編入初日 その二
どうやらA組の授業は普通クラスの授業とは大分違っている。
数学や英語は無し、国語や理科、地理、世界史などはあるが、家庭科や音楽、美術の方が一般教科よりも圧倒的に多い。
国語や理科も、授業とはとても呼べず、読書や実験しかしていない。
なんでそんなカリキュラムなのかと言えば、卒業後に一般の職に就くことはよほどの事情が無いかららしい。
つまりここにいる限り一般教養は身につかない。
それどころか、一般教養は魔法にとって不要な常識になることの方が多いらしい。
そんな常識から外れたA組なので、当然他には絶対にない特別な授業がある。
それが、魔法の授業。
主に鏡の世界に行き、好き勝手に魔法を使う。
得意な魔法のイメージ増強、苦手の克服、新しい魔法に着手したりなど、何をしてもいい。
「それでは夜市さんには、ある程度の方向性を決めてもらいます」
さっきの座学が終わり、休み時間を挟んだ次の授業。
草部先生の引率で鏡の世界に再びやって来た。
今回の授業は俺の使う魔法についてらしい。
「大きく分けて三種類です。一つは創造、無から有を生み出す魔法で猪川さんが使っているのも創造に含まれます。二つ目は操作、物質を操る魔法で、こちらは胡ノ宮さんがつかった魔法ですね。三つめは書換、すでに存在している物質を別の物質に変える魔法です。昨日、夜市さんが使った魔法もここに入りますね」
なるほど、確かに猪川は銃を創造していたし、千歳さんは銃弾を操作して空中で止めていた。
俺が使ったのも書換ってことは、俺の体を書換てあそこまで強靭な肉体にしたって感じか。
「そう言われると、どれを選べばいいか悩みますね」
自由に武器を作り出すってのも悪くないし、超能力者みたいに物体を操るのもいいし、自分の肉体だけで戦うってのも夢がある。
「そこまで真剣に悩まなくても大丈夫だよ。創造を選んだからって操作に切り替えちゃいけないってわけでもないから。世界には全部を使える人もいるし。ただ、最初は一つに絞った方が上達しやすいって程度だから」
「それなら、一回使ってるし書換にしようかな」
「書換の魔法で夜市さんと同じタイプでしたら、一年生にとてもいい人がいますよ」
「大鉄くんですね」
その名前はよく覚えている。
窓際の一番後ろに座っていた明らかに脳筋の大男だ。
周りとの縮尺がおかしく感じる巨体だったため、忘れたくても忘れられない。
草部先生がいい人って言ってるんだし、もしかしたら教えるのがとても上手いのかもしれない。
「彼はいつもその肉体を鍛えるために、町外れの工場で授業をしています。これから向かいましょう。二人とも、私の手をしっかりと握ってください」
あそこの工場って確か、まだ稼働してるよな。
などと考えていると、草部先生に手を握られる。
体温が低いのか、少しだけ冷たい手に一瞬だけドキッとした。
そして次の瞬間、俺の体は宙を飛んでいた。
意識が途切れそうな加速は、寒い熱いの次元ではなかった。
壁の向こうから腕だけを車で引かれる様な衝撃が俺の体を襲い、次の瞬間には俺の体は数キロ離れた工場の中に居た。
「今のってワープですか?」
辛うじて残る意識で質問する俺に、草部先生は首を傾げる。
「ただ走っただけです」
今のがただのダッシュなのか……。
自分がこれほどに死にかけているのだから、千歳さんも危ないと思ったが、そんなことはなかった。
何事もなかったように普通に立っていた。
「なんで、千歳さんは無事なの?」
「一年生は必ずこの辛さを体験するんだってさ」
謎の伝統だったわけか……。
千歳さんは知っていたから魔法で対処するわけだ。
死にかけの俺が復活するまで、休憩していると、派手な破壊音と共に二人の男女が現れた。
一人は目的の小岩井大鉄、もう一人は大牧小石。
大牧に関しては、小岩井とは別の理由で覚えている。
小岩井が大きすぎるのに対して、大牧は小さすぎる。
それより小さいサイズが無かったのか、元からそういうつもりかはわからないが、手が全て隠れてしまう大きなサイズの服を着いる小柄な女子だ。
それがどういうわけか、小岩井の肩に座りご機嫌そうに体を左右に揺らしている。
「まだ授業は残ってますよね?」
「残ってますよ。ただ、こちらの夜市さんが書換の魔法を覚えると言うので、大鉄さんの魔法を見せてもらいに来ただけです」
「そうか。それでは改めて名乗ろう。小岩井大鉄だ。呼ぶときに名字はやめてくれ。呼ぶときは下の名前で頼む」
俺の手の倍はありそうな手で握手を求められる。
俺には握るスペースもないが、しっかりと大鉄は俺の手を握った。
「それでは、早速ぶつかり合おうか」
「え?」
「お前の凄さは聞いている。猿弥に使おうとした魔法を使え。そうすれば俺はそれに全力で答えよう」
予想はしていた。
この体格で、肉体強化の魔法を使うってことがどういうことかは俺もわかっていた。
だけど、少しくらいクレーバーだと期待していたのに、完全な脳筋だ。
「お前の魔法に俺は期待しているぞ!」
めっちゃいい笑顔だ……。
草部先生や千歳さんに助けを求めるが、二人ともどこか楽し気にこっちを見ている。
これはあれかな、さっきの高速移動と同じように伝統なのかな?
折角見せてくれると言っているのに、頼んだこちらから断るのもあまりよろしくないよな。
俺は仕方なく魔法の準備に入る。
強靭な筋肉で、体を覆うイメージ。
足は瞬発力をイメージする。
「なるほど、筋肉を肥大化させるわけではなく、筋肉の数を増やすわけですね」
幾重にも重なる肉の重みを体が支えられなくなり、クラウチングスタートをする様な前傾姿勢に体が順応する。
「思いっきり行くぞ」
「上出来だな、編入生」
バネの様に変化した足が、反発を利用し一気に加速する。
巨大な肉の弾丸に変わる俺は、大鉄に向かってただ直進する。
「はああああ!」
叫ぶ大鉄の太い腕は、更に太く変化する。
殴ろうとする右半身が元の倍近くに膨れ上がる。
そして俺と衝突する瞬間に、大鉄は溜めた力を開放する。
おそらく掌底が魔法で生まれた俺の筋肉とぶつかり、激しい破裂音を発する。
俺が幾重にも作り出した、筋肉は一撃で弾け飛び、その衝撃で俺は工場を突き抜け塀に穴を開け森の山の木々をいくらかなぎ倒し、ようやく止まった。
「これが、魔法か……」
一瞬の出来事だった。
俺の全力を大鉄は一撃で迎え撃った。
ただそれだけのことが俺はものすごく楽しかった。
壁を壊す経験も、筋肉が弾ける瞬間も、なぎ倒される木々も、常識ではありえない経験を俺はした。
それが、心の底から楽しくて、俺は腹の底から大きく笑った。