3話. 捨てる神有れば拾う神有り?
どれくらいの時間が過ぎたのか、たき火の跡地にはオレンジの陽光が差し込んでいた。
いつの間にか夕方になってしまったのか、或いは一周して朝焼けなのか、ともかく痛む体を起こすと首元から色を失って透明になった首飾りがこぼれた。
口元や体の大半が血でベシャベシャだし、ゴワゴワのシャツは血で張り付いてきて途轍もなく不快だ。
引きつる様な痛みが背中に走ったけど、痛いって事はどうやら俺は生きているらしい。
「いや、生き返ったって事か‥‥」
足元に転がる、最初は白く光っていた首飾りを見て、濁った目で呟き、その場に座り込む。
見ず知らずの人間に、高価なアイテムを見せびらかし、結果殺されて奪われるという体たらく。
ズボンの尻が血と泥で汚れるのも無視して、間抜けにも泣いてしまった。
『なんだよ、なんでそうなるんだよ!助けただろ?手伝ったじゃないか!』
意味が分からなかった。
そりゃ最初は下心ばかりだったし、僧侶と魔法使いを見る目もヤラしかったのかも知れないけど、だからって殺すか!?普通‥‥。
裏切られたってほど長く一緒に居てお互いに心を許してた訳じゃない。
単純に、危機意識の無い間抜けが騙された。そう、ただそれだけなんだ。
そうだよな‥‥。
魔女のフサちゃんも、神様だって、この世界はそこそこ危険が有るって教えてくれてた。
浮かれてたのもあるけど、俺が間抜けだっただけだ。
それは分かってるけど、気力がゴッソリ削られた感覚ばかりが俺の背中にのしかかっていて、ただただ、涙を流し続けた。
涙で歪んだままの涼しい空気に靄が掛かった森を見て、意識のどこか遠くで今は朝なんだな。なんて意味も無い事を考えていた。
―――――――――――
ただ無気力に川の流れを見ていた俺の視界の端に、イノシシみたいな動物の死体を背負った女が現れた。
返り血だろうか、革の様に見える鎧や手足は赤く染まっていて、自然と体が震える。
此方に気づいた女は怪訝そうに俺を見ていたが、ゆっくりと此方に近づいて歩いて来ているようだ。
腰に下げてる剣と、効力を失った首飾りくらいしかアイテムボックスの外に出ていないし、盗れるものは無いし、最悪気分で殺されるだけだろう。
逃げるのも億劫で、それでも一丁前に恐怖感だけが胃袋を絞る嫌な感覚に、口の中が苦くなった。
「‥‥アンタ、大丈夫かい?ひどい顔してるよ」
ひどくて悪かったな、生まれつきだよこの顔は。
血の跡と涙の跡を見たからか、気づかわしげに此方を伺う顔は、返り血を浴びてはいたけど自然なものに見えた。
「‥‥手元に有るのはこの剣くらいです、渡せるものは何も持ってません‥‥」
もう数歩の距離にいる以上、今更立ち上がって必死に逃げても殺される。
そう考えて命乞いすら出来ず、目も合わせずに言葉だけを投げつけた。
出来ればこのまま変人と思って、俺と係わるのを避けてくれると嬉しいんだけどなぁ。
「そうか、分かった」
祈りが通じたのか、女はそのまま回れ右をして、イノシシを降ろした川べりに戻っていった。
倒した場所で血抜きは終えているのか、小ぶりなナイフで丁寧に毛皮をはぎ、肉を解体している。
このままここで眺めていると、折角関心をなくしてくれたのに気分が変わって殺されるかもしれない。
そう思うけど、相変わらず両脚には鉛でも詰まっているのか、動くことが出来なかった。
無為に時間を過ごしていたら、イノシシの解体を終えた女がこちらに向かってきた。
あぁ、結局殺されるのかな。なんて思っていたら「使わせてもらうよ」の一言だけ告げて、かまどに火を入れている。
イノシシの肉や骨を入れていた革袋から手ごろな大きさの肉を木の枝にさして、火にかけ、革袋は川べりの大きな流木に固定して流水にさらしていた。
