0話. プロローグ どう見ても年下の魔女っ子OLの名前がお婆ちゃんぽい。
別枠投稿中の作品があまりにも難産なので、気分転換 始めました_:(´ཀ`」 ∠);_
どちらが先に完走になるか分かりませんが、読んでくれた方が少しでも楽しめる作品に出来るよう頑張りますので、どうぞヨロシクお願いします_(._.)_
―ここが、異世界‥‥。
晴れ渡る空はどこまでも青く、漂う雲はどこか冬の終わりを連想させる形と動きをしている。
空模様を意識すると、成程確かに気温や風の匂いは、雪の――或いは冬の――面影を残しているようだ。
少しゴワゴワする麻の肌着が体の各所に違和感を伝えてくるも、さわやかな春を告げる風が肌に心地良い。
本当に異世界に来たんだな‥‥。
世界中を探せば何処かにはあるかも知れないが、それでも現代日本のコンクリートジャングルで生活していた彼にとっては十二分に浮世離れした光景を前に、そんな夢の様な感想を浮かべてしまうのも無理からぬ事だろう。
「は、ははっ‥‥」
未だに現実味は無いまま、それでも今までに体験した事の無い現象に直面したまま、掠れ気味の笑い声を控えめに上げるのだった。
■■■
「どこで間違ったんだろうなぁ‥‥」
平日昼間の公園のベンチで一人、空模様に負けないくらいどんよりとした空気を吐き出す。
夏も終わりだというのにジメジメとした空気が首回りにまとわりつき、全身をイヤな汗が這いまわっている。
午後からは雨が降る予報だし、人が居ないのも仕方ないけど、せめて暑さに負けずにはしゃぎまわる子供達とか、そんな光景を見たかった‥‥。
思えば中学では友達だと思っていた同級生に裏切られイジメの対象になるし、高校に上がってすぐに両親がそれぞれ不倫して一家離散の憂き目に遭うし、大学に進学したら今度は教授と女子生徒の淫行カンニングが俺のせいにされていたりした。
大学卒業後に上京してから10年も殆ど変わらずだ。
都会で出会って2週間付き合った女が借金を残してドロン。
その際、生活費の足しにカードローンに手を出し、何とか完済出来る直前、スキルアップして給料も上がりだした所で、クビになった同僚が腹いせに盗んでいった企画をライバル会社に売り、同じチームだった俺達も連帯責任で窓際に追いやらるというどんでん返し。
膨れ上がった借金に、閑職のままでは追いつかないと転職したら、今度は役員の不正で会社がつぶれ、諸々で手に入った金も、借金の返済に充てると多少の生活費以外はもう残っていない。
すぐに次の仕事を見つけなければいけないと焦る頭とは裏腹に、疲れ果てた全身は鉛でコーティングされたかの様に動くのを拒否し続けていた。
『‥‥あ?なんだコレ‥‥』
現実的には自己破産からの再出発が妥当なのかもしれないが、自分自身の至らなさ、そして今までの人生で受けた裏切り、それらが横行する世の中にどうしても乾いた笑いが出てしまった所で、足元にチラシが絡まっているのを見つけた。
【 ☆新しい世界で心機一転!! 】
二進も三進も行かない状況のそこのアナタ!異世界で生活してみませんか!?
マイナスからでも大丈夫!年齢不問、学歴不問、経歴不問、必要資格なしで新生活が始められます!
給与・待遇・勤務地:応相談
※ただし異世界生活を受け入れられる方限定です、先ずは一度面接に来てみて下さい!
