1話. フサちゃん、神様ありがとう。俺がんばるよ。
フサちゃんに教えてもらった世界は多岐にわたった。
地球人と言うだけでスペシャルな身体能力が手に入る世界、爬虫類型人類が支配する世界、機械文明が発達した銀ピカな世界etc.
そんな中で俺が選んだ世界は、文明レベルが中世くらいで、魔法が発達した世界だった。
優柔不断な性格が災いして長考に入った俺を見かねて、㈲世界渡航で人気が高い概要の世界を勧めてくれた形になる。
細かい違いは有るが、ある程度成長した文化を持った世界は人気が高いらしい。
他にも悪の大魔王(フサちゃん談)がいる世界だったり、逆に人類を脅かす様な外敵が居ない世界なんてものあるらしいけれど、現時点で俺が移動できる世界は、そこそこ危険が有って、そこそこ安全な世界らしい(世界毎に許容量が有るので、俺は比較的運が良かったらしい)。
「それじゃ、契約成立だね」
フサちゃんは心配してくれたのか、色々と注意事項なんかを教えてくれてから、最後にそう締めくくった。
「はい、お世話になりました。本当に、ありがとう御座います」
親身になって心配してくれた人なんて久しぶりすぎて、旅立つ直前は若干涙ぐんでしまった。
挨拶を済ませた俺は、応接室とは事務所を挟んで反対に位置する異世界への扉を押し開けた。
地下へと伸びる真っ白な階段は、どこまでも夢の様な景色だった。
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扉をくぐる直前に見た時計は深夜の0時を少しまわった所だったんだけど、そこから体感で1時間くらいだろうか延々階段を下り続けていた俺は、かなり不安な気持ちに飲まれていた。
今までの柵から抜け出し、失うものをこそ失ったという身軽さと気軽さが冷静さを取り戻させたからかも知れない。
ふと『引き返す』という選択しが頭に浮かんだ所で、盛大に足を踏み鳴らしてしまった。
妖怪【もう一段あると思ったら無かった】である。
いや、目の前にはまだまだ下に伸びる階段があったハズなのに、気が付いたらそこは平滑な床に変わっていたのだ。
疲労も有ってつんのめり、転びそうになって再び冷や汗が流れた。
心臓もバクバク言っている。
「ようこそいらっしゃいました、ヨウイチ・ミヤフジ」
つい今しがたまで降りていた階段の代わりに、俺の真後ろには全身タイツと言われても違和感がないくらいに真っ白な人型のシルエットが立っていた。
㈲世界渡航の扉からつながる世界は無数にあるらしく、目指す世界によって階段による上下なのか、それともまっすぐな廊下を進む形になるのか、そしてそれぞれの移動時間なども変わるらしい。
「捩世の魔女は比較的近い世界にしてくれた様ですね」
顔は見えないけれど笑顔を浮かべている様に感じる目の前の全身白タイツはそう語った。
フサちゃんは捩世の魔女と呼ばれているらしい。
「さて、それではヨウイチ・ミヤフジ、汝に祝福を授けましょう」
どうやら何か特典の様なものが貰えるらしい。
――――――――――
・電脳魔書
世界中に存在する、ありとあらゆる情報を調べることが出来るスキル。
だそうだ。
フサちゃんから聞いていた異世界の内容と特に乖離している点の無い説明の最後に、特殊なスキルを授かった。
中坊の頃によくやったテレビゲームの内容みたいな感じで、魔力やら生命力やらその他のステータスというのが有って、スキルや魔法を使ってモンスターを退治するのが良いらしい。
勝手な先入観だけど、もっとサクッと地上に送られると思っていたので、丁寧に説明してもらえて内心驚いた。
「アナタのこれまでの事を、地球の神も嘆いていましたので、同じ神としての心ばかりの贈り物です」
地球にもしっかり神様はいたらしい。
騙されて借金背負った時点で、ささくれた心からどこぞの哲学者よろしく「神は死んだ」なんて思っていたけど、どうやら俺の人生について多少は感じる部分もあったらしい。
同情するなら金をくれればよかったのに。
俺の微妙な顔色を見た目の前の神様のフォローは、要約すると「神様は世界の初期にしか手を加えられない」らしく「ある程度成長した時点で手を出してはいけない決まりがある」んだとか。
完全無欠、全知全能なんてのは、人間が勝手に期待している重荷なのかもしれない。
変に頭を使ったからか若干疲れてしまったけど、そんな感じで神様との対話は終わり、次に俺の存在を再構築するかどうかを尋ねられた。
・人(平均的なヒューマン、魔力に長けたエルフ、筋力に長けたドワーフ、素早さに長けたホビット等)
・獣の特性を宿す獣人(陸棲から水棲まで、地球上の生物と大差ない種類が居るらしい)
・亜人(ゴブリンやヴァンパイア、オーガ等、人型のモンスター)
の種族、性別、年齢が選べるらしい。
モンスターにもなれるらしいけど、思考能力などがかなり変わるそうなので、これはやめておいた。
特典として、長い年月(設定年齢とは無関係)を過ごすと人型になったり特殊な能力を得られるらしいけど、人間として生きてきた者には正直かなり辛いんだとか。
「種族と性別はこのままで、年齢は‥‥。年齢は20とかでも良いですか?」
子供から再スタートってのも頭を過ったけど、トラブルに巻き込まれた場合を考えてすこし若くするだけにしておいた。
「平均寿命が50代ですが、それで構わないのであれば」
正直考えてしまうが、少し迷って頷く事にした。
ゲームではなく現実になる訳だし、地球でだって下手するとあのまま首を括っていたかも知れない。
