1話:コフィン・マーフィン
1話:コフィン・マーフィン
何だここは?
コフィン・マーフィンは今の現実が理解できないでいた。
真っ暗な空間に、ポツンと一つの椅子。
まるで誘導するかのようにライトで照らされているが天井を見上げても、光元であるライトが見当たらない。
「こらスゲェッ、科学の進歩ってどこまで行くんだ?」
と、混乱している頭の中を落ち着かせようとして声を出して見たが、空しく響くだけだった。
さてさて、どうしたモノか。
コフィンは仕方がなくその椅子に座る。
風情のない丸い木の椅子は、見た目以上に座り心地が良くなかった。
長時間座った運転の弊害か、痔になったのか尻が痛い。
「なあ、何のドッキリだが知らねぇけどよ、誰かクッション持って来てくれねぇか、この椅子すごく硬くて痛いんだけどよ、あと出来るならカフェオレくれ! ホットケーキが焼けるぐらいの砂糖を入れてよ!」
返事はなかった。
「何だここは、サービス悪すぎるぞ、まあ、レストランじゃねけど」
どうしたモノか、いや、そもそもどうしてここに居るのだろうか、こんな店に入った記憶がない、そもそも店なのかすら怪しい。
頭の中で今日の出来事を振り返る。
確か一週間前だ、組合から急の仕事が入ったのは。
内容は最近できた警備会社への資材搬送の仕事だ。
「ええっと、その後何があったけな」
家を出る時に、妻のジェシカから「いつ帰って来るの?」と言われてこう答えた所為で喧嘩になったんだ。
「知るかよ、キリスト様かマリア様にでも聞いて置けよ」
「ねぇ、いつものこの時期に仕事は入るけど、少しは子供達の事を考えてあげてね」
「わかってる、わかってる、物一番に考えているよ」
「そうかしら」
最近ジェシカとはよくもめる、今だってああ言えばこう言い返すそれで喧嘩になる。
「何が言いたい?」
いつもの様にコフィンはぶっきら棒に答える。
「去年もその前の年も、クリスマス、帰って来たことある?」
「仕方ねぇだろう、仕事なんだ、トラッキーズが荷物を運ばないでどうやって、お前達を食わしていくんだよ」
「イレブンボール」
「何だって?」
「イレブンボールよ、百万ドル当てた時だって、何の断りも相談もなくトラックを買って、あのお金があれば、少し違う生活が出来たわ」
イレブンボールは懸賞金付きのクジ、日本で言うところの宝くじだ。
トラック仲間のジョニーが良く買っている。
コフィンもジョニーに進められて遊び半分でこのクジを買った、番号はほとんど思い付きで書いたモノだが、それは見事当選して百万ドルが当選した。
嬉しさの余りに勢い余って欲しかったトラックをジェシカに何の相談もなく買ってしまう、それがこのギクシャクした関係に拍車を掛けたのだ。
「おれの金だ、おれが当てた金だ、何買おうかおれの自由だろう!」
「怒鳴らないでよ、近所迷惑」
ヒステリック女の様に、明らかに不機嫌な顔をして両耳を抑えながら言う。
それがコフィンの感に触る、あの行動はコフィンが嫌いだった母親と同じ仕草、自ずと言葉に怒気が籠る。
「近所迷惑で気にして夫婦喧嘩何って出来るかよぉ!」
「はぁ、呆れた」
今度はあきれ顔で言う。
「呆れた、その呆れた男に惚れて、おれの子供を産んだのはどこのどいつだ」
「……人生がやり直せるのならやり直したいわ」
真面目な、真剣な顔で言うのでコフィンは声に詰まってしまう。
「なに? 何だって?」
「昨日ね、偶然に高校時代の同級生の会ったの?」
突然何を言い出すのだろうか、コフィンはジェシカの言葉の意味が掴めなかった。
「それがどうした」
「エブリン、高校時代はよく遊んだ仲なの」
「それで?」
「彼の旦那、今何をしているか知っている?」
「知るかよ、お前の友達の旦那のこと何って」
「会社の役員だって、あなたと同い年よ」
「それがどうした、大学でのボンボンと高卒おれと比べるな」
会社の役員と訊いて思い浮かべるのが組合長のドナルドだ、フライドチキンが揚げられそうな程の皮下脂肪を付けたあの腹を思い出す。
あれでも国立大での元エリート、ここに来る前は三十手前で会社を立ち上げたらしい。
それが頭の中に浮かび、ジェシカの友達もどこぞの有名な大学でのエリートだろうと思った。
しかし、ジェシカの言葉から思っても見ない言葉が返って来た。
「中卒よ」
「……はあ?」
「中卒、そこから頑張って会社の役員に上り詰めたって」
「そいつはスゴイ」
本気で答える。
