破瓜 婚約破棄するぜ!
「『ああああ』お前との婚約を破棄する!」
そんな酷いことがあっていいものですか。私は生まれてから国母となるべく育てられました。
「あなたには国母となる資格が欠けていると言わざるを得ません」
大司祭の息子がそう告げます。
「今までこの娘に行った酷い仕打ちの数々、弁護の余地もない。もちろん私も責任があろう。事件を表沙汰にしないよう婚約者であるお前を守る義務があった。だが今日でそれも終わりだ」
羨望と賞賛、好意と尊敬に包まれて育ってきた私は。今や好奇と勘ぐり、邪心と嘲笑の中に一人で立ち向かっています。愛した婚約者は平民の女に奪われ、味方と思っていた友人や部下にそっぽをむかれてもただ一人で。
「待つんだ!」
成り行きを見守っていた教頭先生が飛び出します。
「その証拠は確かかな」
「もちろんですとも!」
教頭先生曰く、例えそれが事実でも学園の卒業式をぶち壊し貴族のパワーバランスを壊す周到な演出での婚約解消劇は生徒や教職員を守る立場として許せないようです。でもいいのです。教頭先生。このままではあなたまで。
「私の生徒を守るのになんの理由があろうか!」
彼は長身を使って誰かが投げたグラスから私をかばってくれました。
「いいのです。それより教頭先生!」
「はい!?」
『結婚しましょう!』
「はい?」
「書類は揃えている。我が婚約者はいい女だぞ」
「いやあ。他ならぬ『ああああ』の恋の応援ですからね」
上級貴族や大商人、聖人の息子たちが次々と。
「あの」
「よかったですね教頭先生! 若い娘にモテて!」
「いや待って」
「親愛なる『ああああ』の頼み、受けないはずがなかろう!」
「私の意思は」
「さあ! 辺境でも国外でもあなたとともに!」
狼狽するイケオジの脇で照明が私にあたりキラキラ。
『悪役と呼ばれた令嬢の物語』
リズ脚本の劇でしたが大好評でした。特に教頭先生曰く『シンジュが昔このような目にあった時、私は何もできなかった。それをやったのが父君だ。そのまま冒険者になってしまうのはやりすぎだったが」とのこと。
何その愛の逃避行。
そんなこんなで教頭先生の演技が迫真のものに。オファーしてよかったです。
16歳です。破瓜は16歳を意味しますが私が昔住んでいた前世の国ではある種の隠語でもあります。あ、キスからは進めていません。某夢の国では我が婚約者ははしゃぎ過ぎました。色々一歩手前に行きかけましたが18歳未満お断りでございます。
リズは相変わらず独り身です。実はかなりモテますし縁談の話も多々なのですがもう彼女は家中に置くことになりました。相手は分家のフェリクスさんのところの次男坊です。野心だけ高く能力不備なフェリクスさんや馬鹿間抜けで有名な長男と違い学園で会って話した限り『もうこいつが分家仕切ってよくね』となりました。ちなみに二人は会うたびになんか嫌味を言い合っています。そりが合わないらしいのですがリズはその話をすごく楽しそうに話します。
「私の方がお姉ちゃんなのに」
「黙れ平民。本家の養子になったからと調子にのるな」
あ。次男坊はまだ背丈が伸びていません。可愛いです。
前にノワールが一計を案じて、大きな犬に吠えられているリズを見た彼はすごい勢いでダッシュしてリズを助けに行っていました。きっとツンデレなのでしょう。あるいは兄に酷い目に遭わされすぎ、さらに兄の世話をするために一人追加で生まれた悲哀もあるかもです。
もともと兄だか弟だかをつけて操る予定でしたので前よりいいかもです。アレで今のリズも有能な人材ですし。あ。BL本を量産して学園を汚染しようと企んだのはマイナスですけど。まして傲慢な姉が男になる薬を飲まされ、婚約者の王子に徹底的に淫らなことを仕込まれる色々乱れた内容の作品はオリジナル一冊は慈悲として救いましたが全て焼却、オリジナルも邪本として封印です。作画担当のルシアも私と王太子アンドレをモデルにしたと正直に語っており。
ああ。どういうことでしょう。ルシアが腐になっていた!
「嫌われても気にせずグイグイ行ってあちこちでトラブルや好意や嫌悪を受ける原作再現を作品でやっていました」
ははは。コヤツめ。
「あと、家を追い出されてもいいように立体縫製を生かすため服飾科を取りました」
あまり志望者がいないのは実家が太い必要があるのですがリズの場合持っている技術が技術ですからね。
しかしロウ紙印刷であそこまで邪本を裏で普及されるとは。お兄ちゃん何してたの!? 胸がなくて少し薄い腹筋と胸板ある以外私の髪を短くしただけの人物が同性の王子にあんなことこんなことされる作品を放置なんて!
「見せてもらったら面白かったからいいかなあと」
「アーナーターハー?!」
谷口くんことヨーイチとカミラちゃんは向こうの学校もあるので最近休学気味ですが16歳は来年大学に進学するか否か決めないといけません。大学は六年制で大学院もありますが貴族は実務として実家に戻るので実は大学に進むものは珍しいのです。王家などは大学の教師よりいい先生いますしね。ただカミラちゃんは向こうの学校が気に入ったらしいので当面かえってこないかも。
ルシアといぬのノワールの成績は良くもなく悪くもなくです。流石に体育科目であるダンスなどは素晴らしいですが。哲学とか修辞学などは壊滅的。絵画は漫画絵に限りルシアは才能開花。
学校の話をするたびに実家の弟たちが自分たちも学校に行きたいとダダをこねます。最近は我が婚約者も少しだけ我が家でも威厳を保てるようになりました。
なんせ妹たちにかかればおうたいしのおにーちゃんは「うま」呼ばわりでしたからね。あわや一家晒し首案件。
「本当に色々あったねえ」
お茶を淹れてくれる幼児に視線をうつします。
今は貴族の格好ではなく、本人曰く平民に紛れて行動するときの黄ばんだマントとターバン代わりの布を頭に巻いた出で立ちです。
「弟だか兄だかおじだかわかんない存在さんありがとう」
「おまえぼくを微妙にディスっているな」
彼は楽しそうです。
三代にわたって我が家で当主の兄であり弟であり息子であり孫であるようにして仕えてくれている妖精の戦士。それが彼なのです。
「アニメでは身長10センチくらいの可愛い小人たちがいたのにー」
「一応ぼくも小柄だけどそこまでちっこくないぞ」
我が家の隆盛を決定づけた三代前、ひいじいさまに当たる方も転移者で彼とは友人だったらしいです。
「で、あなたのお名前はなんとお呼びすれば」
「ヒロシでもなんとでも」
次期当主にならないと教えてくれないそうです。次期当主である弟より私のことを気に入ってくれるのはいいのですが弟が拗ねている案件でもあります。
そろそろ結婚を意識する時期ですね。来年までには式を挙げてしまいたいですがそうはいかないことでしょう。
「王家を我が家の血で染めてやる」
そう言ってぐふふと笑っていたら後ろに婚約者がいました。
兄的な彼と共にすごく引いていました。




