4話. 電脳魔書っていうかウィキペディアだこれ!? (ス)
洗濯物の入った籠を持ちながらレニアを見送り、裏手にある庭兼共用物干し場で洗濯物を干していると、後ろから声をかけられた。
二階の部屋の窓から顔を出している、さっきとは違う女性だ。
このアパートはレニアともう一人の女性冒険者のお陰でエールネで一番安全と言われているらしく、また、家賃が安い為独り身の女性が多く住んでいるらしい。
8部屋中、空いているのは1部屋という盛況ぶりに驚いた。
大きなファングボアを仕留められるだけの冒険者だし、レニアは思っていたよりも強いのかも知れない。
恋人なのか?なんて聞かれたりもしたけど、当然否定しておいた。
へっぽこな俺じゃ、彼女に失礼すぎる。
考えて少し悲しくなった。
気を取り直してレニアの部屋に戻り、少し掃除をして食品棚にある物を拝借して少しご飯を作っておく。
勝手な事をしてしまって気が引ける部分も有るけど、彼女が食わせてくれたファングボアの肉が心身ともに癒してくれた事を思い出したが故なので、怒られたら謝罪して食材を買い直そう。
残った家事をしながら、そういえばスキルの確認が終わってなかった事を思い出した。
特殊スキルの確認の前にあの騒動が有ったし、その後も殆ど何の気力も起きずにここまで流されるままだったしな。
なんだか変な緊張をしながら、改めてステータスウィンドウを開いてみた。
種族:ヒューマン
名前:ヨウイチ・ミヤフジ
年齢:20
レベル:2
HP:15
MP:10
STR:3
VIT:2
DEX:2
AGI:3
MND:2
INT:1
CHR:3
通常スキル:[言語] [戦闘能力]
特殊スキル:[電脳魔書]
魔法:[空間魔法]
身長175㎝
体重70㎏
装備:鉄剣※
おぉ‥‥、マジでゲームみたいだなこれ。
って言っても俺がやったことあるゲームだとHP、MP,攻撃力と防御力くらいでステータスは終わってたから、こんなにゴチャゴチャしてると混乱しそうだ。
っていうか、STRとかAGIとかって何だ?
疑問に思って意識が向くと、アルファベットのステータスの内容が頭に浮かんだ。
すげぇ。
ステータスを調べつつ眺めながら、しばらく家事を進めていると、ドアがノックされた。
勝手に出たもんか迷っていたら、大家さんが野菜を持ってきてくれたんだと声をかけてくれたので、お礼を言って受け取って置く。
大家さん曰く、レニアは今まで男っ気が無くて心配だったとかなんとか。
年齢も18歳で、適齢期は過ぎてしまっているらしく、大家さんとレニアが一緒に出掛ける時も、良い寄ってくる男をワンパンでのしたりと色々と武勇伝を聞かせてくれた。
地味に怖ぇよ。
「レニアの事よろしくね!!」と背中をバシバシ叩かれてむせてしまったが、取り合えず曖昧に笑って大家さんを見送った。
野菜かごの横にイモリの黒焼きみたいなものが入った袋も有ったけれど、華麗にスルーしつつアイテムボックスへ。
貰いものの野菜で、もう一品料理を追加しておいた。
そんな諸々もありつつ手が空いたので、洗濯物が乾くまでスキルを調べておこう。
特殊スキル[電脳魔書]だ。
これは意識を向けると起動するスキルの様で、ステータスの時と同じく目の前に半透明のシステムウィンドウみたいなのが現れた。
画面の真ん中には検索用の文字を打ち込むところが有る。そういえばこれって何か呼び名は有るんだろうか?と思ったら「検索用の文字を打ち込むところの名前」と入力され、すぐに画面が切り替わって「検索ボックスや検索フィールド」と文字が表示された。
「マジか‥‥」
すげぇなコレ。試しに[アイテムボックス]と念じたら、また画面が切り替わって概要が表示された。
目次が有って、概要や利用方法、スキルや魔法由来の物と道具袋としての物の違いなどが一気に羅列される。
