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声のない唄  作者: 工藤 康平
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終わりなき戦いの果てに

銃声と数知れない人の叫びが鳴り響く塹壕で、少女たちはジッと息を潜めていた。

「ねえ、シェリー。いつまでこんな事が続くの?」

茶色い瞳に赤毛の少女は体育座りでライフルを抱え、俯きながらそう言った。

「いつまで...わからない」

赤毛の少女の隣で同じようにライフルを抱えたシェリーがそう答えた。

「エイミー。手、震えてる」

シェリーはそう言って赤毛の少女の手を取った。 その姿はまるで親子のような、姉妹のような、そんな姿に見えた。シェリーはエイミー の手を解き、自分の金髪の長い髪の毛を一本に縛った。顔を上げたシェリーの瞳は青 く、しかしその瞳に生気のような物は感じられなかった。

「シェリー、行くの?」

エイミーは髪を縛ったシェリーの顔を見てそう言った。エイミーの表情からは底知れ ない不安が感じ取れた。エイミーの茶色い瞳に映るシェリーの姿は、ただの少女では なかった。シェリーはエイミーの顔を見て、小さく首を縦に振った。二人がこのやり 取りをしている間も、塹壕には銃声と人の叫び声が鳴り響いていた。天井からは砲弾 の振動で土が降ってくる。塹壕内に二人の声しか存在しない理由は一目瞭然だった。 塹壕内にいる人間は、シェリーとエイミーの二人以外、全員息をしていなかった。 シェリーは重い腰をあげ、その場を発とうとした。

「待って!!」

エイミーはシェリーのボロボロの軍服の袖を掴んだ。

「待って。私も行くから」

エイミーはそう言って立ち上がった。

「エイミー。無理するな。死ぬぞ」

シェリーはエイミーを真っ直ぐに見つめてそう言った。 少しの沈黙が二人の間に流れる。

二人は何も話さなかった。

ただ、エイミーはシェリーの目をじっと見ていた。 その瞬間の二人には、言葉などいらなかったのかも知れない。 二人は何かを確認したように、光が差し込む塹壕の出口へ走った。 塹壕を飛び出した二人の目の前に広がっていたのは、まさにこの世の地獄と呼ぶのに 相応しい風景だった。 人間が人間を追いかけ、銃のないものは刀で敵を突き刺し、手足の無い者が故郷の誰 かであろう名前を叫んでいる。そこら中に転がっている人の首や目の玉。そして降り注 ぐ銃弾や砲弾の雨。 戦闘の影響で草木などは無い。そこは辺り一面見渡す限り、砂漠のように広がる大地 だった。

二人は塹壕を出てシェリーを先頭に真っ直ぐ走った。 シェリーは軍刀を右手に持ち、エイミーはライフルを抱えながら。

「死ねえ!!」

突然敵の兵士がシェリーに刀を向けて正面から走って来た。 シェリーは足を緩める事はない。そのまま真っ直ぐに突き進む。 シェリーと敵の兵士がすれ違った後、敵の兵士に首はついていなかった。 その返り血がエイミーに降り注ぐ。 エイミーの顔は赤く染まった。しかしエイミーは動じない。 そこに居たのはただの二人の少女では無く、幾多の戦闘を乗り越えた兵士の姿であっ た。 気づけば戦闘は終わり、三時間程が経過していた。二人の少女は戦闘を乗り越え、生 きていた。戦車にもたれかかりながら、二人はなんの会話もしていない。そんな二人 を、ひどく強い雨が打ち付けていた。 エイミーは頬を流れる雨粒で、自分の顔を拭った。エイミーの両手の手のひらは、真っ 赤に染まっていた。

シェリーは黙ってその両手を見つめる。

先に口を開いたのはエイミーだった。

「また、自分たちだけ生き残っちゃった」

エイミーの声は震えていた。戦闘が終われば、ただの少女だ。エイミーの目は、先ほ どまで人を殺めていた兵士の目ではなかった。雨に紛れているせいか、その瞳は泣い ているようにも見えた。

