7話. 絶望の先に有るもの。
今回はレニア視点(走馬燈風)です。次回の冒頭までそのままで、途中から陽一視点に戻る予定です。
今までに出会った事の無い男。
それがヨウイチの第一印象だった。
ガキの頃から暴れまわっていたアタシが知ってる男は、どいつも荒々しい顔か媚びるように笑う奴らばっかりで、それは冒険者としてランクを上げた今でも変わらなかった。
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いつも通り、朝一にギルドで依頼を受けて、ファングブルを狩りに出かける。
町の壁の外に有る、森に近い農地からの依頼だ。
少し放っておくと、森からモンスターが出てきて作物を荒らす事が多くて、農業ギルドが冒険者ギルドに依頼をし始めたのが最初だって聞いたことがある。
ここら一帯は冒険者が多いから、街道辺りの、例えば亜人による危険度はかなり低い。
ファングブルやその他の動物型モンスターは気性が荒いせいで、討伐依頼はあまり人気が無いんだよね。
替わりと言っては何だけど、ついこないだもランク3のクラン【鋼の剣】がゴブリンの巣を叩いて、近くの村からの依頼を達成していた。
冒険者なら亜人を狩るべきだっていうのがこの大陸の根っこに有るからかも知れない。
アタシはゴブリンが苦手だ、臭いし汚い、村や街道を通る人間を襲って女を攫う、倒しても倒してもどこからか湧き出てくる。
数が少なければ村の若い男――それこそ多少力が強いとかなら――1対1でも戦って倒せるくらいなのに、群れになった途端に厄介になる。
道具を使う個体が出て、群れの中で一番強いリーダーが統率すると、ランク1の冒険者じゃ太刀打ちできないしね。
短い期間で異常に増えるし、群れがくっついたりすれば国の管轄に変わるくらい、厄介なモンスターなのだ。
亜人はどいつも危険だけど、この辺で一番厄介なのは、間違いなくゴブリンだろうね。
あとは滅多に無いけどオークの小さな群れが流れてくるくらいかな。数年に一回くらいだけど。
それはさておき、ファングブルを倒して町に戻るっていう、いつもの繰り返しのはずだったのに、今日は違った。
ファングブルの解体にいつも通り川へ向かったら、そこには血塗れの服を着たヨウイチがいたんだ。
顔は泥と血でぐしゃぐしゃだし、泣き続けたみたいな腫れた目でぼんやり空を見てた。
冒険者をしていると、そんな顔した奴も何回か見た事有るし、だからヨウイチもほっといたら死んじゃうんじゃないかなって思ったんだよね。
でも違った。かまどを借りて火をたくときに話しかけたら暗く沈んだ様に見えたヨウイチの目は、全然死んでなかった。
自覚してたかは分からない。
そんでアタシにも分からないけど、ヨウイチの目には何かが有ったって思ったんだ。
近所に住んでる子供と同じくらいに見えたからか、母性本能?が擽られたからなのか、自然と連れて帰る事に決めてたんだよね。
それがヨウイチとアタシの出会いだった。
帰り道でアイテムボックス持ちだって分かって驚かされたし、ギルドに依頼完了報告してから部屋に帰った時には家事を済ませてくれていた事にも驚かされた。
こういう所も、アタシが知ってる男と違う部分だった。
料理が出来る男なんて、店を持ってるヤツくらいだ。
1人暮らししてるヤツは大体パンだけとか金持ってるヤツは外食だし、掃除や洗濯ができる男なんて、貴族の下男か専門職の人くらいだから。
なんだろう、だからじゃないけど、尚更構いたく‥‥、保護したくなった、っていうのかな。
まぁ、年下だと思ってたら20歳だって聞いてまた驚かされたけど‥‥。
正直、アタシが無駄に老けてるんじゃないかって不安になったよ。二つも年上だったなんて‥‥。
その晩は少し‥‥、いや、かなり恥ずかしかったけど一緒に寝ようとベッドに誘った。
大家であるマギーおばさんとか、周りの部屋のルーリーやメネアさんなんかにもからかわれたせいでヤケになっていた部分も有ったのかも知れない。
ベッドの中で見つめ合ったヨウイチは男の子じゃなく、男の顔をしてた。
