表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

出会い

 二人は数年越しの(かたき)同士だった。


「あっ、そいつ、私が倒すとこだったのに!」

「あなたには無理よ。じゃ、お先~!」

 純白のショートヘアから汗を垂らしながら戦っていた見習い魔術師・ニーアは、今まさにとどめを刺そうとしていた獲物を、目の前で奪われた。やっと初めて、自分一人の力で怪物を倒せそうだったのに。悔しくてたまらない。奪ったのはニーアと同じ一年生で、長い黒髪の少女の見習い魔術師だ。


 全寮制の「第一黎明魔術学校」では、拘束魔法――命中した部位から皮膚にまとわりつき、身動きを取れなくする呪い――を扱える者を養成していた。魔法と言っても、杖だの呪文だのを使うわけではない。魔法の活用は、ここ日本のとある研究所が発明した新技術である。一部の人間だけが生み出す「なにか」を取り出す装置を作ることに成功したのだ。やがてこの「なにか」には生物の動きを封じる性質があることが判明し、それを打ち消す「なにか」も見つかり、ある日「なにか」は「魔法」と名付けられた――世界で初めて科学的に確立された「魔法」だった。中でも動きを封じる性質をもつ魔法は特に「拘束魔法」と呼ばれるようになり、人道的な兵器としての活用法が模索された。敵の命を直接には奪わず、金属より低コストで、条件次第では多くの敵を一挙に拘束できる。そんな最新鋭の兵器を世界の武力のスタンダードにしようというのが、研究所をはじめとした推進派の掲げる大きな目標だった。

 続いて発明された技術で、魔法を任意の形状に固められるようになった。固めた魔法は、触ることができるものの、透過性もあり、固体とも気体とも言い難い不思議な状態だった。持ち手をつけて昔の映画の「ライトセーバー」のようにしたり、弾丸の形にして従来の銃器に詰めたりすることができた。もちろんそのような武器を活用するには魔法を生み出す能力――魔力――が必要だったが、使いやすい武器ができたことで魔法の活用の道が一気に開けた。

 しかし、普及までの道のりは険しかった。基礎理論さえ発明されたばかりの兵器の投入には、どこの組織も慎重だった。魔法が発明されて十数年経った今でも、魔法を扱うプロフェッショナル――魔術師――は日本に数百人存在するのみで、魔術師を養成するために魔法の活用術――魔術――を教える学校もこの「第一黎明」ただ1校しか存在しないのである。校名の「第一」には、第二、第三を開校する日が来て欲しいという切なる願いが込められている。魔術師たちはその名前の響きのせいで昔は世間からも胡散臭いイメージを持たれていたが、最近になってようやく「看護師」や「美容師」と同じように「専門家」を指す言葉という認識が定着した。

 第一黎明では、すべての生徒にコードネームを与えている。人気の名前に希望が殺到したりすると困るので、学校側で重複しない名前を用意してランダムで割り振っている。このコードネームは魔術師に必須のものであるため、見習いのうちからその名で呼ぶことで慣らしているのである。ニーアやアイリスの名前も、このコードネームとして与えられたものだった。

 応募資格は中卒以上なので、普通の学校でいえば高校に相当する。ニーアとアイリスも高校生と同じ年齢である。入学の際は、普通の学力テストの前に、魔力を持っているかどうかを調べるテストがあり、ここでわずかなりとも魔法を出すことができるのが必須要件だった。


 演習がまもなく終わる頃、今度は長い黒髪の子が、捕らえた獲物にとどめを刺そうとしているのが見えた。ニーアはすばやく彼女の手足に拘束魔法をかけ、今度はニーアが彼女の獲物を奪った。この演習に使われている敵は、とある生物研究所の副産物としてできた怪物たちである。なるべく頑丈で、殺傷力が低く、人間に懐かない怪物ができると、見習い魔術師たちの練習台として演習に使われた。

 怪物の身動きが取れなくなるのを見届けると、ニーアは黒髪の子に向かって言った。

「悪いわね、私が先に倒しちゃった」

「ちょっと、ずるいでしょ! あ~も~、鼻打って痛いし~! 絶対許さないから!」


 それから二人は、一切口を利かなかった。しばらくすると、寮での点呼やら何やらで、ニーアは彼女の名前がアイリスというらしいことを知った。アイリスも、同様に自然とニーアの名前を覚えていた。気がつけば、たまに目が合うたび、互いに敵意たっぷりの視線を送るのが当たり前になっていた。それもこれも、二人が互いの顔をはっきり覚えていたからこそできたことであった。


 そのまま校内ですれ違うだけの生活が続けばいいと、二人は思っていたのだが。最終学年の三年生になり、バディが発表されると状況は一変した。この学校の最終課題は、バディと呼ばれる二人一組のペアで、丸々一年分の授業と生活をつつがなく終えることなのだ。相手次第で天国にも地獄にもなるのが明らかなこの課題を迎えるときには、頼むから仲良しグループの一人が当たりますようにと誰もが願うのであった。しかし――

「バディNo.47! ニーア、アイリス」男性教官が声高に発表した。

「はあ!?」と声を上げてしまったニーア。

「なんでよりによってあいつなのよ!」と教官に聞こえない程度に文句を言ったアイリス。

 先生たちはいったい私の普段の生活のどこを見ていたのよと、二人とも同じことを思っていた。付き合いのあった友人たちの多くが友人同士でバディになっていたのも、二人の不満に拍車をかけた。


 バディは寝食を含めた生活全般を共にするということになっている。一応ここのバディはさほど厳しい制度ではなく、単独行動したり他のバディの連中と行動したりすることが禁じられているわけではない。しかし、過去の上級生を見た感じでは、周囲のバディたちが次々と結束を強めていくうえに、時々バディ生活の様子を聞いてくる教官もいるので、自然とバディと行動せざるを得ない雰囲気になっていくようだ。バディはもちろん部屋も同じ。発表があった日の夜から、同じ部屋で顔を合わせることになるのだが。

「……」

「……」

 バディ部屋の寝床は古びた二段ベッドだ。寝床のほかには畳のスペースが少しあり、そこには小机が置いてある。ニーアとアイリスは、無言で自分の荷物を運び込み、入浴を済ませ、小机を挟んで畳に座っていた。位置的には対面するかたちで座っていたが、実際には顔を合わせず、そっぽを向いていた。二人とも出来る限り時間をかけて荷物の整理をしていたのだが、それでも就寝時刻まで中途半端な時間が残ってしまったのだ。

「私、ニーアです。よろしく」

「あ、どうも。アイリスです。よろしく、ニーアさん」

 無愛想極まりない口調で自己紹介を交わした後、ニーアが続けた。

「よりによってあなたとバディになるなんて、思ってもみなかったわ」

「私だって、二度とあなたを二メートル以内の距離でお見かけするなんて想像もつかなかったわよ」

 ニーアがいつもの敵意むき出しの目でアイリスを見ると、彼女も同じ視線を返した。

「どっちのベッドでもいいけど、ご迷惑でなければ、私もう寝ますね」先にニーアが目をそらし、立ち上がりながら言った。

「どうぞ。私こそどっちでもいいから、ご自由に就寝なさってくださいな。私ももう寝ますから」アイリスも立ち上がった。

 その日の会話はそれまでだった。ニーアがなんとなく下のベッドを選び、続いてアイリスが上のベッドへのはしごを登った。手すりもはしごもずいぶん年季が入っているように見えた。互いの敵意が少しも薄れていないことを確認し、二人は眠くもないのに就寝時刻の少し前から眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