は効かないのですよね」

「ぼくは耐性が強いだけさ。毒も薬もだけど。本質は一緒」



「全ての毒も病気も効かないけど薬が効かないとは限りませんよね。私達」

「繰り言だけど毒も薬も本質は一緒だからな~。お前たちは主観でそれをオンオフできるけど」


 そう、快楽はオフできる父のハーレムマスタースキルと同じく、この能力は『無害と信じた薬は有効』です。『嫌なことは忘れる』効果があるお茶とか。



 彼の実力をマコトに確認したところ『強いが弱い』との事。

 異世界人で脆弱でも対人技能を数千年単位で磨いてきたマコトの一族と同じく刀で岩を両断できなくても人間と戦う上では非常に強力だと。



「この子は取り替えますか」

「しない。ぼくらの血族に加わらないなら加護は打ち切るけど」



 彼曰く、父はわたしの素性にやっぱり気づいていたそうです。

 それはそうですよね。首の繋がらない赤ちゃんが高速ハイハイして図書室を漁ろうとするなら成長する前に死にます。そうならないように父は多々の対策を行っています。


 その一つが『駆け抜ける者』。すなわち彼です。

 原作ではリズの守護者は掌サイズの妖精の女の子ですが彼女はわたしたちの物語に登場していません。


 手のひらサイズの妖精より、因果律に愛されし『駆け抜ける者』のほうが運命に対しては有益です。己の家を、家族を、そして一族郎党を守るため彼は息子を妖精に差し出したと。



「この子はあげません」

「うーん。約束が違うけど、まぁそれは仕方ないね。君と父の契約はまた変わる」


 女の腕は細いのですが、私には毎年一桁上昇するステータスがあります。


「やめとけ」


 彼はひらひらと手を振ります。


「人間の想像力は一〇倍の違いだって正確に描写できねえよ。物理エンジンとかあったらだいぶ違うけどな」


 つまり彼には無効だということです。あのステータスはあくまで実数ではなく概念に過ぎなくなるそうで。


「ゲームだって4だったステータスが99になっても約24倍の強さにならねーだろ。

 世界観スケールってやつで、主人公がアリから戦艦同士の戦いレベルかありんこ同士の戦いレベルかって設定する。しかし大抵の『物語』じゃそんな細かく設定できねえよ。だから矛盾ができるし妙なことになる。ゲームとしては処理できるが例えばラスボスが255のダメージで即死するとかな」


 実質同等処理が適用される相手には素の力、転生前の力などが重要だそうです。



「それにぼくはキミに危害を与えるつもりはない」

「うちの子に手出しするなら、同じです」



 彼は可愛らしく小首をかしげますがそれだって今や邪悪なものに感じます。



「違う。自分でも気づいているだろ。オマエこの子を産む時点で本来は死んでいる」

「……」


「なんせ、お前は本来のルートではこの歳では死んでいるだろ? 修道院にせよ斬首にせよだ」

「その子が君を守ったのだ。単純に言うと一族に加える為にその子が産まれたともいう」


 私は息子を強く抱きます。やっと私たちの名前を言えるようになってきた転生者でもない幼子です。


「事実、キミは息子の名前も言えない」

「……!」


 幼い幼児の姿をした彼は首を振ります。


「一族にその子が加わることで君の一族の忌事はまた回避される。ぼくらは因果律に愛されしものだからね」

「父と私は別の存在です。父が私や家中をすくうために自分の息子を差し出したからといって私がそうするはずがないでしょう!」



「そうか? 死んだにも関わらず生き返り、齢もとらず強力な力を持って好き放題に生きる面ではお前の息子のこれからもぼくらも、そして君自身もたいして変わりはないさ」

「でも」




 てくてくてく。

 栗色の髪をした可愛い幼児が薄暗い妃の部屋に入ってきました。

 ルシアですらいつのまにかいなくなっていたこの空間に入れるということは彼の同族なのでしょう。


 そして『ぽこ』と彼をぶん殴りました。


「おにーちゃん。からかいすぎだろ」

「だれがおにーちゃんだボケ」


 幼児のようにつつき合う二人に呆然としているわたし。



「改めまして。ぼくは……この世界では名乗れないのかな。まぁいっか。この子の弟なのの!」

「愚弟だ愚弟。ふーんだ」


 つつきあう彼らを眺めて呆然とする私。



「多少の誤解はあるけど、だいたい当たっている。おねえちゃんのお兄ちゃんはおねえちゃんが4歳から5歳くらいの間に水難事故で亡くなっているのの。それでぴ……この子が呼ばれているのの。あ、でもこの子が君の生家である『イイイイ』家の守護者なのは本当だよ?」

