スポーツテスト その一
俺がA組に編入してから一ヶ月。
A組の常識にようやく馴染み始めてきた。
ゴールデンウイークにも千歳さんに連れられ、一緒に魔法の練習もしたし、関係もクラスメイトから仲のいい友達くらいにはなれたはずだ。
五月も後半に入り、真宵学園での最初の行事、身体測定が今日行われる。
こんな魔法で身体能力をいくらでも強化できるA組で意味があるのかと思ったが、朝のホームルームで疑問は解消された。
「皆さんは身長などを計るだけで問題ありません。教育委員会に提出する部分は、一般の学生に迷惑をかけないように、他のクラスの平均を参考にして提出されます」
平均を壊さないために大体の数値だけ提出するのか、教育機関としてそれはどうかと思うけど、真面目にやったら大変なことになるしな。
「それでA組のテストは各学年ごとにテスト内容が変わります。一年生のテストは鏡の世界での鬼ごっこです。ルールの説明は、皆さんが身体検査が終わってからにしましょう」
鬼ごっこって……、小学生じゃないんだからそれでテストって言われてもな……。
「鬼ごっこか、勝てるかな?」
「やっと先生の本気が見れるわけか」
呆れ気味の俺に対して他のクラスメイトは真剣な顔をしていた。
皆さん結構本気なんですね。
†
「千歳、なんでみんなあんなに本気なんだ?」
着替えを終え、俺達は保健室のある本棟に向かう。
別に男女で一つの保健室を使うわけではなく、この学園には保健室は二つある。
入学前は敷地も広くてスポーツクラスがあるから保健室が二つあるんだと思っていたが、保健室の利用状況はスポーツクラスの生徒よりも、芸術クラスの方がおおいらしい。
まあ、魔法の練習で怪我人が異様に多いってことになるんだろうな。
「本気にもなるよ。鬼ごっこは生徒対先生の対決だから」
「俺達が草部先生を捕まえるのか?」
それなら確かに本気を出さないと捕まえられないだろうな。
広い鏡の世界で一人の人間を捕まえるのは難しい。
「逆だよ。先生が私達を捕まえるの」
「それだとこっちが圧倒的に有利だろ?」
一人二人位は確かに捕まるだろうけど、民家や店に隠れたらまず捕まらないはずだ。
「所詮素人の考えだな」
「お前はその素人そこまで差はないだろう」
俺と千歳の会話に猿弥が入ってきた。
たぶんこの一ヶ月の間で、千歳以外で一番接していたのが猿弥だった気がする。
魔法の授業の度に絡まれ、鏡の世界で千歳と自主練しているのを見つかると絡まれた。
猿弥も千歳のことが好きなのは俺もわかってるし、そこを話題にしたりはしないけど。
「それで、素人考えって言うってことは何かあるのか?」
「この学園でA組を任されるのは世界でも有数の魔法使いだ。日本なら五本の指に入る実力者ばかりだ」
「草部先生ってそんな凄い人なの?」
「うん。一番得意なのは書換だけど、創造も操作も私達よりも数段階も上。大鉄くんでも片手であしらわれるし、私の操作も逆に操られるくらいには差があると思うよ」
大鉄が片手って……、それもう化物だろ……。
でも俺の突進を弾くでも受け流すでもなく受け止めてたな。
「それでみんなやる気なのか」
大鉄が世界最強を目指すなら、どうしてもぶつかりたい相手ってことか。
そりゃあ、あんな風に燃えるよな。
†
そのまま保健室の前で男女に分かれ、俺達は第一保健室に入った。
まるで病院の待合室の様な広い部屋にはベッドが全部で五個並んでいた。
その一番奥で保健委員会の面々と、医者らしき爺さんがいた。
「それでは、身長や体重の測定をしますので、開いてる所で行ってください。それらが終わったら保険医からの問診がありますので、そちらに並んでください」
保健委員の指示に従いながら、俺は全てを終わらせて保健室から出る。
「唯久よ、身長は伸びていたか?」
猿弥に面倒くさい絡み方をされた。
まあ身長とかはこいつの方が高いし、普段引き分けも多いし優越感に浸りたいのだろう。
「まあな」
「……聞けよ! 俺にも身長は伸びたのかとか聞けよ!」
たっぷり五秒の時間沈黙し、突然猿弥が吼えた。
「聞いて欲しいなら言えよ、俺は答えたしそこで話は終わりだと思うだろ?」
もちろん聞いて欲しいのはわかっていたうえでの対応だったけど。
「思わないだろ、普通はお前は伸びたのか? とか、その様子だとお前は伸びたんだな。とか色々あるだろ?」
「伸びたならよかったな。大鉄くらいまで背が伸びるといいな!」
「無駄に良い笑顔をするな、お前全部わかってやってるだろ!」
俺は親指を立て、爽やかさを演出して誤魔化してみたが、どうやら無駄らしい。
「男子はやっぱり早いんだね」
俺達の雑談をしている間に千歳も終わったらしい。
「項目は同じだろ?」
「そうなんだけどね。見栄と言うか、なんというか……、女子としては、ね?」
ね? と可愛く言われてもピンとこない。
「その、体重とか、胸囲とかお腹周りの増減で少しもめるんですよ。あはは」
千歳は照れながら自分のお腹を抱えるが、俺と猿弥の視線は同時に同じ方に向いた。
お腹を抑えたせいで奇しくも寄せられ強調される胸元は、確かな大きさを有している。
二つの形のいいゴムボールは、互いの柔らかさを確認するように触れ合い、楕円形に姿を変える。
「二人とも、どうし……、どこ見てるのさ。私は大きくなってたからもめてないし。って何言わせるのさ!」
その男のロマンである二つの膨らみに目が行ってことに気がついたのか、千歳は胸元を隠し、言わなくてもいい暴露をした。
そうか、大きくなってたのか。
それを聞いた俺と猿弥は顔を見合わせ、にこやかにほほ笑み合う。
この時、俺と猿弥は仲良くなれた気がした。
「馬鹿ーー!」
代わりに千歳とは仲は悪くなった。
†
その後は、猿弥と二人で平謝りしながら三人で視力、聴力などの検査を回り、俺達はA組の教室に戻る。
半数くらいのクラスメイトが戻ってきており、教壇では草部先生が黒板に何かを書き続けていた。
一番上にスポーツテストのルールと書かれていた。
そのルールが全て書き終わったころになると、全員がクラスに戻ってきていた。
「それではルールと注意点の説明をします――」
ルールは鬼ごっこというよりはケイドロに近かった。
このテストは三人一組で行われるチーム戦。
教師にタッチされた生徒は、学園の真ん中にある捕獲エリアに移動。
捕獲されたチームメイトを救うには、無事なチームメイトがタッチすること。
救出する人がいなくなればそのチームは脱落。
制限時間はニ十分。
そんなよくあるゲームだが、違う個所もいくつかある。
もちろん魔法は使い放題。
逆に生徒に教師がタッチされると二十秒間の移動禁止。
移動禁止後、五秒の間は教師へのタッチは無効。
創造による分身に教師がタッチ、逆に分身が教師にタッチした場合は無効。
殺傷や危害を加える行為の禁止。
大体こんな感じのルールだ。
最後の文言は、どちらかと言うと生徒間の争いを禁じるためのルールらしく、先生に対しては使ってもいいと草部先生本人から了承が出た。
「それではチーム分けを発表したら昼休みになります。テストの開始は午後になります。それでは私を楽しませて下さいね」