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最後の意地悪

「お姉様っ!」

「だから姉なんて呼ばないで!」


 私はリトルの手を振り払う。やはりそう簡単にリトルへの気持ちは変わらない。

 振り払った私の手を今度はエリックが掴む。


「そろそろ行こう」

「え、ええ」


 エリックに手を取られラベンダーのある裏庭の真ん中へ立つ。


 ――今日、私は元の世界に戻る。


 周りにはファントムを含めた攻略キャラ、そして何故かリトルもいる。ただリトルがメグの隣にいることから、メグがリトルを呼んだのだろう。


「どうせならリサとカナもいてくれたらよかったのに」

「まぁ、彼女達も君のいる世界の人物だからな」

「え、そうなの?」

「そのうち会えるかもしれないな」


 エリックは微かに微笑む。その仕草にドキリと胸が高鳴る。


 今までは何も感じなかったのに……。


 エリックは私からゆっくりと手を離して、足で私の周りに円を描く。こんなんで魔法って使えるのかと思いながらエリックの様子を見届ける。

 その間に、攻略キャラ達が一歩前に出て私にお別れの挨拶をする。最初に前に出たのはメグだ。


「クリスティーヌ……じゃなかった。えーと」

「クリスティーヌ、でいいわよ」

「えっとそれじゃあ、別の世界のクリスティーヌ。その、ごめんなさい。あなたが別人だって気付けなくて」

「いや、メグは薄々気付いてくれてたでしょ。まさか別人なんてって信じられなかっただけで」


 私が薄く笑うとメグも同じように笑った。


 メグは「楽しかったよ」と話し始める。


「一緒の部屋に住んで、お話しできて。なんだかんだで楽しかったよ」

「そうだね、私も」


 本当にいろいろあった。メグがリトルに話しかけるのを嫌だと思ったし。同じ女同士、鋭い観察眼でリトルに嫌がらせをしていることがバレていたけれど。それでも私が『歌学』にやって来た時、最初に頼りになったのはメグだった。メグが入学式の時に引っ張ってくれたから大切な人に出会えた。

 ――ありがとう。


 続いて前に出たのはミフロイドだ。

 ミフロイドは気まずそうに目を逸らしつつも、「私も申し訳なかった。クリスティーヌでない、ということに気付けなくて」と話す。


「いえ。ミフロイドはちゃんと気付いていましたよ」

「……。違う世界でも元気で」

「はい」


 ミフロイドともいろいろあった。ミフロイドは妹に嫌がらせをしているのに最初に気付いた。今思えば、ミフロイドという人物は私がクリスティーヌであってもなくても、きちんと相手を見て嫌がらせを非難しただろう。

 その対応が結構好きだった。


 次に前に出たのはラウルだ。


「まさかクリスティーヌではないなんて気付いていなかったよ」

「本当は気付いていたじゃないですか」


 さすがクリスティーヌの幼馴染。ラウルはきちんと気付いていた。ただ言及しなかっただけで。


 ラウルは爽やかにフッと笑う。


「君と別の出会い方をしたかった」

「そうですね」


 ラウルと違う出会い方をしていたら……。この世界ではファントムを攻略することばかりであまり話せなかったけれど、違う出会い方をしていたら一番気軽に話せる人物だったのかもしれない。


 最後にファントムが前に出てきた。ファントムの顔は相変わらず暗い。


 サァッと風が吹く。そんな中、ファントムは「本当に申し訳なかった」と口を開いた。


「私は別に気にしていないので大丈夫ですよ。それよりも謝るべきなのはエリックの方じゃ……」

「――そう、だな」


 ファントムは準備をしているエリックへ頭を下げる。


「申し訳なかった」


 ザァと風が横に流れていく。

 ラベンダーの匂いがスッと鼻に入ってきたのと同時に、エリックは俯いたまま目だけを微かにファントムへと向ける。


「それはもういい。私はお前への復讐を十分に果たせたしな」


 エリックはそれだけ言うと私に目を向ける。


「準備は整った。そろそろ行こう」

「……うん」


 私の周りに描かれた円が薄っすらと緑に光っている。


 これで本当に乙女ゲーム『歌学』の世界とはさよならだ。これからは辛い現実世界で生きていかなきゃいけない。それでも――。


「エリック、待ってるから」

「ああ」


 エリックが来てくれるなら、きっと心配はいらない。


 エリックが頷いた後、円は輝きを増していく。そして一瞬にして私の体を緑の光の柱が覆った。


 その瞬間、一番聞きたくない声が耳に届く。


「お姉様っ!」


 リトルの声だった。


「お姉様、行かないでください!」


 この期に及んで何言ってるんだ。せっかくいい気分で現実世界へ帰ろうとしているのに……。


 私は思わず眉をひそめる。だがリトルは相変わらず私を気にせず言葉を続ける。


「私、お姉様がいたから大切な人に会えたんです。お姉様があの時……、学食で隣になった時……、水を私にかけてくれたから大切な人に会えたんです」


 ……? 水をかけたから大切な人に会えた? 


 私は一瞬首を捻るが、すぐにそういうことかと気付く。


 リトルが嫌いすぎて忘れていたが、『歌学』本編にも学食で似たような小話があった。リトルが偶然学食で人にぶつかって水を被ってしまう話だ。そこで主人公のクリスティーヌはリトルにハンカチを渡そうとするが、実際渡したのは第二王国の王子だ。

 『歌学』にはリトルがその後第二王国の王子とどうなったか書かれていなかったが、もしかするとクリスティーヌは第一王国の王子ファントムと結ばれ、リトルは第二王国の王子と結ばれる遊び心溢れるエンディングを密かに表していたのかもしれない。


「お姉様がいなくなったら私はどうやってその人と会えばいいのですか。ですからお姉様っ!」

「うるさいっ!」


 私はリトルの言葉を一喝する。視界が緑で徐々に埋めつくされる中、リトルがビクッと肩を震わせたのがなんとか見えた。


「だから私、あなたが嫌いなのよ。苦労することもなく、誰かに愛されているあなたが。私はエリックを信じて苦しい現実世界でエリックを待つことにした。それなのにあなたはその大切な人を信じる苦労も出来ないのね」

「!」

「せいぜいこれからは惨めに足掻くといいわ」


 徐々に視界は緑から白へ変わっていき、今はもう『歌学』のキャラクターどころかエリックの姿も見えない。


 そんな私の心はどこか晴れやかだった。


 リトルにガツン、と言ってやったからかもしれない。

「まぁ、最後なんだからあのくらいの意地悪くらいいいでしょ」


 私がいなくても『歌学』でリトルは大切な人と出会えるのだから。


ごめんなさい。嘘つきました。結構長くなってしまって。今度こそ次回で完結です。

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