「こら。てめーばらすな」



 栗色の髪の子は『ピシィ!』と指を私に向けました。一応私、王妃なのですが失礼ではないでしょうか。



「誤解されているけど直接連れて行くわけではないよ。死ぬはずだったり産まれないはずだった子が普通の子供たちを守るために『転生』してくるのだから」

「てめーだってプリティウスだかトラックだかにひかれてこっちに来ているだろ」



 地球での人類発祥時その数は100前後。今や70億。

 魂の存在について無神論者は『その魂はどこからきた』と聞くようです。



「つまり、まぁ為替取引だな」

「たまに強引でダメな奴がFXまがいの転生とかに手をだすらしい」


 まともな死神はそういった輩も取り締まるそうです。

 しかしそれで狂う因果律を調整するために本来産まれるはずだった子、産まれなかった子たちが『子供たちの守護妖精』の列に加わるのだと彼らは明かしてくれます。



「そんなこと私に教えて大丈夫なの」

「よかねーよ!」


 兄だか弟だかは悪態をつきます。

 それはそうですよね。



「では、本当のお兄様に会えますか」

「いつか会えるさ」


 それならいいです。

 思い出してきました。幼い彼はわたしを庇って。


 素敵な騎士様。お兄様。もし私が大人になったらあなたのお嫁さんになりたいって。


「『紅茶』、もう要らねえよな」


 彼はむすっとした顔をわざと作ってそのあと微笑みます。


「もう大丈夫です。我が家を三代にわたって守り続けてくださり本当にありがとうございました。私の『お兄様』」

「おう」


 彼はひらひらと手を振り、執事服をぽいぽいと脱いで髪に布を巻き襤褸めいたマントを羽織ります。



「ここからが大変だぜ。オマエの『物語』はもう誰も予想できない」

「存じていますわ。そしてこの子の名前は……ピエトロ、ピートにしようかな」


 二人の幼児の瞳が大きくなります。


「ぼくの名前をしっているたあ驚いた。それなら契約は解除できらあ」

「ニーホリが教えてくれましたので。これまで口にも文章にも書いたことありませんが、ニーホリの傍にはあなたとそっくりで、しかも同じ場にはいることがない不思議な子がいまして」


 それを伝えると二人は視線を交わします。


「あ、ぼくの名前除いてその辺はぼくと関係ない。あの世界の人間が勝手につくったぼくの似姿だ。でも加護は与えている。ニーホリと一緒だ」


 ほうほう。


 二人が手を振ります。



「じゃね。おねーちゃんだかおにーちゃん」

「しっかりやれよ。ガキのときみたく変なもんくっておなか壊すな」



 私、そんなに子供に見えますか。


「ガキとかわんねーから俺が守ってた。これからはその子を守れよ。『大人になれ』」


 言われなくてもそうしますとも。


「二人共これからどちらへ」

「契約解除だ。だから別の世界にいくさ。同じような子供たちはいっぱいいる。ニーホリの家のユイみたいにな。そうやって神々や転生者共の都合で生まれなかった子を守ったり産まれるはずの子を守ったり殺されてしまう子を守ったりするさ。あるいは一族に加えてね」



 頑張ってください。わたしの『兄上』。



 彼は雷の音も風の揺れもしない暗い暴風雨の背景の王妃の間から退出しようとします。


「あ、そだ。可愛い妹よ。長い間『ああああ』じゃあんまりにもあんまりだしテメーに名前をやるよ」

 はい? え? だって私にはちゃんとした名前が……名前が……あれ? 『適当に連射した』かも。



「『スペルベア』。ラテン語じゃ傲慢って意味だがこっちの世界じゃ究極の献身も示す。

 皮肉が効いていい名前だろ?」

「スペルベア……ですか。そういわれると長い間そう呼ばれていた気がします。変なの」


 というよりそれしかない気になってしまうしともすればこの会話の記録も記憶も消えたかもです。



「さて、こっちの世界じゃぼくは死んでいる扱いだからそろそろ消えるが」

「ばいばい。おねえちゃん」


「ま、まって! 待ってお兄ちゃん! ごめんさっきは疑って……この阿古屋貝のブローチだって」

「そいつは転生前の話だ。まったくどうでもいいことばかりこだわりやがる……あ」



 彼はこう言います。


「『大人になれ』って言ったけど」

「ええ」


「多くの勘違いしているガキみたいな輩どもが言う『あきらめろ。従え』って意味じゃねえ」

「……」


 兄は何を言いたいのでしょうか。



「責任をとること、結果を受け入れることなのなの!」


 兄の連れの子がはしゃいでジャンプしますが状況的に浮いています。

 それを聞き流した我が兄は皮肉げに指をちっちと動かします。


「それもある。それをこなしたうえでだな。

『それらを他人に押し付けてでも、自分の大事なものを守る卑怯者になること』さ。おめえにその覚悟はあるのかい」


 ……。

 この子のためなら。

 私の、夫の愛する『イラ』のためなら。


「それはぼくの贈り物!」


 兄の連れの子が笑います。良い名前ですね。気に要りました。

 憤怒を表すとともに抗いがたい邪悪にそれでも立ち向かう正義の心と勇気を指すそうです。

 これも前々から息子の名前だった気がします。



「つまり」


 彼は笑います。


「ぼくを使いなよ。卑怯者さん」

「どんなことでも許すし、一緒にやったらたのしいよね!」



 ……え。

 だって、だってお兄ちゃん消えるのでしょ?!



「まぁちょっとくらい、てめえがこの『物語』を終えるまでは」

「つきあうのの!」


 嬉しいです。でも二人共もう良いですよ。

 三代にわたって我が家をありがとう。



 目覚めるとルシアがいました。

 兄の話をしました。



 私が幼いころに私を庇って死んだと聞いていると彼女は言います。当然『兄』の記憶はなく。


 ルシアの子供、ファルコと私の子である王子イラがつつき合っています。赤ちゃん同士で仲良しですよね。先に産まれただけあってファルコはもう言葉を話せます。といっても拙いですが」


「獣の乳を王家に与えるとはって言われましたけど」

「いいのよ。私達の代で獣人差別は撤廃させる。あらゆる意味でね。それに獣人の乳を飲んでそだった強い王としてイラの伝説を今からでっちあげるわ」



 大人になるって。

 大人になった先人をいいように使ってしまうことですよね。


 逝った方も、今いる方も。

 その優しさに支えられて私は、私達は生きます。

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