公演後
オペラ部一同、観客席へ向かって深くお辞儀をする。すると一際大きな拍手が起こった。舞台の幕がゆっくりと下りていく。
結局、舞台は何事もなく終わった。あったことといえば妹が派手に転んで笑いものにされたくらい。
エリックの復讐は行われなかった。いや、もう行われているのかもしれないけれど。どちらにせよ、復讐方法は分からないままだ。
幕が完全に下りて部員たちはアマンド部長に続いて舞台裏へ行く。
「さて、今日はお疲れさまでした」
「「「お疲れさまでした」」」
一斉に頭を下げる部員たちの顔はどこか強張っている。大きな失敗といえば妹の事だけだと思うけれど、皆ちょっとした失敗をしているのかもしれない。
アマンド部長はというとそんな部員達に対し、苦笑いを浮かべている。
「皆それぞれ反省点があったと思うけれど、最初はそんなものさ。今回での失敗を次回の公演に生かしてほしい」
「「「はい」」」
「じゃ、今日は解散で。明日は片付けを行うので、音楽室でなくここに集合で頼む」
そこであれ? と心の中で首を傾げる。本来なら解散の前にクリスティーヌとファントムは大絶賛されるのだけれど。私は本編のクリスティーヌと違う歌い方をしているからともかくとして、ファントムも褒められないのはおかしいような。
頭にハテナマークを浮かべながら私も部員達に交じって帰り支度を始める。
今日は久々にメグと帰れるかもしれない。ずっとオペラ部の練習で帰り時間がバラバラだったからな。
帰り支度をしながら周りを見渡す。するとファントムが私の目の前に立った。
「クリスティーヌ。ちょっといいか」
ファントムの目が鋭い。鷹の目だ。
「なんでしょう」と胸を張って言葉を返す。
きっとクリスティーヌだったら怯えて、けれど愛らしくファントムを見つめるはずだ。でも、私は相手が誰だろうと小動物のように震えるのはごめんだ。
他の部員たちは私たちのことなどお構いなしに、次から次へと帰っていく。正直、ファントムと二人でよく話しているとはいえ、こんなギスギスした空気に気が付かないのが不思議だ。
「場所を変えたい。ついてきてくれ」
「はい」
私はファントムの数歩後を大人しくついていく。
これは何か起きるな……と確信しながら。
大人しくファントムの後をついていくと中庭に出た。
そこには幼馴染のラウルをはじめ、ミフロイド、メグと攻略対象勢揃いである。そしてその中央に――妹のリトルがいた。
ああ、やっぱり……と思いながら私は周りを観察する。
中庭にはよく分からないピンクの花が咲いている。裏庭のラベンダーを見慣れているせいか、この淡い色の花に違和感があった。
あとはちょっとした噴水。辺りはシンとしており、私達の他に誰もいない。
最初に口を開いたのはファントムだった。
「クリスティーヌ。聞きたいことがある」
「ええ、どうぞ」
私は努めて冷静に返す。
ここに来てこのメンバーを見た時、分かってしまった。これは妹について責められるな、と。
けれども何故か焦ってはいなかった。怖くもなかった。ファントムに嫌われるのでは、という気持ちも起こらない。
「オペラの最中、リトルが転んだのは知っているな」
「ええ」
「クリスティーヌ。君が足をかけたのを見たんだ」
「……」
「私の見間違いだったら良かったんだが、他にも見た人物がいるんだ」
ファントムが背後に目線を向けると、攻略対象達は頷きあう。
風がゆるやかに流れ、ファントムの黒い髪が揺れている。
私はというと、ここまで言われても別に何とも思わなかった。何故だろう……。別にファントムへの気持ちは昔から変わってはいないのに。
「それに」とミフロイドが話し始める。
「やはりドレスを破いたのはクリスティーヌではないのですか」
「……」
私はハァと大げさにため息を吐いてみせる。本来のクリスティーヌであれば絶対にしない行動だった。
攻略対象達はそんな私のため息を聞いて大きく肩を跳ねらせる。
「それは妹の方から私がドレスを破いたり足をかけたりした、とお話が合ったんでしょうか」
「! 」
妹は目を大きく開けて私を見つめている。対して攻略対象達は眉尻を下げて困った表情をしている。
どうやら妹から直接聞いたわけではないらしい。
――勝った――
「それで、どうなんでしょうか」
「いや、それは聞いていないが。しかし、足をかけたのを見た人がこれだけいるんだ」
さすがはファントム。しっかりと反論してくる。でも、それだけじゃまだ弱い。
「ですが妹から何も言われていないんですよね」
「……それは」
その先は言葉にならないようだった。全員言葉を詰まらせている。
例え目撃情報があったとしても妹が私が意地悪をした、と言わない限り相手の勘違いになる。
私は顔をキュッと引き締めたまま、スカートの裾を持ち上げる。そして軽くお辞儀をした。
「ご用件はそれだけのようですね。それでしたら私はこれで」
スカートから手を離しファントムに背を向ける。
妹から話をされていないのだから、ファントムには確証がないし強くも出られない。攻略に多少の障害はあるかもしれないけれど、確証がないのだから微々たるものだと思う。
コツコツと足音を響かせて歩き出す。だが……。
「待ってくれ。クリスティーヌ」
ファントムに呼び止められた。
「何でしょう」
足を止めて後ろを振り返る。
ファントムは妹の肩に手を置いている。その様子に少なからず苛立ちを覚えながらも、平静を装ってファントムを見る。
「確かにクリスティーヌの言う通りだ。だから聞いてみようと思う」
「! 」
「リトル、クリスティーヌから嫌なことをされなかったか」
ファントムはかがんで妹に視線を合わせている。対する妹は黙って下を向いている状態だ。
ここで妹に私が意地悪をしていたと口を割れば、絶体絶命、最悪だ。ファントムの好感度が一気に下がってしまう。
でも……。その考えは何だか違うような気もしていた。
妹は相変わらず黙ったままだ。ファントムは「ありのままに話せばいいんだ」と優しく声をかけている。
私はジッとその様子を見ていた。
「されていないならされていないと言っていいんだ。されているなら私達が助けになるさ」
ファントムのその言葉に勇気をもらったのか、妹は顔を上げる。そして姿勢を正して私と向かい合う。
「私、嫌がらせを受けていました」
ああ、言われてしまった。
何故かここまで言われても焦る気持ちは微塵もない。私に反論の余地が全くないにも関わらずである。
「皆さんの言う通り足をひっかけられました。それに昼食時に水をかけられたことも……」
「「「「!」」」」
攻略対象達が一斉に私の顔を見つめる。
妹は「あ、でも」と言葉を続ける。
「でもドレスを破いたかまでは、分からないです。実際に見ていないので」
なんだ、その微妙な言い分は。バラすなら徹底的にやればいいのに。
私は目を細めながら妹を見る。
クリスティーヌだったらこんな行動はしない、こんな言い方はしない、ということはもう考えないようにする。もうファントムの好感度はガタ落ちだろう。だったらもうどうでもいいと思った。
「私ですよ」
「……クリスティーヌ」
ピンクの花がユラユラと揺れている。
こんな状況じゃなければじっくりと見ていられたのにな。
私はピンクの花をチラリと見ながら、攻略対象達に話しかける。
「私ですよ。ドレスを破いたのは。それからそこの妹が言ったように、他にも嫌がらせをしましたよ」
「ど、どうして……」
「どうして?」
ファントムの問いかけにわざとらしく笑ってみせる。その笑みにまた攻略対象達は肩をビクリと震わせた。
「嫌いなんですよ」
私は続けて言葉を発する。
「嫌いなんですよ、妹が」




