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声のない唄  作者: 工藤 康平
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君は優しすぎる

張り詰めた雰囲気の夜は明け、シェリーは昨夜アイアンズから指示された通りに作戦の準備をしていた。

シェリーは自分の寝ているベッドの下から、スコープのついた狙撃用ライフルを取り出した。

その姿を向かい合ったベッドの上に座っているエイミーが見つめている。

二人の間には今日も会話は無かった。無論、あえて会話をしていないわけではない。

もう、戦場に向かう二人に言葉など必要ないのだ。

シェリーは手に取ったライフルのスコープを覗いた。銃口はエイミーに向いていた。

シェリーの覗くスコープの向こう側には、エイミーの不安げな表情が映った。

「大丈夫。安全措置は外してないから」

シェリーはそう言って銃口をおろした。

「そんなのわかってるよ。でも、今日は何か嫌な予感がする」

エイミーは少しばかり額に汗をにじませ、そう言った。

エイミーは膝の上で両手の指を忙しく動かしている。

「いつもの事だよ。今日に限って何もない」

シェリーは薄っすらと笑みを浮かべ、ベッドから立ち上がった。

「作戦会議の時間だ。行こう」

シェリーはそう言って、テントから出て行った。エイミーもそれを追うようにベッドから立ち上がった。

すると、エイミーはふと何かが気になったようにシェリーが寝ているベッドの枕元に目をやった。

シェリーがテントから出た際に、外の明かりが枕元の何かに反射して光っていたからだ。

エイミーは気になって枕元の何かを手に取った。

それは軍の兵士が首に付ける認識票だった。

「アレックス・レイノルズ……??」

そこに書いてあった名前を、エイミーは読み上げた。

その表情からは、恐らくエイミーはその人物を知らないように感じられた。

「エイミー、早くしろ」

テントの外からエイミーを呼ぶシェリーの声が聞こえた。

エイミーは慌てて、手に取った認識票を枕元に戻した。

「今行く!!」

エイミーは急いだ様子でテントから出て行った。


「それでは今日行われる作戦の内容を説明する」

アイアンズの一声で会議が始まった。

そこは粗末な屋根のある、恐らく元々民家だったであろう場所だった。

集められた人間はシェリーとエイミーの他、男の兵士が5名程だった。

「中佐。本日の作戦に参加する者はは、ここにいる人間だけなのでしょうか?」

エイミーはアイアンズに対して冷静な声で問いかけた。

「そうだ。今回の作戦は小規模で行われる。そして……。この作戦に関わる全ての出来事を、今後一切他言する事のないように。諸君らは、この作戦に関して一切の関与をしていない物とする。良いか??」

アイアンズの話に、その場にいた全員が一斉に敬礼をした。

アイアンズが話した言葉の意味を全員が察知したかのように、一気にその空間が緊張に包まれた。

シェリーは表示一つ変わらず、背筋を伸ばして座ったままだった。一方でエイミーは、唇を噛み締め、眉間にしわを寄せている。

二人は隣同士で座りながら、全く違う雰囲気を醸し出していた。

アイアンズは作戦の内容を話し始める。

「本日行われる作戦は、敵の掃討作戦だ。ターゲットである敵国ロズワイルの部隊の人数は、凡そ三十名の小規模部隊だ。」

アイアンズは背中を向けていた黒板に、地図を張り出した。

「シェリー、エイミー」

アイアンズはシェリーとエイミーの方に目を向けて、二人の名を呼んだ。

二人は息を合わせたように返事をする。

「はい」

「シェリーは狙撃手として、この谷の上に陣を取る。エイミーはその隣で双眼鏡等を使用し、敵の位置、その他の情報を元にシェリーをサポート、護衛しろ」

アイアンズは地図上にある谷を指差し、二人に命令を告げた。

そのまま、アイアンズが話を続ける。

「そして、大事な事がある。今回掃討する敵部隊三十人中、二十九名は子供だ」

アイアンズのその言葉に、兵士達は息を飲んだ。

エイミーはたまらずアイアンズに問いかける。

「中佐、子供というのはどういう事なのでしょうか?」

アイアンズはエイミーのその問いかけに、少しばかりため息をついた。

そして、話を始めた。

「敵国であるロズワイルは、現在四大国の中で最も戦況が悪い。我らハイベルクとの戦闘でも負け続け、兵士が足りなくなった。その影響で、十二歳から十五歳までの子供を兵士として使うようになったのだ」

アイアンズのその言葉に、エイミーは何も返す事が出来なかった。

いつもは表情一つ変えないシェリーも、ほんの少しだけ俯いているように見えた。

「中でも子供だけで作られたこの部隊は、爆弾を抱えての体当たりや、通常の兵士では危険とされる任務を遂行しているらしい。昨日の戦いで我々を手こずらせたのも、この子供達の部隊だ」

アイアンズはそう言いながら、シェリーとエイミーの顔をじっと見つめた。

シェリーとエイミーの二人も、アイアンズから目をそらすことは無かった。

「シェリーとエイミーも、子供の頃から戦場に出ている。だから分かるだろう。武器を持てば敵だ。それは兵士だ。生かしておけば、明日には味方が殺される。今日の作戦は大事な任務なのだ」

アイアンズがそう繰り出すと、エイミーは立ち上がって口を開いた。

「しかし!!私達とその子供達は違います。育ての親がいて、本当は家に帰りたいはずなのです!!それを殺す事など、私には……」

そう訴えるエイミーの目は、潤んでいるように見えた。

「エイミー。君は優しすぎる。だから今回の作戦に君は戦闘要員として入れてないのだ。この作戦は、今後の戦況を大きく左右する作戦だ。心してかかるように」

アイアンズがそう言うと、その場にいた兵士達は一斉に敬礼をした。

そして、アイアンズはその場を去り、気づけばシェリーとエイミーの二人だけになっていた。

「シェリー。あなたは殺せるの?なんの罪もない子供達を」

エイミーは涙を流しながら、シェリーにそう問いかけた。

シェリーは表情一つ変えず、口を開く。

「殺せる。明日エイミーが殺されるくらいなら、私は殺せる。それが、例え昨日まで同じ釜の飯を食っていた仲間でも。例え、それが子供でも。私が引き金を引いた先に、お前の命が守られるなら。私は、お前の命だけは守る。私には守りたいものがそれくらいしかないんだ。わかってくれ、エイミー」

シェリーはそう言って座っていた椅子から立ち上がった。

すると、エイミーは涙を流しながらシェリーに言った。

「誰かを殺した先にしか生きられない命なんて、私はいらない!!私は……私は好きでこんな戦場にいるんじゃない!!」

背中越しに聞こえたエイミーの嗚咽とその言葉に、シェリーは何も返さなかった。

シェリーは振り返る事なく、その場を後にした。

時計の針は丁度午後十二時を指していた。作戦まで一時間。

会議室には、エイミーの鳴き声が響き渡っていた。

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