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入学式 その三

「何を入り口で立っているんですか。夜市唯久さん早く座りなさい」


「はい」


 また変な場所に飛ばされないだろうかと恐る恐る教室に足を踏み入れる。

 景色が変わっていないことを確認してから島になっている机に向かう。

 空いている銃の男と千歳さんの隣に座る。

 他のクラスってどうしてこうも落ち着かないのか。

 おそらく、千歳さんと反対隣に座っている銃の男からの視線が一番大きいと思う。

 撃ち殺さんと射貫く視線が痛い。


「今回三人を呼んだのは五時限目の事です。夜市さんは何故あそこにいたんですか?」


「千歳さんの忘れ物を届けに行ったらあそこにいたんです」


 俺は証拠として、結局返せないまま持ち続けてしまった千歳さんのスマホを机に置いた。

 千歳さんは、スマホが変わっていることに気がついていなかったのか、驚いた様子で同じようにスマホを机に置いた。


「学園長はどう思いますか?」


「ああ、本当なんじゃない? 正直、夜市唯久が授業に出てようが、寝てようが、サボろうがそんなのはどうでもいいの。私が聞きたいのは、一般人である彼が、本当に魔法を使えたのかってことだけだから」


 ここに居るんだし、そうなんだろうと思っていたが、学園長も当然の様に魔法を知っているのか。

 そうなると、さっきの出来事は本当だったんだ。

 銃弾が掠めた頬に触れると、撃たれた時の恐怖が戻って来た気がする。


「もしかして、A組の受験に失敗した腹いせとか?」


 学園長は子供の様な体のくせに、圧が凄い……。

 小学生くらいの身長で、真っ白なポニーテール。

 活発な子供みたいな見た目のくせに、表情が子供とは明らかに違う。

 父さんや母さんよりも遥かに大人な相貌。

 下手なことをした瞬間、俺の体が四散するイメージが頭から離れない……。


「腹いせも何も、魔法があること自体、知りませんでしたよ……」


「本当かどうか、これに決めてもらおうかな」


 場の空気が急激に冷え込んだ気がした。

 学園長が手を広げると、何もなかった机に一枚の紙が置かれる。

 その中心には口の絵が描かれている。


「そこに手を置きなさい」


 俺の手が俺の意思に反して動き、紙の上に移動する。

 魔法が何か知らない俺には、何が起っているのか理解ができないが、これが魔法だということだけは理解できた。


「真実の口って知ってるよね? ローマの休日とかにも出てくるメジャーな観光地。これはそれと同じと思ってくれ」


「つまり嘘つきの手は食われるってことですか?」


「その通り」


 学園長は冷たい目で俺を見つめる。

 蛇に睨まれた蛙。

 そんな言葉が頭に浮かぶ、怖くて今すぐ逃げ出したいのに体が動かない。

 まるで何かに体が操られている様に、指一本動かすことができない。


「質問。昨日まで、君は魔法が実在するとは思っていなかった」


 もちろん答えはイエスだけど、本当にそう言って大丈夫なのか?

 どっちを答えても腕が無くなるんじゃないか?


「残り五秒で答えないと、その手はなくなるよ」


 学園長の言葉に紙が動き出す。

 口の絵が、徐々に開き始め牙が見え始める。


「は、はい。さっきまで、魔法の存在は知りませんでした」


 俺がそう答えると、机の上からは紙が消えていた。


「嘘はない。こいつは何かを企んだりしているわけではない。ただの偶然で鏡の世界にいた。魔法が使えたのは、こいつが常識などないただの馬鹿だからだ」


「学園長がそうおっしゃるのならその通りだとして、夜市さんこれからあなたには選んでもらわないといけません」


 さっきまでよりは弛緩した空気に俺は安堵する。

 でも、千歳さんはどこか悲し気な雰囲気で、銃の男は嬉しそうにしている。

 これからの選択で、何かが変わるのだろうか?


