2話. 異世界初日。初めての死。
小高い丘から見渡した時には爆発音を発生させるような戦場らしきものは見当たらなかった。
と言うか、遠くは遠くだけど直接視認できる距離に町の壁が有る場所で爆音がなる様な戦いが起きるもんだろうか。
そんな事を考えながら走っていると、段々と煙の臭いが漂ってきた。
髪の毛を燃やす様な臭いや、肉の焼ける独特な臭いに呼吸が荒くなる。
嫌な汗を背中に感じつつ用心深く足を進めると、道に沿う様に茂る木々の壁際に人の姿を確認した。
血を流して倒れている男、剣と盾を持って戦っている男、長い木の杖を持った、昔懐かしいRPGに出てきそうな僧侶っぽい服装の女、服装が既に魔法使いだと自己紹介している女の、計4人がモンスターと戦っていた。
戦っていたといっても、既に敵――身長180㎝くらいの黄緑色の肌のずんぐりむっくりした奴――は2体の内の1体が風前の灯といった様子で、彼らの周りには無残に切り裂かれたり内側から破裂した様に見える別のモンスターの死骸が転がっているだけなんだけど‥‥。
『これはアレだ!ゲーム序盤のイベント的な奴だろ!!』
そう興奮した俺は、剣を構えて一団に走り寄った。
上手くすれば仲間に入れてもらえるかも知れない。
そうじゃなくても、仲良くなって冒険者仲間的な感じになれるかも知れない。
これから始まる夢の様な冒険の世界に思いを馳せながら、一心不乱にモンスターの一体に飛び蹴りをかますのだった。
――――――――――
高揚した気分で恐怖心の無かった俺は、半笑いで敵に向かって走っていたけど、段々と近付く威圧的な巨体と、まさにモンスターと言った凶悪な顔面、そして周りに転がる大小様々な死骸に、心はどんどん消沈していった。
そうはいっても剣士風の一人が2体の敵をさばいている中、僧侶は泣きながら治療しているし、魔法使いは僧侶とけが人を守るようにバリアをはっていて動けないらしく、俺が回れ右して逃げ出せば彼らは全滅してしまう可能性が高い。
正直言ってちびりそうだが、流石にこんな状況の人たちを放置出来ない。
さっきまで打算8割くらいだったけど、我に返った時には必死になってモンスターに飛び蹴りをかましていた。
「大丈夫ですか!?」
スキルのお陰か、モンスターの後頭部にクリーンヒットした俺の飛び蹴り。
残念ながら倒すことは出来なかったけど、それでも2対1で戦っていた剣士からはお礼が飛んできた。
「済まない、助かる!」
突然乱入した俺に冒険者3人の視線が一瞬突き刺さったが、すぐにそれぞれの仕事に向き直った。
今はモンスターを倒してけが人を治療する。これが一番重要だ。
スキルのお陰で、何とか戦う事が出来た。
とはいっても、元々戦っていた剣士がモンスターの注意を引いてくれていたから出来ただけなんだけど、それでも異世界での初めての戦闘が、怪我もなく終えられた事が嬉しかった。
「ダメ!どうしよう、もう奇跡が使えない!!」
丁度最後の一体を倒した瞬間だった。
MP切れか何かで治療魔法が使えなくなったらしい僧侶が涙を流しながら絶叫した。
剣士も魔法使いもカバンをひっくり返しているが、出てくるのは保存食や萎れた薬草くらいで、治療に使えそうな品は見当たらなかった。
肩から腹にかけて深い切り傷が走っており、血の気の失せた苦悶の表情で横たわっているのは盗賊だろうか?剣士よりも軽装だったせいか、致命傷を受けてしまったらしい。
「あの、これ使えませんか?」
少し迷ったがカバンから取り出したポーションを持って僧侶に近づいた。
一瞬3人がそれぞれ顔を見合わせていたが、すぐに気を取り直したのか戦士が頷き、僧侶が礼を言いつつポーションの蓋を開け、盗賊に使用した。
三分の二を傷口に、残りを飲ませる形にしていた。
変化は劇的で、盗賊の顔には血の気が戻り、汗も荒い呼吸も引いている。
僧侶はかなり驚いた後、泣きながら盗賊の体を確認して安堵の表情を浮かべ、剣士と魔法使いに、もう大丈夫だと伝えていた。
良かった‥‥。見ず知らずとは言えこうして行き会った以上、目の前で死なれると心にクる物がある。
人の命を助けられた事による脱力から、俺は腰を地面に降ろしてため息を吐く。
まさかいきなりこんな大変な場面に遭遇するとは思ってなかったよ。