それだけで、あぁ、アタシも女だったんだなー。なんて思っちゃった。
まぁ、結局何も無かったんだけどね‥‥。
そっぽ向かれた時は思わず声が出ちゃったけど、その後のヨウイチの「おやすみなさい」が可愛すぎて、いとおしくて、隣に人が居るからか、気が付いたらいつもよりずっと深く寝られた気がする。
起きた時にヨウイチの背中が目に入って、本当に幸せな気持ちになったくらいだ。
それから、昨日の依頼完了報告の時に不良冒険者どもから回収しといたハイポーションをヨウイチに返して、ギルドでヨウイチの冒険者登録を済ませ、依頼を受けて武具屋とかを案内した。
買い物をしてる時のヨウイチの目は、やっぱり何か力強い感じがして少しうれしくなった。
もしかしたら惚れた贔屓目なのかもしれないけど、それでもなんとなく嬉しかったんだよね。
思ってたよりお金持ってたのも驚いた。
何だったら少しくらい頼ってもらえるかも、なんて思ってたのに、肩透かしだ。
いつも通りファングブルを狩って、処理してたらヨウイチがゴブリンに袋叩きにされてた。
少し目を離した隙にあんな事になってるなんて、歳の割に子供っていうか、ちょっと心配になたよ。
ボコボコにされてるヨウイチの変なポーズに笑っちゃったけど、冒険者になりたてなのに3体のゴブリンを一人で倒してたのには驚いた。
ある程度強くなったら旅を続けるって言ってたけど、思ってたより早くその時が来ちゃうんじゃないかって、嬉しいけど悲しくて、複雑だ‥‥。
今回はファングブルが見当たらなくて、普段あまり入り込まない所まで森を進んでしまっていた。
いつもは余裕を持って町に戻れる時間までに狩れなければすぐに帰るんだけど、つい良いところ見せたくて‥‥。
時間はギリギリになったけど、無事に狩れたんだし結果オーライって事でいつも通り川へ向かった。
アタシは浮かれてて、ヨウイチに一般常識的なスキルの事とかを得意げに語っては鼻歌交じりに歩いていた。
多分この時にはもう、オークに見つかって尾行られてたんだと思う。
本当、後悔してもしきれない。
あぁ、でも、オークと戦ってるときのヨウイチはすごく格好良かった。
1体目のオークはアタシが仕留めた。
ヨウイチに攻撃したのが許せなかったからか、前に戦った時よりも早く倒せた気がする。
アタシのヨウイチに何しやがる!なんて、恥ずかしげもなく考えていた。
ただ、オークの脅威はこれで終わりじゃなかったんだ。
回り込みながら、もうとどめを刺せるって所で、ヨウイチの前にもう1体、オークが出てきた。
生まれて初めて女みたいな叫び声が出た。いや、アタシも女なんだけどさ。
ただ必死だった。ヨウイチを失いたくなくて、必死で走った。血を吐きながら転がるヨウイチと目が合った時は、生きてることを喜べば良いのか、傷ついている事を悲しんだら良いのか分からなかったくらい。
ヨウイチが腕に突き刺さってた斧を引き抜いた時なんて一瞬気絶しかけた。
ポーションを飲んでるって言ったって、あんな無理やり引き抜くなんて普通はしない。
また悲鳴が出たけど、叫びながらヨウイチのそばに行きたくて走ってた。
「レ、レニ‥‥、後ろ‥‥!!」
ヨウイチの声が聞こえた!それだけで頭に血が回った気がした。
後ろにはオークがいるんだろう。
ともかく彼の声を聞けて少し安心したアタシは、背後の気配に向けて全力で剣を振っていた。
ヨウイチの声で動けたお陰か、冒険者としての勘が働いたからか、アタシが振った剣は、オークの斧を完璧に防ぐことが出来た。
本当はすぐにでも2体目に切りかかりたかったけど、そうするとヨウイチを守る事が出来ない。
いや、進化個体のオークなんだから、ヨウイチを守りながら戦うなんて最初から無理だったんだけど、せめてヨウイチだけでも助けたくて、多分生まれて初めて必死に頭を使った。
考えて考えて、それでも浮かぶのは絶望的な未来。
自然と体が震えていた。
死ぬのが怖いからじゃない。出会って一日程度だけど、それでもヨウイチを失う事の方が怖くて全身が震えた。
アタシが囮になれば、ほんの少しはヨウイチが生きて帰れる可能性が有るかも知れない。