「一つはあなたの記憶を消します。A組に関わる事情、つまり、胡ノ宮さんと出会い今この状況まで全ての記憶を魔法で消し去ります」


 千歳さんが悲しい表情をしたのはこのためか……。


「それともう一つは――」


「夜市唯久、お前を殺すことだ。一般人のお前は知ってはいけないことを知ったんだ。そのくらいは当然だろ?」


「猪川さん、今回は違います」


 草部先生の言葉を奪っておいて間違えているらしい。

 本当にありそうだったので驚いたが、どうやらそれはないらしい。


「普段ならそうなのですが、今回は事情がいつもと違います」


 普段なら殺されるのか……。

 でも、今回は違うってなんでそんなことになってるんだ?


「唯久くんが魔法を使えたからですか?」


「その通りだ。今世界的に魔法使いの人口は激減している。私に言わせれば、ここまで閉鎖的にやってるのに減らないはずはない。それで、今回は特例として夜市唯久に普段ではありえない提案がある。A組に移籍するつもりはないか?」


「学園長、そんなの聞いたことない! 一般人に魔法を知られたら処刑か、記憶削除は当然だ!」


「猪川猿弥、君が魔法を使えるようになったのはいつだい?」


 怒りからか怒鳴る様に机をたたき銃の男は吠えた。

 しかしそんな彼の怒りなど歯牙にもかけず、学園長は落ち着いた様子で聞いた。


「一月はかかりました」


 さっきの威勢はどうしたのかと問いたくなるほどに、銃の男は大人しくなった。

 一ヶ月か、あの銃の感じから考えるとそのくらいは妥当なのかもしれない。


「中々に早いが、そこの彼は数時間で使った。私は彼なら停滞している魔法使いを動かしてくれると思っているよ」


「納得できません」


「彼の魔法を間近で見てどう感じた? あの魔法は君の常識にあったかい?」


 尚も噛みつく銃の男に、学園長が再度問いかける。

 彼もその問いについて真剣に考える。


「あれは獣化です。四足の動物に体を変化させる肉体強化としては一般的な魔法です」


 獣化って、確かに体が重くて手は着いたけど、人間のつもりだったけどな。


「彼が行ったのは獣化じゃない。筋肉増加、形状変化だ。君の一からだとそう思っても仕方ないとは思うけどね。草部教諭、さっきの画像を見せてくれ」


 草部先生がタブレットに表示させたのはおそらく、さっきの画像。

 そこに大きく映っているのは、化け物と呼んで差し支えない俺だった。

 体の八割が上半身に見え、その体は筋肉に覆われている。

 そして残りの二割の足は上半身とは比較できないほどに細くなっている。


「筋肉については説明いらないと思うが、驚くべきは足だ。画像が少し荒いせいでわかりにくいが、この足はバネになっている」


 言われればそう見えなくもない。細い足が螺旋状になっている様にも見える。

 こうやって見せられると、よく俺の足は元に戻ったな。

 螺旋を描いていない真直ぐな自分の足に少し感心する。

 こっそりと銃の男を覗くと、悔しがっているのか歯を噛み締めている。


「強くなるためなら獣を真似る。彼は最初の魔法でその常識を無視した。それに普通の感性があるなら、自分無機物であるバネは選ばない。それこそチーターや豹の様な足の速い動物を真似する。だから私は彼をA組に編入させようとしている」


 そこまで言われ、銃の男は言葉を失い背もたれに寄り掛かった。

 よくわからないが、学園長との舌戦には負けたらしい。

 俺としては常識のない人間としか言われていないような気がする。


「さて、夜市唯久。君は魔法の世界に足を踏み入れるか、記憶を消されるかどっちを選ぶんだ?」


 もちろん聞かれるまでもなく俺の心は決まっている。

 魔法が実在する事実に喜んだ、魔法を使えたことに心が躍った。

 それに、千歳さんと一緒に学園生活が送れるなんて夢にも思っていなかった。


「是非編入させてください!」


 俺は明日から一年A組に編入することになった。

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