なんて頭の中で考えていたら、看病している僧侶とは反対側に居た剣士と魔法使いが、改めて俺に話しかけてきた。
「戦闘だけじゃなく仲間の命まで助けられた‥‥、感謝する」
「そうね、珍しい容姿だけど旅人さんかしら。貴方は命の恩人だわ、本当にありがとう」
にこやかに礼を告げる2人に、俺も笑顔で応じる。
途中からは必死になっていて打算も頭から抜けていたけど、最初は下心が有って突撃した訳だしな。
流石にそのまま言えはしないけど。
「いえ、困ったときはお互い様ですから。助けられたなら良かったです」
取り合えず謙虚に対応。まぁ助けられて良かったってのは勿論本音だしな。
そんな会話から、今はまずここから離れるべきという結論に至り、怪我人を運んで少し移動した先に有る川のほとりに向かう事になった。
血の臭いに釣られて別のモンスターが寄ってくる可能性があるそうで、そうなると怪我人を抱えたままでは大変危険との事だ。
「改めてお礼がしたいので、一緒に来ていただけませんか?」
と、僧侶に上目遣いで言われてしまい、若干鼻の下を伸ばしつつ頷いた。
これはアレかね?吊り橋効果と人命救助によって惚れさせてしまったのかも知れんね。
俺が先頭になって、僧侶が道を示してくれた。剣士は盗賊を背負って真ん中、魔法使いが最後尾の一列縦隊で街道から少し外れた小道を進む形になった。
川は少し森に入った所ですぐに目の前に飛び込んできたけど、かなり綺麗な水と景色だ。
これなら煮沸するだけで安全に飲めそうな気がする。
「ここで少し休憩にしよう、ミファ、僕は水を汲んでくるからジェイルの看病を頼む。アーリャは休憩場
所を整えていてくれ」
僧侶はミファさんと、魔法使いはアーリャさんと言うらしい。良い名前だ。
盗賊の名前?寝込んでる怪我人(男)に興味は無い。
剣士が戻るまでの間、アーリャさんを手伝う事にした。
袖すり合うも何とやら。だな。
彼女は魔法の力で湿った土を乾燥させたり平らにしたりと活躍していた。
俺はかまどを作るために石を並べたり落ちた木の枝なんかを集める。
張り切って組み立てていたら「手際が良くてすごいわ」なんて褒められてしまった。
おいおい、ハーレムかよ、天国か?なんて間抜けな事を考えていたら剣士が水を汲んで戻ってきたらしく、全員でかまどを囲んで休憩する形になった。
「改めて、僕がリーダーのバッシュだ、今回は助けてもらって感謝する」
4人の冒険者パーティ【金色の風】のリーダーで、剣士のバッシュと握手。
ちょっとした自己紹介を済ませて皆でひと段落ついた。
俺は出身とかは特に告げずに、ちょっと遠くから流れてきたとだけ言っておいた。
下手な事は言わない方が良いだろうし。
そうして少し話していたら、狩人(盗賊じゃなかった)のジェイルが目を覚ましたので調子を聞いて挨拶を済ませる。
ミファさんは泣きながらジェイルに抱き着いて喜んでたな。
大切な仲間なんだろう。本当に良かった。
「ところで、ヨーイチ‥‥ポーションなんだけど」
ある程度話していたらバッシュが少し言いづらそうに顔を向けてきた。
どうやら彼らはモンスターの群れに襲われて装備が壊れたり、逃げる最中に金を落としてしまったらしく報酬がすぐに用意できないらしい。
「あぁ、気にしないで下さい。通りがかったのも何かの縁ですし、人助けが出来ただけで俺は満足なので」
実際は神様からいくつか貰った物だし、惜しいは惜しいけどこうして冒険者と良い仲が築けたのだ。
悪くない結果だと思ってる。
神様関連は当然口にしないけど、偶然手に入れた品物なので気にしないで欲しいと告げると、今度はアーリャが口を開いた。
「そうはいかないわ、冒険者なら命よりもお金の貸し借りが重要になったりするもの!そうだ、バッシュ、もしヨーイチが他にポーションを持っているなら‥‥」
「そうですね、あのハイポーションなら金貨数枚でも取引できるんじゃないでしょうか」
乗っかるように告げるミファと、それに続く形でバッシュが口を開いた。
「ん、あぁ、そうだな!ヨーイチ、僕は帝都で薬を扱う大店に伝手が有るんだ、ポーションが偶然手に入った物なら、売る手伝いができると思うけど、どうだろう」
おぉ、イケメン剣士君、なかなかやるな!
