8話. 絶望の先に芽吹く希望(モノ)
一部R15表現と、感嘆符を多用する場面が有ります。
苦手な方は次話をお待ちください。
高いびきが耳を打ち、アタシは目を覚ました。
オーク自身も傷だらけだったので、恐らくアタシを担いで塒に帰ってきたんだろう。
天井まで積まれた岩の隙間から、途中まで仲間の死体を食らったらしい、汚らしいオークの顔が見えた。
体格やその他の特徴から、オークの上位個体、ハイ・オークに進化した様だ。
醜い顔に頑強そうな橙色の皮膚を持ち、頭に一本のねじ曲がった角と、両肩に伸びていたものが少し短くなった角が生えている。
冷静に分析しているうちに頭がハッキリしてきて、一気に血の気が引くのを感じた。
ヨウイチは‥‥?隙間から見える位置にヨウイチらしい影は見えない。
祭りの日だって教会で祈る事はしないのに、がむしゃらにヨウイチの無事を、神様に祈った。
どれくらいの時間がたっただろうか、オークの汚い欠伸が聞こえた。
苗床にされるくらいならその前に舌を噛み切って死ぬ。
そう思って目をつぶると、詰まれた岩の向こうから、濁った声が聞こえてきた。
「ゲッゲッゲッゲ‥‥、サキニ食ウカ、サキニ犯ルカ‥‥、ドッチガイイカナァ‥‥」
ギルドで聞いたことが有る。
進化した魔物や亜人は知能も発達し、人と同じ言葉を使う個体も出てくるらしい。
思わず岩に、まるで縋り付く様に突進して言葉を放つ。
「ね、ねぇ、ヨウイチは‥‥、もう一人いた冒険者は!?」
「ゲッ?ゲゲゲゲゲ‥‥、イマゴロハマモノノ腹ノナカダロウゼ‥‥、アノヘンハ、シンダーウルフノ縄張リガ近イカラナ‥‥、ゲッゲゲゲゲゲ!!」
言葉の意味は分かるのに、内容が頭に全く入って来なかった。
死んだ?‥‥ヨウイチが?
アタシのせいで、ヨウイチが‥‥。
「あ‥‥、あぁ‥‥」
そこからは泣いた。
ハイ・オークが汚い声で笑い、残していた死体をバリバリと食う音を聞きながら、叫ぶようにただ泣き続けた。
日が昇り切ったのだろうか、洞穴の入り口から陽の光が差し込んできているのを、崩された岩の前に立つハイ・オークの肩越しに認めた。
涙は相変わらず流れているし、泣きすぎたからか体に力が入らないけど、それでも頭は勝手に時間を計算して、色々と考え始める。
アタシは今までファングボアの討伐の時は日をまたぐ形で町を離れた事は無い。
夜になっても戻らないアタシを、もしかしたら冒険者が探しに出ているかもしれない。
今いる場所は分からないけど、そこまで遠くに連れてこられたわけじゃないハズだ。
何より、もしヨウイチが何とか生きていたとして、もしシンダーウルフよりも先に冒険者が見つけてくれていたら、助かっているかもしれない。
星をつかむよりも確率は低いけど、ヨウイチならもしかしたら‥‥。
そんな期待をしてしまう。
「ナンダァ?モウ泣カナクテ良イノカ?ゲゲゲゲ‥‥」
本当は死ぬ前にもう一度会いたかったけど、こんな化け物に辱めを受けるくらいなら死んだ方がマシだ。
「はは‥‥、あぁ、もう良いさ。ヨウイチ、先に向こうで待ってるよ‥‥」
せめて一言、好きだって、愛してるって伝えたかった。
出会って一日でこんな事を言ったら笑われるだろうか?
