花言葉
部屋に戻ってきてからメグにジッと見られる。いや、これは……。
私はメグの視線に気付かないふりをして、寝間着に着替え始める。
――これは怪しんでいるな――
もちろん私がドレスを破いた犯人かどうか、だ。
「今日はいろいろあったね」
わざと自分から話題を振る。
メグは「え? あ、うん」と急に話しかけられて戸惑っている。それを見て、私はやっとメグに視線を向けた。
「やっぱりメグもドレスを破いたのは私だと思う? 」
「えっと。その」
メグは目を右へ左へせわしなく動かしている。
やっぱり怪しんでいる……。でもそれを言う勇気はない、と。
空には場に不釣り合いな星がキラキラと輝く。窓から木の枝が緩やかに揺れていた。
今夜もいい風が吹いているなと窓から空を眺め、そして口を開く。
「そろそろ寝ようか」
「う、うん……。そう、だね」
あえて自分から質問を切り上げる。
メグは不自然に目を逸らしながらベッドに入り込む。私はといえば相変わらず窓から景色を眺めていた。
灰色の埃が胸の中にずっしりと溜まっていく。
私はこのゲームのヒロインなんだ。他のキャラクターにどう思われても、結局はファントムと結ばれれば幸せに生きられる。それまでは我慢しなくては。口を閉じていなくては。
クリスティーヌとして、幸せを掴み取るために――。
「ねえ。クリスティーヌ」
モゾモゾと寝返りを打って、メグはクリスティーヌの名を呼ぶ。
「どうしたの?」と私は言葉を返した。
「その、寝ないの?」
「うん。もうちょっと外を見てようと思って」
その言葉にメグはパチリと愛らしく瞬きをする。
さすがは攻略キャラの一人だ、と思う。私がドレスを破いた犯人だと怪しんでいたとしても、心配はしてくれているらしい。
「ねぇ、メグ」
今度は私からメグの名前を呼ぶ。
「ラベンダーって結構素敵よね」
「?」
「ふふふ。何でもないわ」
ひどくあのラベンダーが咲いている裏庭に行きたかった。この場所は居心地が悪い――。
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一層夜が深くなったころ、私は部屋から出た。裏庭へと静かに、しかし足早に向かう。
あの紫が美しい場所へ行きたい……。
この前とは違う、意思を持った足で歩んでいく。
裏庭に辿り着くと、既に先客がいた。もちろん、エリックだ。
「こんにちは。いや、こんばんは、ですね」
「ああ。こんばんは」
エリックはラベンダーから目をこちらに移す。手に何故かじょうろを持っていた。私が手に持っているものを凝視していたからか、「これは」と口を開く。
「これは水をあげていた」
「いや、それは分かりますよ。ただそういうことをするキャラとは思わなかったので」
どうもエリックという人物は未だに分からない。鋭いと思ったら、急にズレたことを言い出す。
エリックはじょうろを地面に置いて、また紫を見つめる。
「ラベンダーを植えたのは私なんだ」
「ラベンダーを?」
ここで一つ謎が浮かぶ。『歌学』本編では草が生い茂っているという表現だけだったけれど。エリックが昔から植えているとしたら、その表現はおかしいような。
そう思っていながらも余計なことは言わず、エリックの話に耳を傾ける。
「この前も言っただろう。ラベンダーが好きだからだ」
「好きだから植えたんですか」
「――ああ」
何故か一拍置いて答える。
それに奇妙な違和感を覚えながらも、「そういえば」と私は平静を装って話を始めた。
「昨日音楽室に行くところをミフロイドに目撃されました」
「!」
「そんなわけで、何人かには私がドレスを破いたと怪しまれまして……」
さすがのエリックも言葉が出ないのか、目を丸くして言葉が出てこない様子である。その間、私はというと蛇の刺繍をジッと眺めていた。
不思議と今の気持ちは落ち着いている。怪しまれていると打ち明けたのに、腹の中にいつものように込み上げてくるものはない。特に焦ってもいない。
やがてエリックは「怒ってないのか」と小声で言葉を発する。
「何故私が怒らなければならないんですか」
「ミフロイドに見られたのだろう」
「それは仕方ないですよ。王子の護衛をしているんですから。相手の方が上手ですし。見つかるのは必然だったと思います」
エリックはまた目を丸くさせる。
そんなに私の印象は悪いのだろうか……。
やがてエリックはフッと息を吐きだして、頭を下げる。
「ありがとう」
これまた意外だ。いつかの逆でこの男にもそんな言葉が口に出来るのか、と思う。
ザァと風が頬を撫で、ラベンダーが揺れる。
それと同時にエリックの声が耳に届いた。
「君は私がファントムを恨んでいる理由を聞かないのか」
「……。聞けば私が妹を恨んでいる理由を言わないといけなくなるじゃないですか。それに無理に聞こうとも思わないですし」
「そうか。それじゃあ、勝手に話していいか」
「どうぞご勝手に」
クリスティーヌらしからぬ冷たい声音でそう返すと、エリックはフッと硬い表情を崩す。そしてラベンダーの中にある木製の横長の椅子を指さした。
あんな椅子あったかしら……と心の中で呟くと、エリックは「今日完成したんだ」と口を開く。
「座ろう」
「そう、ね」
エリックに続いて椅子へと歩き、二人並んで座る。目の前にはいくつもの紫、紫、紫――。
なんだかだんだん私もラベンダーが好きになりつつあるな。なんて思いながらキツイ匂いを鼻から一気に吸い込む。
「ラベンダーの花言葉を覚えているか」
目に私と同じ紫を映しながら、エリックが尋ねる。
「疑いと不信、でしょう」
「もう一つ、あなたを待っていますという花言葉がある」
だったらそれを早く言ってくれよと心の中で突っこみながら、エリックに顔を向ける。
「私の母がその花言葉を含め、ラベンダーが好きだったんだ」
エリックがかつてない柔らかい眼差しで、ラベンダー畑を見ていた。
それだけでエリックの母の人柄が目の前に浮かび上がり、私はほんの少し胸が痛むのを感じた。