オマケに、拡張方法や区切って利用しやすくする方法、リンクで空間魔法についての説明にも簡単に飛べるようになっている。
テンションが上がりまくった俺は、洗濯物の取り込みすら忘れて、レニアが帰ってくるまで延々と調べ物をしていた。
電脳魔書っていうか、異世界版ウィキペディアだこれ。
――――――――――
夕方とまでは言えないくらいの昼過ぎ、レニアは黄色くて丸い果物を二つ持って帰ってきた。
果物はウエリダという名前で、原産地はここゴータンディア大陸の中西部らしい。
標高が少し高い、涼しい気候でよく育ち、皮は分厚いが簡単に剥けて、バナナに似た香りとリンゴの様な味、洋ナシの様な食感が人気。
300年前くらいから改良と栽培がおこなわれ始めたんだとか。
因みに今のは電脳魔書から引用だ。
早速役に立ってくれた。
バナナとかリンゴとか洋ナシとか、地球の食べ物も有るんだろうかと思ってリンクを踏んだらエラーが出たし、多分こっちには無いから俺の記憶から引用したんじゃないだろうか。
こういう部分も嬉しいな。使い勝手もいいし、これは良いスキルを授かった。神様、改めて有難う。
ウエリダの皮むきにキッチンへ向かったレニアに勝手に食材を使った事を謝ったら、むしろすごく喜んでくれた。
こんな風に手放しで感謝されるなんて久しぶりで、鼻の奥がツンとしてしまったのは内緒だ。
大家さんから預かった野菜籠を見せて少し話をしていたら、部屋の中が綺麗になっている!と驚かれもした。
物は移動してないのに、ちょっとした所に気が付く当たり、レニアは観察力も優れているんだろう。
これは弟子入りをお願いしたくなってきた。
「でも、ヨウイチが元気になって良かったよ」
一頻り話をしているとレニアが俺を見て苦笑していた。
そんなに酷かったか確認すると、ムンクの「叫び」よろしくすごい顔芸で「こんな顔してたから心配だった」なんて言われたけど、その変顔すら可愛くて不覚にもキュンとしてしまったわ。
話の流れで今後は冒険者になる事を伝えると、翌日は武具屋やギルドを案内してくれる事になった。
しかも少しの間面倒を見てくれるとまで言ってくれた訳で。
でも相手はナイスバデーで妙齢の美人さんな訳で。
言ったら俺は元気盛りの20歳男子な訳で。
色々マズいと思ったので安宿でも紹介してもらおうと思っていた旨を伝えると背中をバシバシと叩かれた上、あんたみたいな子供を襲ったら憲兵に捕まっちまうと笑われてしまった。
ん?
あれか?アジア人は若く見える的な話を聞いたことがるけど、そういう感じか?これ。
と思って年齢を伝えるとレニアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「かわいい反応しちゃってどうしたー?」
からかったら、真っ赤な顔で口元を手で押さえながら涙目でこっちを見ていた。
川での水浴びを思い出したのかもしれない。
初心なところもあるんだなー。なんて思っていたら、レニアが俺の方に寄ってきて話し始めた。
どうやら13,4歳くらいにみられていたらしい俺。
いくらなんでも成人と中学生くらいは間違えないだろ!と思ったけど、アジア系の顔では割とある話なんだとか、地球でテレビかネットで見たかも知れない。
そういえば酒を買う時に身分証出せって言われた事も有るし、俺は自分で思っているよりも童顔なのだろうか。
早い子だと10歳くらいで冒険者になる子もいるらしく、田舎から出てきた直後に不良冒険者に襲われた感じだと思っていたらしい。
余りにも消沈していたので母性本能が擽られたみたいで、アイテムボックス持ちな上に言葉遣いも丁寧で貴族の3男坊とかだったらラッキーくらいの気持ちで保護してくれてたと言われてしまった。
まぁ打算なら俺にもあったし、お互いにぶっちゃけて話していく過程で意気投合はしていたからか、結局少しの間厄介になる事になった。
