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angel of music

 観客席はほぼ満員。残っているのは一番後ろの二、三席くらいなものだ。観客達は公演が始まるまでおしゃべりに徹している。

 ザワザワと喋り声が大きくなるにつれて、胸の高まりも大きくなっていく。


 あれだけ練習したのに緊張する。


「大丈夫か。クリスティーヌ」

「……ええ」


 ファントムに後ろから声をかけられて、強張った顔で笑顔をつくる。


 もちろん、本当は大丈夫なわけがない。だが――。


「大丈夫そうだな。さすがはクリスティーヌだ」


 うんうんと頷きながらファントムは私の肩に手を置く。どうやらファントムは心から私が大丈夫だと思っているようだ。


 自分でもかなり下手な笑い方だと思ったのだけれど。


 モヤモヤとした居心地の悪さを感じているところに、パンパンと手の叩く音が聞こえた。


「さぁ、いよいよ本番だ。一年生は不安でいっぱいだろうけれど、深く考えずに。失敗するのは当然だ、くらいの気持ちでね。大切なのはやってみることだ」

「「「はい」」」


 さすがはアマンド部長だ。その言葉に多少なりとも救われる。


 私は深く息を吐きだす。


 大丈夫、大丈夫だ。いつものように。自身を持って。

 心の中で自分自身を励まし続ける。


 そうしているうちに一気に照明が落ちる。観客席も舞台も真っ暗だ。先程までのザワザワはどこへやら、観客達は一気に静まり返る。


「さ、クリスティーヌ。舞台の真ん中へ。準備が出来たら歌い始めて。クリスティーヌに合わせて照明や音楽を調整するから」

「はい」


 震える足をなんとか前に出して舞台の中央に立つ。少し視線を下に下げるとピアノに座っているラウルとバイオリンを構えているミフロイドが見えた。二人とも緊張しているのか、指揮者から目を離そうとしない。

 スーハーと大きく息を吸う。


 最初はクリスティーヌの独唱から。つまりは私が歌いださないと舞台は始まらない。


 よしっ、女は度胸よ。


 ゴクリと唾を飲み込む。そして震える唇を無理にこじ開けて声を出した。




 くすくすと含み笑いが観客席から聞こえてくる。観客達は私に対して笑っているわけではない。一人だけドレスを着ていない、みすぼらしい格好をした少女に笑っているのだ。

 一人だけドレス姿でない妹リトルに対して。


 私は思惑が当たって嬉しくなる。思わず唇がにやけてしまう。


 ちなみに私の歌はそこそこに評判がいいらしく、観客達から歌い終わるたびにそこそこに拍手をもらっている状態だ。『歌学』本編のクリスティーヌなら大喝采だったはずだが、そこは仕方がない。クリスティーヌでなく私としての歌い方をしているのだから。


 妹のリトルは私の後ろで他のバレリーナと一緒に踊っている。


 私はあいにく舞台に顔を向けている状態なので妹の姿を見ることは出来ない。けれど妹は今頃泣き出しそうな顔で明るい音楽に乗せて踊っているはずだ。


 ――ざまぁ。


 私は最後の一小節を歌い終わり、口を閉じる。まばらに拍手が聞こえてきた。私が歌い終わっても音楽は続いていく。ひとまず私の出番はこれで終わり。あとはバレリーナ達が軽く踊り、その後に私はファントム演じる王子と一緒に舞台に出る予定だ。


 私は急いで袖へ引っ込もうとする。すると目の端にとある人物が目に入る。

 観客席の一番後ろ、右の端にエリックが見えた。


 何かするつもりなのか、こんなに人がいる中で。難しいと思うけれど。


 そこまで考えてハッとする。悪い考えが頭の中で渦巻いている。


 私は観客から顔を逸らし袖へと歩いていく。そんな中、必死に頭を考えさせていた。


 こんなに人がいる中で何かするのは難しい。けれどこれだけの人の中だ。もし、ここであいつに恥をかかせることができるのなら。含み笑いどころではない。大笑いものになる。


 観客席をもう一度チラリと見る。


 ――君の味方だ――


 エリックの言葉が頭の中に響く。


 そうだ。ここで我慢することなんかない。私の好きにしていいんだ。もし何かあっても今の私には味方がいる。


 妹は舞台の袖に近い方で踊っている。私はチラリと妹を見ながら足を前に踏み出す。そして踊っている妹に対して。

 ――足をかけた。


 足をかけられた妹はやけにゆっくりと体が前に倒れる。対する私はといえば足をかけた後、急いで足を引いていた。


 バレリーナ達がハッとして妹の方を見るが、もう遅い。妹はシンバルに負けないほどのド派手な音を立てて、顔から転んだ。

 その瞬間、観客から大爆笑が起きる。

 妹は顔に床をつけたまま、起き上がる気配がない。そんな妹の姿を見て、私も思わずクスリと笑ってしまう。

 演奏も踊りも、そして私の歩みも止まらない。問題なくオペラは続行されている状態だ。

 そんな中、時間が止まっているのは妹ただ一人。


 今、妹は一人ぼっちだ。クリスティーヌは母が亡くなり、父に裏切られ一人ぼっちだった。ほんの少しでも、同じ思いを味わえばいい。


 爛々とした照明を浴びながら私は袖にはける。

 妹はやっとのことで立ち上がり途中から周りに混じって踊りだす。その光景にまた観客から笑いが起きる。

 袖からなのではっきりとは見られないが、妹の目に涙が光っている。


 あれだけやっても全く懲りなかった妹が泣いた。


 私は笑みが隠し切れない。


「クリスティーヌ」


 ポンと肩を叩かれた。思わず肩が跳ねる。後ろを振り返るとファントムがいた。


 私はなんとか笑みをひっこめて、ファントムと向き合う。

「そろそろ出番ですね」

「あ、ああ。そう、だな」


 バレリーナ達の踊りもあと少しだ。私は髪を整えて舞台に立つ準備をする。

 ファントムも私の隣に立つ。


 その顔がどこか険しかったが、おそらく妹心配をしてだろう……。


 私は袖から観客席を覗く。観客席の一番後ろ、右端にフードを被ったエリックはまだいた。この離れた距離からじゃエリックの様子が分からない。


 エリックの復讐は今日だと言っていた。エリックとファントムの問題だから私には関りがないのだけれど。そうは言ってもどう復讐するのか気になる。


 そんな中、パチパチと拍手が聞こえてくる。バレリーナの踊りが終わった合図だ。

 私は観客席から舞台へ視線を移す。バレリーナ達が袖にはけ始めている。


「行きましょう、ファントム」

「あ、ああ」


 ファントムと一緒に舞台の真ん中まで歩く。

 まだ舞台は続いていく。


オペラの拍手のタイミングですが、これが難しい。曲やその公演によって違うそうなので、初心者の方は周りを見て……というのが無難ですね。

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