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嫌いな妹

 その後も男性は私に見向きもせず、今日の授業は終わる。


 結局、誰にも声をかけられることはなかった……。


 私は椅子にグッと腰かけたまま、今後について考え始める。

 『歌学』本編のクリスティーヌはたしか、授業が終わって最後に教室を出るはず。そして……この先は『歌学』ストーリーで一番嫌なシーンであり、大嫌いな人物の登場。

 ――妹と出会う――


 このシーンだけはなんとしてでも回避したい。だったら、どうすればいい。一体、どうしたら。


「!」


 妹と出会うのだけはなんとしてでも避けたい。だったら、そうよ。


 私は力を入れてグッと椅子から立ち上がり、扉へと急ぎ足で向かう。


 最後に教室を出て妹と出会ってしまうのならば……その逆。


「最初にここから出ていけばいい」


 まだおしゃべりに夢中なクラスメイトをかきわけながら、時に肩を誰かにぶつけながら強引に歩いていく。


 早く、早く。一刻も早くここから出なければ。


 私はやっとの思いで扉に手をかける。そして体重をかけながら勢いよく扉を押した。

 ギギと小さく音をたてながら扉は開いていく。教室とはまた違った外の光が差し込んで目が一瞬チカチカとする。その眩い光の中に会いたくなかった、あの人が、いた。


「久しぶりだね、クリスティーヌ。元気にしていたかい?」

「……」


 クリスティーヌとは違う顔立ち。クリスティーヌはスラッとした綺麗な顔立ちだけれども、今話しかけてきた男性は丸い可愛らしい容貌。その隣には私と同じ背丈の男性と同じ可愛らしい顔立ちをした女の子。


 ――父親と妹――


 出会いたくなかった。この二人には。例え大好きなゲーム『歌学』のキャラクターでも。


「入学式早々、悪いね。でもどうしてもクリスティーヌに会わせたい人がいてね」

「……」


 視線を父親から隣に移す。今日から妹となるその子は私と目が合うと肩をビクリと震わせた後、軽く頭を下げる。


「あの、はじめまして。リトルと言います」


 女の子らしい甲高い声だ。ゲームと同じ、か弱いくせに妙に耳障りに感じる声。

 この子が妹になる経緯を知っている。だからこそ腹立たしい。


 父親は妹の頭に手を当てて、妹に微笑みかけた。そしてその次に私に微笑む。


「実は私には娘がもう一人いるんだ。妻との子ではないがね」

「そうですか」


 『歌学』のクリスティーヌの母親は幼い頃に亡くなって、父親はというと家にいないことが多かった。クリスティーヌはずっと一人ぼっちで孤独だった。寂しかった。だから妹が出来たと言われた時も深く考えず、ただただ、もう寂しい想いをすることがないと喜んだ。

 けれど。

 ――私は違う――


「それはつまり……。愛人、との間にできた子、ですよね」

「え、まぁ」

「しかもその子とはそんなに年も離れていない。」

「……そう、だね。一歳差だ。でも、だからこそ、仲良くできるんじゃないかと私は思っているんだが」


 父親と私がピリピリと言い合っている間、この憎い妹、リトルは目をオドオドとさせる。

 その姿を見て、ただでさえイライラしているのにさらに頭に血が昇ってくる。


「仲良く出来るわけ、ないですよ」

「え」


 だいたい、年が近いというところがおかしい。一歳差ということは、母親が身籠っているときに父は愛人と会っていたことになる。母親が私の子育てで苦しんでいる時に、この妹は産まれたのだ。

 そんなものとどうして仲良くなんて出来るのか。


「……あの」


 嫌なか細い声が聞こえる。あの妹だ。


 ガタガタと窓が揺れる。妹、リトルから視線を外すように窓を見ると、いつの間にか突風が吹いていた。外は薄暗い。


「あの、私」

「……」


 リトルはちょっとずつ、確実に一歩ずつ近づいて来る。


 嫌だ。この妹から離れたい。


「私はっ」


 リトルが一歩大きく踏み出す。私の足はリトルに反応して、後ずさりをする。

 それにも関わらずリトルは私の反応などお構いなしに、私に向かって手を伸ばしてくる。


「お姉様のこと」


 ――っ!――

「姉なんて呼ばないでっ!」


 バチン、と鋭い音を立てて私の手はリトルの手を払いのけていた。


 重苦しい沈黙の中、窓のガタガタとなる音だけが響いている。


 私は母と父、どちらにも愛されていなかった。対する『歌学』のクリスティーヌは誰からも愛されている人物――と、思っていた。

 けれど大人になっていく今だからこそ分かる。クリスティーヌは母が亡くなってから誰も側におらず、一人ぼっち。唯一残った父親にも裏切られた。それなのに誰にも怒ることも恨むこともせず、ただただ寂しさから妹を受け入れた。きっと本当は誰よりも愛に飢えていた人物だったのかもしれない。

 ――私と同じように――


「私はあなたを認めない」


 力強く拳を握る。


「私はあなたを妹として認めない」


 自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「私、あなたのこと嫌いだもの」


 黒い感情が心を支配していく。


 私も誰かに愛されたかった。だからこそ、ここは感情のままに冷たい怒りを爆発させていいはずだ。


 この世界は乙女ゲーム『歌学』の世界。ストーリーと違うことが起こっても、ある程度はストーリー補正がきく。

 そして私は乙女ゲームのヒロイン、クリスティーヌ。ヒロインに転生したのだから、この世界での私の未来はハッピーエンドに決まっている。

 もしバッドエンドだったとしても、『歌学』の場合は誰とも結ばれず今まで通り一人で暮らす孤独エンドで終わるだけだ。

 だったら少しくらい好きにしてもいいよね。本来のヒロインと逆のことをしても誰にも咎められることなんてないのだから。


「……」

「……」


 リトルと父は黙りこくったまま、床に視線を落としている。


 どことなくいい気味だ。


 私はフッと口元だけ緩ませ、軽く二人を一瞥。

 そしてまだ下を向いている二人を堂々とした足取りで横切った。


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