「生きる為。人を殺す事に迷うな」

シェリーはただ前を見つめたまま、そう言った。シェリーが見つめた先に広がってい

るのは、つい三時間ほど前まで戦っていた戦場だ。そこには敵味方含め、数えきれな

いほどの死体の山が転がっている。


雨で冷えた砲弾の煙が立ちこめ、まだ少し息のあるであろう敵兵士を、味方が銃で射 殺して歩いていた。

「間違ってるよ。あんなの絶対っ......!!」

エイミーは虫の息の敵兵にとどめを刺していく味方を見て、それを止めようと走り出 そうとした。

「やめろ」

シェリーのその言葉にエイミーは立ち止まった。 「エイミー。生かしていたら、次はあいつが私を殺すかもしれない。耐えられるか?」

シェリーは静かにそう言った。その言葉はとても重く、エイミーの心にのしかかった。

「でも...」

「甘えるな!!」

エイミーが何かを言いかけた瞬間、シェリーが怒鳴り声をあげた。その声の後、二人 の間には雨の音だけが響いていた。

「エイミー。お前の事は何があっても私が守る」

シェリーはそう言って寄りかかっていた戦車から離れた。そのまま何も言わず、その場 を後にした。

その後ろ姿を見つめるエイミーの目には、涙が溢れていた。

シェリーとエイミーの二人は野営地で食事を取っていた。 辺りは夜になり、小さな電球の明かりがテントの中を照らしていた。雨はあがったよ うだ。

二人が食事を取るテントを、外から見つめる軍服の男がいた。 テント外からは、小さな電球が照らし出す二人の影が見えていた。

「シェリー、エイミー、入るぞ」

食事を取っていた二人に、男が声をかけた。

「はっ......!!」

二人は一斉に食事をやめ、直立不動で敬礼をした。 テントの中に入って来たのは、胸に勲章をいくつも付けている軍服の男だった。

「アイアンズ中佐......!!」

エイミーは目を丸くしてそう言った。横に立つシェリーの表情からも、驚いているのが 分かった。

「二人とも楽にしてくれ。今日からここの部隊で指揮をとる事になった。よろしく頼 む」

そう言ってアイアンズは入り口の側にあった椅子に腰をかけた。 シェリーとエイミーの二人は、その姿を見て固まったままであった。 「楽にしていいぞ。座れ」 もう一度アイアンズがそう言うと、二人は自分たちが座っていた椅子に座り直した。

「何故、中佐がここに...やはり戦況は不利な状況なのでしょうか」

エイミーは不安げな表情でアイアンズに問いかけた。 「詳しい事は言えないが、二人ともよく生きていたな」

そう言ったアイアンズの言葉に、エイミーが即答する。

「私が生きているのは、シェリーのお陰です」

シェリーはその言葉を聞いて微動だにもせず、ただアイアンズを見つめていた。

「そうか。シェリー。何人殺した?」

その問いかけを口にした瞬間、アイアンズの表情は殺気に満ちた表情へと変わった。 まるで今から人を殺すかのような目で、シェリーの目を見ていた。テントの中が、途 端に凍りつく。

「はい。狙撃で確実に計測したのは、五百五人です」 シェリーの目は何も変わらなかった。そこには後悔の念など、微塵もないように感じ られる。

「そうか。それは大変だったな。明日の昼過ぎ十三時から始まる作戦には、お前を狙 撃手として起用する事になっている。エイミーはその護衛だ。頼む」

「了解です」

エイミーはとっさに立ち上がり、敬礼をした。その横でシェリーは冷静な眼差しでアイ アンズに問いかけた。

「誰を。殺すのですか」

アイアンズは言葉に詰まった顔を見せた。

「それは答えられない。明日、説明する」

アイアンズは逃げるようにそう言って、席を立った。

「ゆっくり寝ろ」

その言葉を残して、アイアンズはテントを出て行った。シェリーは何も問い詰める事は しなかった。

ただ、アイアンズが出て行った後も、シェリーが食事を口にする事はな かった。

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