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蛇の過去

 一瞬、私の父と母が言い争っている姿が現れる。そしていつもの問いかけ。


  ――私は二人から愛されているのだろうか――


 これはエリックに対する嫉妬だなぁ、と目を細める。彼は愛されていた人物だったのだ。そう思うとエリックが急に遠い人物に見えた。


「母はずっとラベンダーを持って待っていた。――他の女のところへ行った父を」

「!」


 私は思わず目を丸くしてしまう。その一言は本来のクリスティーヌを彷彿とさせたからだ。


 エリックも幸せそうに見えて、本当は寂しい人……。


 フードから黒い髪がわずかに見える。


 その髪をジッと見て私はハッと息をのむ。そして「もしかして!」と声を荒げた。


「もしかしてファントムと血が繫がって!」

「いや、違う」


 バッサリと切り捨てられた。


 ファントムを恨んでいる理由が、父が他の女と出来た子供がまさかのファントムだったら……。辻褄が合うと思ったのだけれど。

 よくよく考えるとファントムは王子なわけだから、父親が国王ということになってしまう。


「じゃあ何なんですか」

「ここからだ。今のは前日談のようなものだ」

「はぁ。そうですか」


 クリスティーヌと似たような境遇なのかと思えば、どうも完全にそうというわけではないらしい。


 本来のクリスティーヌと同じ境遇であれば、私に関わってくる理由も解明できたのだけれど。相変わらずエリックは謎だ。


 ザァと風が髪を揺らす。


「そんなわけで母と二人で暮らしていた。母は元々病弱で月日が経つにつれて痩せこけていった。もちろん薬もあったが手に入りにくい代物だった」

「でもあなたもいいとこの生まれではないの?」


 ルルー学園は貴族が集まっているから、高価なものが手に入らないということはないはず。


「高価なものではあったがそれだけではない。材料が東方から手に入れているものだから、出回らなかった」

「なるほど」


 私はエリックの黒い瞳を覗き込む。その瞳は黒く影を落としていた。


 ――エリックの母は死んでしまったのだな……。


 エリックも私の瞳を見つめる。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「君の思っている通りだ。母は死んだ。薬を奪われてな」

「奪われた?」

「ああ。ただでさえ出回らない薬を手に馬車に乗ろうとしていた時だ。薄汚い格好をした明らかに貧しい少年が薬を奪っていった」


 ふと明かりがなくなる。いつもは空に輝いている黄金の月が雲に隠れてしまっていた。


 私はエリックの話がなんだかんだで気になっていた。


 今のところファントムは一切出てこないし。ファントムが薬を奪った主犯、ということも考えられない。だったら一体どうして……。


 エリックは顔を上にあげて紺色の空を見上げる。月はまだ隠れたままだ。


「少年に薬を奪われ、もちろん私も後を追ったさ。大声で惨めに「その少年を捕まえてくれ」と泣き叫びながら」

「……」

「そこに現れ、逃げている少年に盛大にぶつかったのがファントムだ」


 エリックは空から私へと視線を移した。エリックの瞳にはクリスティーヌ姿の私と、ほんの少しまだ空の紺色を残している。

 ザァと風が吹き、紺からラベンダーの紫へと視界は移り変わっていく。


「ファントムは私の声を聞いて、少年の肩をガッシリと掴んだ。ファントムは何があったのか聞いてきた。もちろん私はあるがままに言ったさ。少年に薬を盗まれた。薬がないと母が死んでしまう、と」

「……それで」


 肩の蛇の刺繍が影でゆったりと動いているように見えた。エリックの瞳が紫からメラメラと憎しみの赤に変わっていく。

 私はこの不思議な雰囲気に飲み込まれそうになってしまう。

 エリックが違う生き物にでもなったかのように。瞳の色が次々と変わっていく。


 私は急な息苦しさを感じて、薄く酸素を吸い込む。何故か赤いエリックの瞳から目が離せないでいた。


「少年は何も言わなかった。それどころか素直に薬を盗んだ、と白状したさ」

「それじゃあ薬は手元に……」


「だが」とエリックは私の言葉を遮る。


「――薬は入らなかった」


 エリックの言葉に「何故」と小さく呟く。そして呟いてしまったが、その理由もなんとなく分かっていた。


 ファントムが原因だ。


「ファントムが少年に語りかけたんだ。『君はそんなことをするような人物でない』と。『本当は君にも理由があったんじゃないか』と。こんな感じでな」

「それは善意で?」

「ああ。そうと言われればそうだが。だがファントムの場合は自分がそう思いたいから、だろうな」


 そういえば、と思考を現代にうつす。


 ファントムは本来のクリスティーヌに癒され、恋に落ちていく。そのかわりにクリスティーヌもファントムに癒されていく。ファントムは王子という立場から誰からも愛されず寂しく生きてきた。だからこそ同じで寂しく生きてきたクリスティーヌの気持ちも分かったのだが。


 私は唇にそっと手を当てて考える。


 今のエリックの言葉から考えるにファントムがクリスティーヌのことを寂しい人物と思いたかったから、そう扱ったということだろうか。そしてそれが上手くいった……。


 私は唇から手を放してエリックの蛇の刺繍に目を移す。蛇はうねり、口を開く。


「ファントムは結局その薬を少年に渡し、私の肩に手を置いた。『君は貴族だから薬なんていつでも買えるだろう。あの少年の方が貧しいんだ。譲ってやれ。』とね」

「……それは酷いわね」


 ファントムが好き、とはいえ、いくら何でもこれはエリックに同情せざるを得ない。


 私の発言を聞いたエリックは私に顔をグッと近づける。


「な、何ですか」

「君はファントムに特別な感情を持っているかと思ったが。……違うのか」

「それはそれ。これはこれです。まぁ、だからといってファントムが好きなのは変わりませんけど」


 エリックはどうも人の心が読めると分かっているので、ファントムへの好意を隠さずに言う。

 エリックのフードが風で揺らめく。フードの隙間から漆黒の髪が揺らめくのが見えた。


 空には月が再び顔を出していて、エリックの髪を金に染め上げていく。


 私とエリックの距離は未だ近いままだ。やがてエリックは小声で何やら呟く。


「君を」

「?」

 

 小さくて何を言っているか上手く聞き取れない。

 私が首を傾げているとエリックは私の右手を持ち上げた。そして右手に軽く唇を押し当てる。


「へ?」


 一気に頬が熱くなる。

 これにはさすがの私もびっくりした。


 『歌学』にファンディスクなんてあったけ、と頓珍漢な考えが頭をグルグルと回る。もしエリックも攻略キャラだった場合、今の行動も理解できる。けれど『歌学』本編にエリックというキャラはいないし、『歌学』にファンディスクはない。

 要するにエリックは本来ならクリスティーヌと関わらないモブなわけで。こういった行動はあり得ないはずなのだけれど。いや、もしかするとクリスティーヌはモブキャラすらも魅了する力を持っているとか……。


 そんな私の大混乱をよそにエリックは平然とした顔で右手から唇を離す。


「君を選んで正解だった」


 その言葉と同時にエリックはフードに手をかけた。

 風が強く吹き荒れ、ラベンダーの花びらがぶちぶちと音を立てて飛んでいく。その花びらがエリックの顔を覆いつくした。

 風は徐々に勢いを無くし、まばらに花びらが落ちていく。それと同時に月明りに照らされてエリックの顔が露わになっていった。


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