そう思いながら目をつむって大きく口を開き、思い切り閉じる。
「ン!?んぐぅ!!」
「オォット、危ネェナァ、ゲゲゲゲゲ。人間ハソウヤッテ勝手ニ死ヌコトガアルッテキイテタカラナァ‥‥、ソウ簡単ニハ死ナセネェヨ。ゲゲゲ、ゲッゲッゲッゲッゲッゲ!!!!!!」
あぁ、アタシは、人らしく死ぬことも出来ずに家畜みたいに殺されるのか‥‥。
――――――――――
おぉ、生きてる。大丈夫だ‥‥。
全身が痛むけど、何とか立ち上がると、ボロボロになった胴ベルトが足元にずり落ちる。
アイテムボックスから、半分残ったハイポーションを取り出し飲み干すと、少しは体の調子も元に戻った。
「ベルトにしまっといた容器が割れたのか‥‥」
服にしみている濃い緑が血の色と混ざってかなり汚い色になっている。
ぐあ!3本中2本も割れてやがる。空の容器のくせして地味に高かったのに‥‥。
どれくらい気を失っていたのか、木々の間から見える星空は夜明けに向かって進んでいるようで、月の位置も大分変っていた。
壊れた装備品や、オークが使っていた武具をアイテムボックスにしまい、体をほぐすように動かした。
少し考えたけど、あんなド変態くそ裸族にレニアたんを預けたまま町に戻るなんて選択肢はやっぱり却下だ。
考えをまとめて電脳魔書を開く。
先ずはレニアたんを探す方法を見つけないと。
追跡系スキルと念じると、そのものズバリ[追跡]が表示された。
スキルポイントの場合は30必要で、オークを倒したお陰かレベルが5、スキルポイントも30に増えているので、取得自体は不可能じゃない。
ただ、取得条件を見ると「レベル5以上」「追跡対象の痕跡を探す」と出ているので、あたりを見渡してからオークの足跡を探した。
探すも何も、どでかい足跡が森の奥に向かって伸びているので、それをじっくりと見分するとすぐに[追跡]を取得することが出来た。
・追跡
指定対象を追跡する際、対象の痕跡を可視化することが出来る。
うん?どういう事だ?
疑問に思って発動してみると、薄らぼんやりしたモヤみたいなものが、足跡の上にずっと伸びていた。
おぉ、これはすごい。
[速度上昇]と併用して、早速追跡を開始した。
追跡中も電脳魔書を使って調べながら走る。
先ずはオークの進化についてだ。
「オーク 進化」で調べると進化条件と進化先が表示される。
肌の色から、さっきの個体はオークジェネラルに進化したんだろうか?
オークジェネラルの進化先にはオークキングとハイ・オークが出てきた、
体格とかで考えればハイ・オークだけど、肌の色で言えばオークキングなんだよなぁ‥‥。
オークキングは頑丈で力も強く頭も良くなるらしい。ただ進化条件が厳しく、多分こっちでは無いと思う。
ハイ・オークの進化条件は単純で、食べたオークのレベルが累積され、一定以上を超えると進化するらしい。
戦っていた場所には死体は残っていなかったし、足跡の横には何かを引きずった跡も見受けられる。まず間違いなく食う為に持ち帰ったのだろう。
ハイ・オークの弱点は、相変わらずの鋭い嗅覚。火弱点が消える代わりに、神聖属性と暗黒属性に弱いらしい。
どっちの属性もスキル・魔法ともに今は取得できるレベルじゃないので諦める。
あ、鈍重さが弱点から消えてる‥‥。
思い返せば確かに、[速度上昇]で突っ込んだ俺の顔面にカウンター食らわせてくれてたもんなぁ。
「っとぉ、邪魔すんな!!」
魔書を開きながら走っていたせいで、奇襲してきた狼に気づくのが少し遅れてしまった。
無理やり体をひねって回転し、蹴りを胴体に叩き込む。
悲鳴を上げて逃げていく狼を見送り、今ので[初級蹴術]を獲得した事に驚き、もしかして、と電脳魔書に「取得条件レベル5 スキル」と念じると、いろんなスキルが飛び込んできた。
「おおぉ!!うお」