笑顔をこちらに向けるバッシュに、少し感動してしまった。
彼ら西洋人的な顔立ちの人からすると見た事も無さそうな変わった容姿である俺にこんなに親身になってくれるなんて。
あと3つあるし、金貨一枚でも結構よい生活が出来ると出発前に神様に教えてもらっていたので、折角だし一つだけ売る事にしよう。
「あと2つ有るんだけど、一つは売って、もう一つは念のために持っておこうかな」
「貴重なハイポーションをまだ2つも!?」
「すごいわ!あの、もしよければ研究の為に見せてもらえないかしら‥‥」
「ヨーイチさんて、旅人じゃなくて実はすごい冒険者なんじゃ」
そんなに驚かれるとは思ってなかったので、俺の功績じゃないのに若干天狗になりそうだった。
気持ちを引き締めて瓶を1つだして、アーリャに手渡した。
彼女は濃い緑の液体が入ったくすんだ硝子瓶をうっとりと眺めている。
「ずるいぞ。アーリャ!僕も見てみたいのに!」
ほほえましいな、バッシュ君。
おもちゃを見せびらかす子供の様に得意になった俺は、彼にもポーションを見せてあげることにした。
「おぉ!ありがとうヨーイチ!少し見せてもらう!」
俺の方を見ていたミファと目が合った。
頬を薄紅に染めてこちらを見る彼女の顔には、出会った時の狼狽と焦燥の影は見られない。
心なしうっとりとした顔に見えてドギマギしてしまった。
そんなミファと2人で、微笑みながら他の2人を見ていたら、急に背中に衝撃を受け、熱を感じた。
椅子代わりの岩からずり落ちて尻もちをつくと同時に、胸の辺りの熱さが、今度は嘔吐感になって喉を駆けあがってくる。
ゴボリと口から零れる液体は真っ赤で、嫌な鉄臭さが鼻を抜けた。
「もう、遅いですよ、ジェイルぅ」
ガクガクと震え、力が入らず起き上がれないままの俺の横をミファの足が過ぎていく。
俺が座っていた後ろの辺りから、熱い吐息の絡む、つつましい水音が耳に飛び込んできた。
「ちょっと、こんな所でおっぱじめないでよ、尻軽僧侶」
「はは、まあいいじゃないかアーリャ、こうして大金も手に入った訳だし、な?」
起き上がろうにも手足の感覚はどんどん冷えていく。
震える体に力は入らず、顔を向ける事も出来なかった。
「あン、もうエロ剣士!町に戻ってから、ね?」
「はっは、そうだな。それじゃ、ヨーイチ、悪いけどここで野垂れ死んでくれ。助けてくれた上に、大金をつかむチャンスまでくれた事、改めて感謝するよ」
俺の髪をつかんで頭を持ち上げ、視線を合わせているらしいバッシュの声も、近いのか遠いのか分からない。
4人パーティ【金色の風】は、笑いながら俺から遠ざかっていった。