大家さんに伝えに行くと、普通にOKが出たうえ、せっかくだから子供を作っちまいな!なんて言われたりした。
洗濯物の取り込みに庭に出たら、別室のご近所さんたちからも色々と突っ込まれて、そのたびに耳まで真っ赤にしているレニアに対してすこし微笑ましい顔を向けていたら、部屋に戻ってから両頬をひっぱられてしまった。
ははは、照れるなよコイツゥ。
――――――――――
夕方になり、食事の前に共同の風呂(本格的な浴槽が有る訳じゃなく、大きな木桶が設置されている場所だった)で汗を流す事になった。
別々に入る準備をしていたら他の住人+大家さんに時間の節約のために一緒に済ませろとのお達しを受けてなし崩し的に風呂場に閉じ込められてしまった‥‥。
「その、ゴメン、俺が来たせいで‥‥」
背中合わせに体を流しつつ謝ったら、ぎこちないけど笑顔で「こっちこそゴメンな、アタシ今までこういう事なかったから‥‥」とはにかんでいた。
ある程度一人で冒険が出来るようになったら家を出るっていうのが無かったら、間違いなく襲い掛かっていただろうな。
お互いにさっぱりとしてから部屋に戻って、俺が作った野菜と干し肉の炒め物とスープ、レニアが買ってきてくれたパンを食べた。
ライ麦パンと同じ、酸味のあるパンだったけど、少し薄味のスープと合っていておいしく食べられた。
炒め物とスープはレニアから予想以上の大絶賛をもらい、少し鼻が高くなる思いだった、やったぜ。
あく取りや出汁取りをしっかりしたのが良かったらしい。
近所の食事処で出している料理に負けないくらい美味しいといって笑ってくれて、またまたキュンとしてしまった。
パンは山のふもと、標高の高いところで育てられた麦を使っているらしい。もしかしたらウエリダと近いところで育てられているのかも知れない。
すっかりと火も落ち、ランプの灯が揺れる室内で明日の予定を少し話して、いざ寝るとなった時に問題が発生した。
木製の寝台が一つ。
ソファみたいなものは無い。
近隣が主な活動の場であるレニアは寝袋的な物も持っていない。
オーケー、落ち着け。当然の事ながら紳士である俺は床に布を敷いて寝る事を提案した。
幸いにして座布団の様なクッションは有るし、それを並べれば床の堅さも気にならない。
っていうか、ラグというかカーペットというか、レニアの部屋には敷布が有るし、地球では友達の家で飲み明かして雑魚寝をしたことも有るし、そこまで問題なかったりする。
イカン、危ない危ない危ない危ない。
と、説明を終えて笑顔で振り返った俺の目に飛び込んできたのは、ランプの弱い灯りでも火が出るんじゃないかってくらい顔を赤くしているのが分かる、薄着のまま寝台に寝そべり薄手の毛布をめくるレニアの姿だった。
表情筋が死んだままで前かがみになりながら、寝台にお邪魔した。
日に焼けて少しくすんだ、ショートカットの金髪は柔らかくて、甘く爽やかな香りを発していて、髪よりも少し濃い色の眉毛は困ったように八の字になっているが、その下の両目は猫の様にクリクリとこっちを見つめている。整った鼻筋から小さな小鼻、その下の薄紅の唇や、すっきりとした顎。
細い首筋に魅惑的な鎖骨。と、視線を動かしていたら自分の顔もめちゃくちゃ熱くなっているのが分かった。
そこまで大きくない寝台に成長した男女が一組。
もういろんなところがあたりまくりできもちいい。
じゃないわ、慌てて振り返って背中を向け、心頭滅却。
背中から「あっ‥‥」って聞こえた気がするけど聞こえなかった振りをして努めて平静にお休みのあいさつをした。
裏返った上に震えた俺の平静な「おお、おやおややすみなさい」の声に、先の残念そうな声もどこへやらの、レニアの上機嫌に聞こえる「おやすみ」が耳朶を打った。
語尾にハートがついている様な気がした。