「ケガは無いのかい?」
「‥‥‥‥はい」
言われて全身を見直すと、確かにひどい血の跡で無事な状態には見えない。
とは言え、実際に背中の傷はふさがっているみたいだし、怪我自体はしていないと言えるだろう。
肉が焼けるまでは此処にいるのか、食い終わったら殺されるのかな。なんて考えながら、ぼーっとたき火を見詰めた。
――――――――――
「成程‥‥、そりゃ確かに、アンタが間抜けだったね」
苦笑いを浮かべた女、戦士のレニアが肩をすくめた。
肉の焼ける匂いに腹を鳴らしてしまった俺に一頻り笑ってから、彼女が肉を恵んでくれたのが始まりだった。
どうやら俺には学習能力が無いらしい。
無気力になっていたのも有るけど、殺されてから一日も経っていないのに、会ったばかりの、それも剣を持っている相手に、昨日騙されたんですよー。なんて事を説明するなんて、我ながら頭がおかしいとすら思ってしまった。
姉御肌というか、レニアの話し方になんとなく好感をもったからかも知れないし、単純に餌付けされただけかも知れない。
でも、俺の話を急かさずに聞いてくれる彼女になら、殺されてしまっても良いや。なんて考えてしまっていた。
「ヨウイチ、アンタ旅してたんだろ、荷物も盗られちまったのかい?」
自己紹介が旅人なんだし、これは突っ込まれても仕方ない。
瞬きの逡巡の後、モンスターに襲われて逃げた時に捨てた事にしたら、レニアは少し悲しそうな表情をして俺の頭を撫でてきた。
「自分が荷物も無くして大変な時に人助けなんて、あんたは随分お人好しだね‥‥」
たった一言が胸に響いて、情けないけどまた、俺は泣いてしまった。
もうそろそろ昼前だろうか、川からのひんやりとした空気が太陽の光で散らされたせいか、過ごしやすい気温になってきたころ、俺は肌着一枚で川にぶち込まれた。
レニアの機嫌を損ねて身包みを剥がされた訳じゃなく、服を洗うから序に体や頭にこびり付いた血を洗い流せ。と言われたからだ。
ちょっとした岩陰でレニアから借りたタオル風の荒布を使って体をこすっていると、洗濯を終えたらしいレニアが、不意に肌着で出現した。
「ちょっ!?な、なんで!」
出るとこ出てるのに、鍛えられているからかかなり引き締まったレニアの体を肌着越しとは言えモロに見てしまい、中学男子(童貞)ばりにうろたえてしまった。
このまま異世界童貞卒業かと思ったら、アタシも汚れ落としたいからタオルかしてくれと言われて、盛り上がった気分は一瞬で萎れていく。
タオルを渡して上がろうとしたら、呼び止められ、レニアが背中をぬぐってくれた。
お返しに彼女の背中も丁寧に洗うと、笑顔で振り返りお礼を言われる。
振り返った拍子に、肌着を脱いでいた彼女のおっぱいが目に飛び込んで来て、思わず前かがみになってしまったが、レニアは笑いながら俺の背中をたたくだけで済ませてくれた。
……やべぇ、惚れたかも知れん。
水浴びを終えて少しさっぱりした所で、レニアが大きめのカバンから取り出した着替えを貸してくれた。
ひざ丈程の貫頭衣と、ゆったりしたズボンからは甘くて優しい香りがして、そこでも若干興奮してしまった。
服が乾くまで貸してくれるのかと思ったら、立ち上がったレニアが岩の上に広げていた、洗い終わった服を絞って纏めて、流水にさらしていたイノシシ入りの革袋を担いで移動の準備をしているのが見える。
俺が着ていた服と交換という事なんだろうか。ここでお別れってのも寂しいな。
なんて思っていたら、彼女は俺を不思議そうに眺めた後、笑いながら頭を撫でてきた。
「何ぼけっとしてんだいヨウイチ。アンタもエールネに行くつもりだったんだろ?」