物事がそんなに都合よくいく訳ないってわかってたけど、後ろで独り言を呟いているヨウイチにほんの少しでも長く生きていてほしくて、口を開こうとしたら同じタイミングで声をかけられた。
「ごめんレニア、アイツは俺が抑えるから、その間にソッチのオークを倒して欲しい。レニアが倒すまでは絶対にもたせるから、力を貸してくれ」
聞こえた途端、背中に有った優しいぬくもりが離れていった。
3体のゴブリンにすらボコボコにされていたヨウイチが、進化したオークとなんて戦えるわけがない。
もう二度とヨウイチのぬくもりを感じる事が出来なくなるんじゃないかと思ってしまい、泣きながらヨウイチを呼んだ。
帰ってきたのはただ一言。
「何とかするからソッチを頼む!!」
短いけど、アタシの事を信頼してくれている、ヨウイチの声だった。
最終的にはアタアシとヨウイチは生き残って、襲い掛かってきていたオークは3体とも倒す事が出来た。
急に強くなったヨウイチの動きは理解の外で、素早い動きでオークを翻弄しては、少しずつ攻撃を重ねていった。
アタシが戦っていたオークを倒して振り返ると、さっきまでの動きが嘘みたいに的確な動きで剣を振っているヨウイチの姿が目に留まる。
命がけの場面でスキルを獲得する人は多いと聞くけど、多分ヨウイチも剣術のスキルを獲得したんだろう。
ただただ感動した。好きになった男が目の前で強くなっていく姿をこの目で見られる事もそうだけど、それ以上に彼の動きが綺麗だったからだろうか。
喉はカラカラで少し痛かったけど、思わず大声で叫んでからヨウイチの下へ走り出した。
そこからはあっと言う間に戦闘が終了する。
2人で連携してオークを倒して、2人でそろってその場にへたり込んでしまった。
そのままヨウイチを抱きしめた。血塗れだって、汗まみれだってかまわない。
生きていてくれた、ただそれだけが本当にうれしかったから。
「すごいな‥‥ヨウイチは」
木に寄りかかってヨウイチの肩に頭を預けながら、いつの間にか握っていた手に力を込める。
照れくさくて少し茶化してしまったけど、負けずに「レニアと肩を並べられるようになってみせる」と言ってくれたヨウイチの目には出会った時よりも確実に生命力が漲っていた。
返事をしてから彼の目を見詰め、それだけでは収まらずに唇を求めた。
初めて好きになった人に初めてを捧げたくて、緊張しながら彼に近づいて行く。
「ヴゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
目をつぶった瞬間に濁声が鼓膜を揺する。
アタシが倒した、いや、倒したと思い込んでいたオークが、最初に倒したオークの死体を食って巨大化していたのだ。
――焦ってとどめを刺し損ねた――。
取り返しのつかない事をしてしまった。
此方を睨みつけるオークからアタシを庇う様に立ち上がったヨウイチの体は、見ていられないくらいボロボロだ。今日買ったばかりの防具はかろうじて体にまとわりついているだけにしか見えない。
なのに彼は立てないくらいの疲労をねじ伏せてアタシの前に立っている。
「ダメだ‥‥、逃げろ、ヨウイチ。‥‥お願っ、逃げて‥‥」
アタシのせいでヨウイチが死んでしまう。そう思ったら目の前が真っ暗になりそうだった。
あんな大きさのオークなんて見た事が無い。腕は町の衛兵の胴体ぐらいの太さだし、身の丈は建物の2階くらいの高さに見える。
足の間にぶら下がる醜い物が見えて、ギルドで習った亜人の生態を思い出す。
最後に倒したオークが、群れで唯一の雌だった。
雌を失った亜人は、間に合わせに人の女を苗床にするらしい。
死にたくはない。そんな目に遭うくらいなら死んだ方がマシだけど、出来ればヨウイチと一緒に生きていたい。
でも、いくら強くなったってあんな化け物が相手では2人で戦っても無駄だろう。
せめてヨウイチだけでも、と、さっきまでと同じ思考に至った瞬間、彼は駆け出し、吹き飛ばされた。
ヨウイチの体を受け止めたアタシは、頭を木の幹に打ち付けて気を失った。