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オペラ部へ

 堂々とした足取りで二人を横切った後にふと気付く。


 そういえば、ここで別れたとしてもリトルとはオペラ部で会ってしまうんだっけ。リトルもメグと同じ、バレリーナ希望だったはず。


 鬱々としながら音楽室へ向かう。廊下にはこれから帰ると思われる生徒達が群れを成している。

 これだけ人数がいるのに汗の臭いといった体臭が全くしない。


 さすがは『歌学』の世界と感心する気持ちと、先程の父とリトルの姿を思い出し違う意味で感心してしまう。


 あの時、誰より早くに教室を出たはずなのに結局出会ってしまった。私が転生してある程度はストーリーが変わっているのかもしれないけれど、それは細かな部分だけ。ストーリーに関わる大事な部分は変えられない、か。

 でも、ストーリーが変わらないのだとすればファントムと結ばれる。だって『歌学』が好きすぎて、登場人物のセリフはだいたい暗記しているもの。


 窓の外は相変わらず薄暗いが、先程みたいにガタガタとうるさい音は立てていない。


「クリスティーヌ!」


 聞き覚えのある声がヒロインの名前を呼ぶ。そしてクリスティーヌは……。


 私は勢いよく後ろを振り返る。


「あなた、もしかしてラウル?」


 濃い茶色の髪。屈託のない人を癒す笑顔。

 もしかしなくてもラウルだ。


 クリスティーヌが音楽室に向かう途中で幼馴染のラウルと出会うのは知っていたから、ファントムほどの驚きはないけれど。それでもこうやって攻略対象に会えるのは嬉しい。


「ああ、久しぶりだね。クリスティーヌ」

「本当に」


 ラウルは軽く私の手を握ってくる。


 当たり前だけれどファントムとは違った手触り。ファントムに触れた時はいつの間にか胸が熱くなっていたけれど、ラウルはその逆で触れていると少しずつ心が落ち着いていく。


 そうしているうちにラウルは私の顔を下から覗き込んでくる。


 こ、これは……。スチルであったシーン。私の推しキャラではないけれど。でもさすがは攻略対象。顔がいい! 


「急いでいるみたいだったが、どこか行くのか」

「ええ。オペラ部に誘われていて」

「そうなのか」


 ラウルは一瞬目をキョトンとさせた後、優しく微笑む。


「実は僕もなんだ。オペラ部」

「そうなんだ」


 まぁ、知ってはいたけれど。


 私は表情を作ってなんとか驚いた顔をする。

 私はラウルと共に一緒に音楽室に向かっていく。


「そういえばクリスティーヌは少し変わったな」

「そう?」


 『歌学』と同じ会話。

 何度も攻略したゲームだ。だいたいの攻略キャラとの会話、選択肢は覚えている。


「前より大人っぽくなった」

「そうかな」

「ああ。それに……」

「それに?」


 ここで少し黙る。そして……。ラウル推しは絶叫する、あの名場面。


「美人になったな」

「――っ!」


 何回も聞いたこのセリフだけど、生で言われるのはまた違う。


 私は興奮を悟られぬように片手で口を押える。それでも真っ赤になった顔は隠れない。

 そんな私に気付いてか、ラウルはクスリと笑う。そしてラウルは何かに気付いた様子でふと目線を上げる。

 私もラウルに続いて目線を上げると突き当りの教室に音楽室と書かれた札が目に入る。


「ここだな」というラウルの言葉に続いて私は大きく息を吸って頷いた。


「行こう」


 スッとまた大きく息を吸う。


 ここからだ。憧れの『歌学』の世界に転生したからには、大好きなファントムルートに何としてでもいってみせる。


 私は右手をドアノブにかける。クルリと気持ちよくドアノブが回る。軽く扉を開けると暖かい光が差し込んで、オペラ部の人たちが見える。

 一瞬で艶のある美しい黒髪の青年を見つける。


 私が大好きなファントムが、いる。


 ファントムを含むオペラ部のメンバーは先程まで喋っていただろう話をパタリとやめて、バッとこちらに視線を向ける。


「やっと来たか。クリスティーヌ」

「は、はい」


 ファントムに話しかけられている。他でもない私に。


 ただただ嬉しい。


「えーとうちの部に入部でいいのかな」


 おそるおそる声をかけてきたのは私達より一際背が高いアマンド部長。少し老け顔だけれどもいつも優しい笑みを浮かべ、モブキャラでも人気の高いキャラである。


 そんなアマンド部長は新入部員が来るのが嬉しいのかキラキラと目を輝かせている。


「はい、ラウルと言います。ピアニスト希望です」

「ピアニストか。ちょうどいなかったんだ。助かったよ」


 ラウルの言葉に続いて私も口を開く。


「あの、クリスティーヌです。歌手希望です」


 アマンド部長はうんうん、と頷いている。


「入学式に歌っていた子だろう。見ていたよ。なかなか良かったんじゃないかな」

「……ありがとうございます」


 本当ならクリスティーヌを見た瞬間、跳ねて大喜びするはずなのだけど。まぁ、入学式の歌が歌だったからそこは仕方ないのかな。


 私をオペラ部に誘ってくれたファントムはどう思っているのかが気になってチラリと見てみる。窓側に軽く背中をつけて、譜面を見ている。


 やっぱりいつ見ても絵になる。薄い蜜柑色の夕日が黒髪に映って美しい。


「さて」


 心地の良いパンという音が音楽室に響く。アマンド部長が手を叩いた音だ。


「新入部員も来てくれたことだし、そろそろ始めようか。これが次に発表する譜面だよ」


 アマンド部長は一人一人に譜面をくばっていく。『歌学』でどういうオペラか内容は知っているけれど、一応譜面を見てみる。


 やっぱり……。ただの町娘が一国の王子に恋をするも結ばれず、最後には町娘が海に身を投げる悲しいお話だ。

 配役は正真正銘の王子、ファントム。そして町娘はクリスティーヌ、私だ。


「それで配役だけど、ここは」とアマンド部長がニコリと笑ってこちらを見つめた。その瞬間、ギギと嫌な音を立てて扉が微かに開く。


 嫌な音だ。癇に障る。


「あの」


 聞きなれたか細い声。徐々に扉が開いて女の子が姿を現す。

 ――妹のリトルだ――


「オペラ部に入部したいんです」

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