年齢的には俺の方が年上だと思うんだけど、誘ってくれたことが嬉しくて急いで準備を終え、彼女の後ろについて歩きだした。
――――――――――
港町エールネに向かう途中、重そうな革袋を預かってアイテムボックスにしまったらかなり驚かれた。
カバン型のアイテムボックスはある程度出回っている(とは言え、小さい物でも金貨が必要らしい、驚いた)けど、魔法やスキルのアイテムボックスは結構貴重で、冒険者や商人にとってかなり魅力的らしい。
場合によっては危ない目に遭うかもしれないらしいので、彼女の前以外ではあまり使わない様にしよう。
森からの道中は特に問題も無く、田舎から出てきた設定の俺が、そこそこ発展しているエールネ在住のレニアに色々と質問をしながら歩いて行った。
町の中には宿屋や武具屋、薬屋やちょっとした教会もあるらしく、大陸間を結ぶ海運都市との交易も盛んで、冒険者ギルドもしっかりとしているらしい。
レニアの鎧もエールネで買ったらしいけど、傷は目立つがしっかりと手入れされているらしく、使い続けた結果味のある艶が浮かんでいる様に見えた。
貧乏生活中に買った安い革靴は、磨いたりの手入れをしなかった結果半年でボロボロになっていたのを思い出して、男っぽい口調の割にレニアは装備などの手入れも細やかなのかも知れないと思った。
「旅人さんね、名前、性別、年齢を書いてくれ。あ、代筆は要るか?」
スキルのお陰で文字も理解できるようで、問題なく書くことが出来た。
感覚としては英語を頭の中で日本語に直して理解するんじゃなく、英語を英語のまま意味を理解できるような感じで、文字についても適用されるらしくかなり助かった。
心配げにこちらを見るレニアと門番さんに大丈夫、と頷いて記入した紙を提出し、2人で門を潜った。
町に入った時点での感想は【THE海外の観光地】とでも言うべきか、ネットで見たシチリアの様な光景にかなりテンションが上がってしまう。
地球での30年では海外なんて夢のまた夢。
旅行らしい旅行なんて学生時代の修学旅行が最初で最後だった。
お上りさんよろしく町中を見渡す俺に、レニアは苦笑しながら案内をしてくれた。
門をくぐってすぐのところには数件の宿屋と食事処、あとは道端に店を広げる商人もいて、時間的にも結構な賑わいをみせている。
メインストリートには武具屋や道具屋が並び、主婦向けなのか八百屋に果物屋なんかも目に入った。
まっすぐに進むと恐らく冒険者ギルドだろう大きめの建物と、教会、あとは町を治める役人が居そうな建物も見受けられるが、レニアに案内されたのは住宅が並んでいる様に見える別の通りだった。
「アイテムボックス持ちは狙われるかも知れないって言ったろ?服も干したいし、先ずはアタシの部屋に向かうよ」
そう言って笑うレニアに先導されて、彼女の家に2人で向かった。
出会ったその日に家に招待するってのはかなり危ない気がするけど、よくよく考えたらでかいイノシシすら倒す程の冒険者だ。
俺ならウリ坊相手でも腰を抜かしかねないし、そう考えると危ないのはレニアじゃなくて俺の身なのかもしれないな‥‥。
そんな事を考えていると、彼女が借りている集合住宅に到着した。
俺を連れているレニアに気が付いた、ここの大家さんらしい気の良さそうなおばちゃんにからかわれ、二階の窓から顔を出した眠たそうにしているおばちゃんにも一頻りイジられてから彼女の部屋にお邪魔した。
冒険者ギルドにイノシシ(ファングボアという魔物だった)を持っていくレニアの代わりに洗濯物を干しておくと言ったら、お礼とハグにほっぺにチューまで頂いてしまった。
レニアたん、らぶ‥‥。
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