強化が出来ると喜んで気がそれた瞬間、木の根に足を取られて頭から地面にダイブするハメになった。
口の中に土やら草やらが飛び込んできた。うごごごご。
「ぶえ!ぺっぺっ!!ブーーーーー!!!」
マジで最悪だ。泣きっ面に蜂かよ‥‥。
気を取り直して居住まいを正し、改めて追跡を発動しなおした。
――――――――――
結構な時間、森の中を走り回り、何やかんやで道中モンスターを倒しながらオークの塒を見つけたのは、夜が明けてからだった。
尋常じゃない脚力で走っていたオークはかなりの距離を移動していたようで、何やかんやモンスターと戦いながら進んでいた俺は、だいぶ焦っていた。
オークやゴブリンを含む亜人種は、群れの雌が死んだり使えなくなった場合は人の女性を代用とするらしい。
この記述を見つけた瞬間、何も悪くない電脳魔書に向かって「ふざけんな!」なんて怒鳴ってしまった。
町中じゃなくて良かったと、心の底から思った。
最後に殴りかかった時のオークの状態は、全身が傷だらけのままだった。
傷を負った場合、塒で数時間の休養を取り傷を癒すと出ていたので、まだ間に合うハズだ。
アイテムボックスから道具を取り出し、腰のポーチや武器を確認。
スキル[隠密]と[風見鶏]を発動して、塒に近づいて行った。
「ゲゲゲ!ゲッハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
「んぅ!ん"んんんん!!!!!!」
塒の入り口に身を隠した俺の耳に飛び込んできたのは、オークの濁った笑い声とレニアのくぐもった悲鳴だった。
瞬間的に頭に血が上り踏み込むと、全裸のオークが体にボロ布を纏わりつかせて殆ど裸になった、片腕を折られたのか、変色した腕を力なく揺らしているレニアの姿だった。
「なにやってんだてめぇぇぇぇええええええ!!!!!!!!!!!!」
当初の予定であった[隠密]からの[不意打ち]なんてぶっ飛んで、視界を真っ赤に染めた俺は、ただ単純にオークに飛びかかっていた。
頭のどこかで冷静な俺が「何やってんだ」と突っ込んできたけど、それすら塗りつぶす憎悪に囚われて加速する。
俺の怒鳴り声に目を見開いたオークは、それでも流石と言うべきかすぐさまレニアを放り捨てて構えを取る。
ふざけんな、レニアになにしてくれてんだ。
オークの行動が更に俺の頭に血を昇らせる。
真面な思考をかなぐり捨てたまま飛び込む俺の頭の中に[狂戦士化]のスキルが浮かんで消えた。
――――――――――
「生キテヤガッタノカヨ、死ニゾコナイガァ」
澱の様に濁った声を響かせ、ハイ・オークが行動を起こす。
弄んでいた人の雌を放り捨てて、尋常ならざる速度で迫る死に損ないに向けて構えを取った。
目覚めてすぐ、女を犯す前に仲間だった者の肉を食らい進化したお陰か既に全身を苛んでいた傷は一つも残っていない。
欲を言えば抵抗する気力を削ぐ為に腕を折ったりなど遊ばず、邪魔が入る前にさっさと楽しんでおけば良かった。といった所だろうか。
『マァ、良イ。コノ死ニ損ナイノ四肢ヲ捥イデ目ノ前デアノ雌ヲ犯しテヤル』
いやらしく凶相を歪めたハイ・オークは余裕をもって迎撃の拳を打ち出す。
巨岩ですらも一撃で破砕する一撃だ。たとえ万全の状態で鎧を着た人間が向かってきても、粉々にすることが出来る一撃だ。
死に損ないには勿体無い宝だが、冥途の土産にくれてやることにした。
思えば今までの半生は散々な物だった。少し体格が劣るというだけの理由で群れを追い出された家族5人。人に追われ、それでも支え合って生き残り、地道に力をつけてきた。この3日間でその大切な家族さえ失いはしたけれど、代わりに今まででは考えられない様な力を手に入れたのだ。
『故郷ニ戻ッテ復讐シテヤルノモ良イナァ‥‥』
そんなことを考えながら、惨めにも向かってくる死に損ないを強かに殴りつけるのだった。