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Wishing you were somehow here again

 血はあっという間に布を真っ赤に染めていく。流れて止まる気配がない。真っ赤な空が目に映る。


 気味が悪い……。


 エリックから微かに息が漏れる。


 大丈夫。大丈夫。きっと助かる。


「あの、お姉様」


 妹のリトルが声をかけてくる。私は唇をギュッと噛み、泣きたいのを堪えながら真正面から妹に向かい合う。

 妹は長いスカートの裾を私と同様にビリビリと破く。


「これ、お使い下さい」


 そして私に差し出す。私は唇を噛んだまま手に取って二重にするように胸下に巻いていく。

 気のせいかもしれないけれど、多少なりとも血が抑えられているように感じる。


 そういえば――私がエリックと会ったのは『歌学』の世界に来てかなり最初だった。入学式に行くときにぶつかって。その後は教室で。そしてよくエリックという人物を分からないうちに「君の味方だ」と言われた。

 それからはオペラの助言をもらったり妹のことで相談に乗ってもらったりした。そうしているうちに何故か仲良くなっていた……ように感じる。

 ――いつの間にか私にとって必要な人になっていた。


 自然と涙がこぼれ落ちる。グッと唇を噛んで泣かないようにと我慢していたのに、止まらなかった。


「エリック……」


 エリックの頬に涙が伝う。


 死んでほしくない。目を覚ましてほしい……。もう一度私の話を聞いて、導いてほしい。


 私はエリックから妹に目を移す。


 もう正直、妹へのどす黒い感情はどこかへ行ってしまっていた。


「まだっ、まだっ、医者は来ないの!」

「お姉様、大丈夫です。今助けを呼びにいっているはずですから」


 妹はエリックを支えている私の手にそっと手を重ねる。

 そうしているうちにも胸下のスカートの裾は血で赤く染まっていく。


「クリスティーヌ……」


 ファントムはズボンのポケットから大きめのハンカチを取り出す。


「……これを使ってくれ」


 ファントムは俯いたまま、私の掌に強引にタオルを押し付ける。それにならってミフロイドも「使ってください」とほんの少し汚れたタオルを渡す。


 二人とも顔が暗い。ファントムにいたってはまさか誰かを撃つなんて思っていなかったのだろう。かなりショックを受けているようだ。


 私はファントムとミフロイドから受け取ったタオルを傷に押し当てる。だがエリックの血は止まらず、顔は徐々に青ざめていく。


 まさか本当にこのまま死んでしまうのなのだろうか。


 涙と冷や汗が一緒に落ちていく。


 もう、妹のこともファントムの攻略もどうでもいい――。

 ふと今まで及ばなかった考えが頭をよぎる。


 空は赤からすっかり暗くなっている。その暗さはどこか寂し気でエリックの髪色に似ている。


 エリック――あなたがまた私の話を聞いてくれるなら、あなたの声がもう一度聞けるのなら、隣にいてくれるならもう何もいらない。

 ファントムは確かに私の好きな人だけれど、その気持ちはスッと消えてほんの少しの熱を持つ。きっと私がファントムに感じていたものは好きは好きでも憧れの好き、だったのだ。


 私は冷たいエリックの頬を両手で包む。


「エリック。お願い、生きて」


 エリックの頬に手を当てながらゆっくりと顔を近づける。そして唇をそっと重ねた。


「……」


 私は自分から状態を起こして唇を離す。私がゆっくりと瞬きをする中、エリックはやはり指一本動かない。


「ねぇ、私。あなたのこと、好きになってたみたいなの」


 自分のおでこをエリックに当てた。その瞬間、「それは知らなかったな」とやけに気の抜ける声が聞こえた。

 バチリ、と声の主と目が合う。


「……エリック。あなた生きてたの」

「死んでほしかったのか」

「ううん、まさか」


 声の主はもちろんエリックだ。先程まで目を覚まさない状態だったのにあまりにスラスラ言葉が出てきて、本当に銃に撃たれたのかと疑ってしまう。


「体は大丈夫なの」

「君の目には大丈夫に見えているのか」

「……」


 エリックは軽口を言う余裕があるらしい。だが血はとめどなく流れ、顔は青い。


 ――本当は辛いくせに。


 そんな中、「クリスティーヌ!」と私を大声で呼ぶ声が耳に届く。声のする方へ顔を向けるとラウルと、メグ。そして何人かの先生と医者を連れて走ってきた。


「よかった。助かった」


 私はホッと息を吐きだす。助けが来て安心したはずなのに、何故か涙がとめどなく溢れて止まらなかった。


 空はもう真っ暗だ。けれどその暗さが、今の私には心地いいぐらい。


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