「しかも、休みの日はいつも奥さんの手伝いや子供達の世話をしているそうよ、しかも、子供達との約束の為に、会社に無理言って休みを取ってくれる、いい夫」
「おれにそれになれってか、無理言うなよ、おれには出来ないさぁ」
「やれとは言わないわ、そう言う気概を見せて欲しいって言っているのよ、休みの日は、あなたは何をして、いつも部屋に籠って、アニメ見ているでしょう、いい加減、卒業して、子供たちを見てやって」
「アニメはおれの生き甲斐だ、ポリシーだ! 魂だ、止められねえよ! それがわからないバカ女は黙っておけ!」
そう悠長な日本語で言う。
コフィンは高校を卒業するまでは、日本に居た。
父親は海軍士官で幼少期から横須賀に居た。
父の教育方針で海軍基地内の学校には通わず地元の学校に通っていた、無論、米軍の子供と言うだけで奇妙な目で見られ、学校で何かがあれば最初に疑われるのはコフィンだった。
中学に入る頃には反抗期も重なり、家には帰らずに地元の不良グループに属して日々を生活していた。
そんな生活に終わりを告げたのが、アニメとの出会いだった。
コフィンの人生はアニメオタクの人生だ、それをバカにされるのは、子供達をバカにされる次にムカつくことだ。
だからと言って面と向かって、ジェシカの悪口を言うことが出来ずに、ついつい日本語で言ってしまう。
「ねぇ、わたしは日本語、わからないけどさ、何となく馬鹿にされているのはわかっているからねぇ」
「そうかよ、今度はスペイン語で話していやるよ」
「そうしてくれると助かるわ、で」
「で、って何だよ」
「クリスマス、帰って来れるの?」
「何とかするよ」
「……あなたの何とか、信用できないんだけど」
「じゃあ何か? 必ず帰りますって教会にお祈りしてくれば信じてくれるのか? イエス様、どうかわたしにクリスマスに休みを下さいって!」
そう言うと、ジェシカの顔は疲れ顔になり手を振る。
「もういいわ、行ってらっしゃい」
「おい、何だよ、もういいって、どういう意味だよ!」
「そのままの意味よ、期待してないでいるからお仕事頑張ってね」
「……糞がッ!」
そう、そう言って家を出て組合に顔を出し、荷物を受け取りに向かう。
荷主は警備会社と訊いていたが違っていた、最近急成長している民間軍事会社、いわゆるPMCだった。
そこの倉庫に顔を出して荷物を受け取る。
荷物は武器と弾薬だ、本来この様な搬送は専門の業者が行うのか、会社が直に行うかだ、コフィンの様な二次の下請けに回って来ることは本当はないハズだ。
「これが積みに? おい、おい、何台連結させて牽引させるつもりだ、こんな話聞いてないぞ」
「一台目のボディに武器、トレーラーの一台目二台目に弾薬と火薬類、一個師団が一週間は戦える」
担当者の爺さんが荷受けのサインをしなが言う。
「冗談だろう」
「さあな」
「届け先は?」
「ここだ」
届け先を見て目を丸くする。
「冗談だろう、フロリダだって? ここはカルフォルニアだぞ」
「行きかえりだけで、数日はかかるな」
「冗談きついぜ、爺さん、クリスマスには帰らねぇと、かみさんに殺される」
「フン、お前さんのかみさん怖いのか」
「怖いのなんの、地獄のサタン様もアイツのイカレ狂った顔を見たら、平伏すぜぇ」
角を生えた悪魔のマネをする、それが受けたのか、爺さんは鼻で笑う。
「そうか、おれのかみさんも、同じもんだよ」
爺さんは伝票を渡しながら言う。
「少し早いけど、メリークリスマス、コーヒー!」
「コーヒーじゃねぇ、コフィンだ、コーヒーは『coffee』でコフィンは『coffin』だ、今どきの小学生だって間違えないぞ」
「そうかい、じゃあ、良い旅を」
コフィンは引っ手繰る様に伝票を受け取り首を傾げながら言う。
「……ああ、良い旅を、それからメリクリだ、こんちくしょうォ!」
そうだ、それからどうした、街道を抜けて国道を走ってフロリダを目指して。
その間に組合長のドナルドに話を付けて十日間の休みと臨時ボーナスをもらう事となった。
嬉しさに鼻歌をしながらジェシカのに電話したんだ、いつもより指の動きが俊敏だったのを思い出す。
「ヘイ! ジェシカ! おれだよ、コフィンだ」
『どうしたのあなた、やたら陽気だけど』
「最高にハッピーな話と、エリアンに出くわした様な最悪な話、どっちから聞きたい』
『そうね、エリアンの話から聞かせてくれるかしら』
「最悪のクリスマスイブになる話、子供たちはパパサンタに会えなくてガッカリするだろうな」
電話越しで溜息が聞こえる。