事故や事件に巻き込まれる可能性を考えれば、30~50ではなく20~50で10年分のオマケが付くし、結局のところ平均は平均だ。
「最後に降り立つ場所ですね。五つある大陸の内、比較的ヒューマンが多く、危険が少ないのは南ベネリ大陸ですが‥‥」
気候が温暖で過ごしやすい代わりにモンスターが多い大陸だったり、厳しい自然環境である代わりに地下資源に恵まれた技術的に優れた大陸など、ある程度の説明を聞いた。
島国もかなりの数が有るらしいけど、地震が多いらしいのでパス。
最終的にオーストラリア大陸と同じくらいの広さのゴータンディア大陸にある、ヒューマンとその他が半々くらいのタンディルファ帝国の近くにある港町付近でお願いした。
人の出入りが多く、旅人としての身分証明も楽に行えるらしい。
物価も安定していて、比較的大きな冒険者ギルドも有るみたいだ。
「冒険者って、ミッションを受けてモンスターを倒して報酬を得る。みたいな感じですか?」
「そうですね。ただし町の清掃や植物の採取、人探し等が多く、華々しい活躍と言える依頼は少ないです」
第一印象とは違い、割とシビアにリアルだ。リアルにシビアなのかもしれない。
「ただ、先に話した通り、この世界で生活する以上、馴れるまではやはりモンスターを倒してお金を稼ぐところから始めるのが良いと思います」
そりゃそっか、神様の言う通り、例えば商人を目指すにしても履歴書持って面接って形にはならないだろうし、何よりそこまで平和な世界でもないんだ。
自衛できるようにならないと、それこそ生まれ変わった当日に死んでしまうなんてのも十分にあり得る。
諸々を踏まえた上で、冒険者を目指すべく、比較的安全――ゲームで言う始まりの町的――な場所から、新しい人生を始める事になった。
不安は大きいけど、その分期待も有る訳で、正直心が踊っていた。
神様からは目立たない平民の服と少しの路銀、ちょっとした戦うためのスキルと武器・防具を授けて貰って、俺、宮藤 陽一は、ヒューマンの冒険者、ただのヨウイチとして、一歩を踏み出したのだった。
▽ゴータンディア大陸北東部 タンディルファ帝国領 港町エールネ近郊
見渡す限りの青空に、少し涼しい潮風が頬を撫でる。
「ここがゴータンディア大陸かぁ‥‥」
降り立った地点。小高い丘から見回せば、かなり遠いが大きな壁が聳え立っているのが視界に入ってくる。あれが港町だろう。
壁が途切れた所からは海が見えており、エメラルドブルーに一部では白い砂浜が存在しているのが目に留まった。
長大な緑の地平線を経て南側へ目を向ければ、富士山以上の山々が山脈を形成していて、裾野を覆う目を見張る程の大森林が存在を主張していた。
あの山にも森にも、まだ見ぬモンスターが犇めいていて、夢みたいな冒険が俺を待っているんじゃないかと錯覚してしまいそうな気分だ。
「ま、そんな大冒険の前に、先ずは町に行かないといけないんだけどな」
まだまだ日も高いけど早めに行動を起こす。
スキルとかの諸々を確認しつつ町へと足を向けた。
基本の基本、ステータスと頭の中で念じると、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
神様から聞いてはいたけど、普通に感動してしまった。
マジでゲームみたいだ。
名前・性別・年齢等に、攻・守なんかの能力値と思われるアルファベットが目に入る。
正直よく分からないのでここはスルー。
意識するだけでスクロール操作ができるみたいで、感覚的にはスマホのスワイプかパソコンのマウスホイールでのスクロールみたいな印象だろうか。
読み進めているとスキルの文字がゆるく点滅しているので、確認しておこう。
神様から授かったスキル[言語]。
・言語
地域や種族の壁となる、多種多様な言語を理解できるようになる。
次が[戦闘能力]。
・戦闘能力
戦う上での基本的な技術。武器や防具を効果的に使うことが出来る。条件を満たすと派生する。
通常スキル欄に有るのはこの二つだけど、意思の疎通が出来ないと最悪殺されるかも知れないし一安心。
武器なんて子供の頃に木の枝を振ってヒーローごっこをしたのが最後な訳で、いくら若返ったといっても素の状態なら野犬にも負ける自信が有るから、これもすごく助かった。
次が魔法の欄で、[空間魔法]だ。
・空間魔法
空間を操作可能。繰り返す使用すると効果が上がる。
そのまますぎる。一応使える魔法に[アイテムボックス]が有ったので、そこに神様から頂いた路銀(銀貨百枚と大小の銅貨百枚)と、ポーションの薬瓶(濁った硝子瓶の中に濃い緑色の液体が入っている)を1つ、背嚢から入れ替えで収納しておいた。
スグに使う事になったら困るので、2つのポーションはカバンの中に入れておこう。
後は何かの動物の毛皮を使った小手と脛当、神様ののっぺらぼうな顔っぽい、楕円形の白い宝石が付いた首飾り、あとは幅広の鉄の剣を装備しておく。
最後に特殊スキルを調べようとした所で、近くで爆発音が轟いた。
ビックリしすぎて危うく漏らしかけたけどギリセーフ。
へっぴり腰に、中途半端に頭を庇おうとした両手が行き場をなくして哀愁を誘っている。
ってそれどころじゃないわ。音は進行方向だだ被りの高低差で見えない街道から聞こえてきた訳で、一本道+周りが森である以上このまま進まざるを得ない。
丘から見た時は特に気になるもんは無かったんだけど、何が起きたんだろう?
若干嫌な予感はするけど、取り合えず用心しながら、いつでも逃げ出せるように足を勧めた。