『別に、いつものことでしょう』
「何だよその言い方!」
『期待はしてなかったって話よ、不貞腐れないでね、コフィン、朝、貴方に八つ当たりみたいな言い方したことは反省しているのよ、少しナーバスになってたの』
「……そんなに低収入の夫が嫌か、ジェシカ」
『いいえ、違うわ、そういう意味で言ったわけではないの、ただ、ちょっと、相談したいことがあって』
「おい、止めてくれよ、陰気な声で言うと離婚したいとか言いそうで怖いんだけど……」
最後の語尾が弱まる、まさか、本当にか、とコフィン思ってしまった。
確かにここ最近、ジェシカと話する機会がなかった、それどころか子供達の事を彼女に任せってきりだ、それで嫌気がさして、そう思うと、背筋に嫌な汗が流れる。
『コフィン、わたしでも起こる時は怒るから、別に離婚は考えてないは、それは確かにあなたは低収入で子供染みた趣味を持って、ご近所から肩身の狭~~い、思いしてますけど、それで、離婚とは言わないわ』
「じゃあ、何だよ」
『それより、いい話って何?』
「話を逸らすなよ!」
『後で教えるわ、だから、良い話、聞かせて』
「わかったよ、十日の休みが貰えた、付け加えると臨時ボーナスも出る」
『それ本当?』
嬉し追うな声で言う、臨時ボーナスがそれ程嬉しいのか。
「ああ、本当だ…… だから、帰ったらゆっくり話そう」
『……そうね、そうした方がいいわね、これから家族が増えるから、いろいろと相談しないと』
そう、家族のことを話さないと、このままでは家庭が空中分解する、愛しの我が家が、家族が増えるのなら尚更。
そこで気付く、家族が増えると。
「おい、ジェシカ、その、なんだ、まさか?」
『ええ! 三人目よ!』
声のトーンが上がり、先程の陰気な空気が消え去る様なハイテンションの声が響き渡る。
『ごめんなさい、つわりが酷くって少しあなたに当たり散らすようなこと言って!』
「いや、その、えっ? マジ?」
『ええ、違いないわよ』
「マジかよ、本当かよ、ヤッホー! お前は最高の嫁だ、ジェシカ!」
『ええ、今頃気付いたの? 遅いこと!』
「バカ言うなよ、最初っから知ってるっての! お前程最高の女は、いや、女房は居ないぜ!」
『ねえ、今度の休みはしっかり相談しないとね、子供の名前』
「そうだな、帰るまでに考えて置くよ、ジェシカ!」
『そうして貰えるかしらん』
「ああ、なあ、少し子供達と話をさせてくれないか、ジャックとリジィと話し――」
その時だ、サイドミラーに見覚えのある車体が映る。
白と黒と屋根にサイレンを取り付けた、走り屋にとって最大の厄介者が目に入る。
ここいらのトラッキーズを目の敵にしている、パトカーの車だ。
「ああ、クソがぁあ!」
『どうしたの?』
「スティーブだ、こんちくしょう、なんでいつもおればかり狙いやがる」
『またなの? 電話、ちゃんとハンドフリーにしているの? 片手運転じゃないの?』
「大丈夫だよ、ちゃんと、耳に付けている」
『そう、ああ、言い忘れてたけど、クリスマスはお義父さんの家に行くから安心して』
「ああ、あのクソ親父に言っておいてくれ、ジャックに銃をまだ早いって、この前、拳銃をプレゼントしようとして冷や冷やだった」
『わかったわ、良く言っておく』
「じゃあな、まだ見ぬ我が子と子供達に、愛する妻にメリクリだ」
『ええ、メリークリスマス、まだ早いけど』
コフィンは電話を切ると、そのままトラックを路肩に止める。
顔を出すと思った通り出て来たのは、少し太った保安官のスティーブがノロノロと重そうな体でこちらに向かって来る。
「スティーブ、おれに恨みでもあるのか?」
コフィンは出会い頭に嫌味の一言を言う。
「ねえよ、真新しいトラックが走っているから、ちょっと揶揄ってやろうとしたら、お前が顔を出しただけだ」
「新車のもんでね、イレブンボールの懸賞金で買ったんだよ、おれの新しい相棒」
「そうかい、荷物は?」
「一個師団分の武器と弾薬とミサイル」
「冗談か?」
「おれの顔に冗談と言う文字が書いてあるか? うん?」
「いや、スキンヘッドの頭にマヌケと言う文字が書いてあるだけだな」
「そうかよ」
「どこに行くんだ?」
「フロリダだ、この荷物を届けに?」
「随分と遠いな、北から南に横断か?」
「それを言うなら、東から西だ」
「フムン、薬はやっていないと」
「冗談でもそう言うことを言うなよ、しらける」
「本当は忠告しに来たんだ、ここ最近、若者が行方不明になる事件が多くなってる、その注意勧告だ」
「どうも、この付近に出るのはジェイソンぐらだろうな」
「そらいい、テレビ局に売れば金になる」
「警官が金の話をするなよ、この悪徳警官」
コフィンの冗談が気に入らなかったのか、スティーブは車体を数回叩きながら言う。
「じゃあ、良い旅を!」
と嫌味を込めて。
「手垢付けるなよ、クソ!」
そう、その後しばらくは走らせたんだ。
左手で右肘を支えながら右手で顎を弄る、コフィンは考える時はもう意識にこのポーズを取る。
その後、夜に霧が出始めてどうしたんだっけ、そうだ、確か音楽を聞こうとしたんだ、でも、しっくり来るのが無くってアニソンで聞こうとして。
そこで、全てを思い出す。
そうだ、と。
「おれは、子供を撥ねたんだ……」
そう、足元に落ちたCDを拾うとして顔を上げたら目の前に少女が視界に入った。
急ブレーキをかけるが、遅かった。
感触が無かったが撥ねた、やってしまった。
子供を。
十年間無事故無災害でやって来た自分が、まさか。
背中から汗が滝の様に流れ出る、まるで悪夢を見ているようだ。
子供のことで浮かれ過ぎていた。
だから子供を轢いたのか。
この後のことを連想する。
逮捕、裁判、実刑、賠償金、世間体、家族離散。
どうする、どうするって決まっているだろう。
コフィンは無線を入れる。
警察に通報する為に、今までのモノを失う可能性があるのなら、この場を去ればいい、幸いここは広大の荒野のハイウェイ、見捨ててもマズ捕まることは無い、でも、それは自分の中の正義が許さなかった。強気物を挫き、弱き者を助ける。
父親の教え、海兵隊魂がそうさせなかった。
だが、そこで不思議なことが起きる、無線が通じない。
どのチャンネル合わせても砂嵐の様な音を出すだけだ。
コフィンは携帯を電話を取り出す、まだ最後に出た街から離れていないしここは渓谷も少ない平地だ、携帯が通じるハズだ。
しかし、繋がらない、携帯は圏外となっている。
絶望しかなかった。
「クソッ! クソクソクソクソクソクソ! クソがァあああああああああああああああああああああ!」
コフィンの叫びは空しく響くだけだ。
どうする、無線が繋がらない、携帯は圏外、このまま走り去るのは人として親としてそれは出来なかった。
「クソッぉ…… おれの心が悪人だったらどれだけ楽だ、畜生めェええええええええええ!」
コフィンはトラックから降りる、死体を確認する為だ。
大型トラックに轢かれた死体何って見たくはなかったが、そのまますれば、コヨーテに荒らされる可能性があるからだ。
おれが殺してしまってさらに、コヨーテに食われるなど親が見たらどれだけ悲しむか。
だが、コフィンはさらに驚きを目にする。
確かに子供が倒れていた、しかし、その死体は異様に綺麗だった。
この大型トラックに撥ねられた死体にしては余りにも綺麗だったのだ。
「おいおい、おれは…… 幻でも見たのか、確かに撥ねた…… いや待てよ」
コフィンは轢いた時の違和感を思い出す、軽かったのだ。
とてもじゃないか、何かにブツかった感触が無かったのだ。
コフィンは、ゆっくりと近づき、子供を確認する。
女の子だ、歳は息子のジャックより少し年上の十二、三歳と言ったところ、服は乱れて無いし、血の痕跡もない。
しかも、この子はまだ息をしている。
「おい、おい! 大丈夫か」
コフィンの声に薄っすらと目を開ける、ブルーダイヤの様な美しい色の碧眼、それがチラッと別の視線を向く。
そちらの方に視線を向けると、一軒の民家があった。
このハイウェイに似つかわしくない、建物。
あの家はこの子の家だろうか。
明らかに不自然だったが、民家があるのなら電話を借り救急車を呼ぶことが出来る、親御さんに説明しなければならない。
コフィンは女の子を残して駆け足で、その民家に向かう。
古びた時代錯誤の様な造りの建物、コフィンはベルを鳴らすが反応がない、仕方なく、ノックするその返事もない。
「すみません、誰かいませんか?」
反応なし。
「あの、もしかしたらお宅の娘さんを撥ねてしまったのですが……」
それでも、反応がなかった。
コフィンは恐る恐るドアを開けると、突然、意識がボンヤリして来る。
もしかしてガスか何かが、慌てて口を塞ぐがどうやら遅かったらしい、意識が遠のく。
混濁する意識の中に微かに声が聞こえて来る。
「せ…… 彼は…… 間違いありません」
「そうですか…… なら……かもしれません」
響きのいい声だ、どことなく心地よかった。