地図は裏面に有ります。
チラシをひっくり返すと、簡単だけど分かりやすい地図が目に飛び込んできた。
今座っているベンチが設置されている公園と、そこから目的地への経路がしっかりと印刷されている。
『怪しい‥‥』
余りの怪しさに鼻で笑ってしまったが、それこそもう『終わりにしようかな』なんて考えていたので、ゆっくりと腰を持ち上げて背筋を伸ばす。
どうせ自己破産か首を括るかの二択なんだ。最後にスピリチュアルな何かに任せて、国外や漁船で働くのも良いかも知れない。
異世界なんてふざけたうたい文句も、そういう事なんだろう。
余りにもピンポイントな地図を見ながら、いつの間にか雲が散った、残暑厳しい直射日光の下へと足を踏み出した。
――――――――――
カロンカロン
薄暗い事務所の中、扉に吊り下げられたベルが告げる来客に、新聞を被って両脚を机に投げ出したままの人影がビクンと跳ねる姿があった。
雑居ビルの地下一階。
扉には来客が手に持ったチラシに書かれているのと同じ名前が貼り付けられている。
【㈲世界渡航】
どうやら有限会社らしい。
「ん‥‥、おぅ‥‥、いらっしゃい‥‥」
ビジネススーツに身を包んだ、10~20代の年若い女が、濃い隈の有る目を来客に向ける。
「済みません、ノックはしたんですけど、反応が無かったもので‥‥」
女の言葉に慌てて居住まいを正しながら言い訳をする男の顔には、地下のひんやりとした空気の中、冷や汗が伝っている。
『しまった、あからさまに怪しすぎる‥‥』
いくらなんでも年若い女性が事務所の最奥、明らかに幹部職が座るような立派な席で両足を投げ出し、その上で昼寝に興じるだなんて、これはもう詐欺かヤの付く職業、或いは宗教的なそういう何某を想像してしまう。
「あー、面接ね、ゴメンゴメン。思ったより早いけど‥‥、まぁ良いや、お茶用意するから、宮藤さんは取り合えずそっちの部屋で待っててもらえる?」
チラリと時計を見てから動き出した女性に促され、返事をした。
「あ、はい!分かりました。失礼します‥‥」
頭の中でどう逃げ出そうか考えている最中に声をかけられ、動転した男―-宮藤 陽一――は、流されるまま事務所の一角に設置されている、パーティションに隠された扉を潜り応接室へと入り込んだ。
――――――――――
応接室に案内されてから5,6分経った頃、冷や汗は収まったが未だに現実味の無い焦燥感に当てられた陽一の肩が、扉の開閉音によって跳ねさせられた。
「やー、お待たせー、お茶っぱが切れてて‥‥。って、ゴメンゴメン、どうぞお掛けください、かな?」
軽い調子の女性に促され、早鐘を打つ心臓を無視して、陽一は立派な革張りのソファに腰を降ろした。
出された紅茶の香りは品が良く心を落ち着かせてくれる。
どうぞお構いなく、なんて言った直後、誘われるままにカップを手に取ってしまっていた。
爽やかな香りと、仄かに口腔を潤す甘味に一息ついてソーサーにカップを置くと、気持ちも大分落ち着いたのか周りを見る事が出来た。
威圧感を与えない、かと言って心細さを与える事も無い、丁度良い広さの室内には、ファイリングされた書類を収めたガラス張りの高級そうな棚。
壁に掛けられた時計は針の代わりに銀色の小さな粒が回っている様で、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
対面にそれぞれ置かれている二人掛けのソファは、滑らかな手触りの革製で、肘掛けに使われている木も光沢を帯びていて触れるのも躊躇われる質感である。
ソファの間に設置されたローテーブルも、澄んだ水の様に透明でありながら華美な装飾の無い、厭味ったらしさの見当たらない見事な一品だった。
そして、目の前の女性。
陽一が一頻り部屋の中を見回すのを、話しかけもせず、急かすそぶりすら見せずににこにこと微笑を浮かべていた。
改めて見ても年齢は20代前半くらいだろうか。
セミロングでストレートな金髪に、綺麗な碧眼は隈による不健康な印象を覆しうるほど輝いて見えて、陽一より少し低い程度の身長ながら目線の位置がだいぶ低く、すらりと伸びた足がスタイルの良さをまざまざと見せつけてくれる。
目が合った所で、落ち着いたかな?と悪戯っぽく微笑まれ、慌てた陽一の裏返った声にくすくすと笑い声をもらした。
「それじゃ、面接、始めちゃおっか」
笑顔と共に飛んできた言葉に、陽一は我に返って恐縮した様子を見せる。
「あ、その、履歴書とか、経歴書が‥‥」
何せ連絡先も記載されていないような怪しいチラシに誘われてきたのだ。
途中で履歴書等を用意しようとも思ったが、先ずは話を約束を取り付けた方が良いと判断しての取り合えずの来訪だったのだ。
「あ、ウチそういうの要らないから大丈夫だよ、それよりも先ずは自己紹介させてもらおっかな」
かなり雑な言いようだが、マイナスの印象を抱かせない笑顔だ。
「私の名前は桐塚 慈、フサちゃんって呼んで良いよ、宮藤陽一くん」
そのままの流れで、人好きのする笑顔を浮かべたフサは、まだ名乗ってもいない陽一にウィンク付きで自己紹介を始めた。
――――――――――
㈲世界渡航の代表にして、外国人然とした見た目とは裏腹に純和風な名前を持つフサちゃん。
身長165㎝、体重50㎏、スリーサイズはB88のD、W48、H85、好きな食べ物は納豆で、嫌いな食べ物はニンニクらしい。
齢900歳で、職業は魔女で異世界に人を派遣しているとの事だ。
最近の趣味はネットショッピングなんだとか‥‥。
あふれだす怪しさに、まともな思考だったなら即帰宅だろう。
ところが、引きつった笑みを浮かべるしかない俺に投げかけられたフサちゃんの言葉は、ソファから腰を浮かせるという簡単な動作すら、俺に許さなかった。
「それじゃ、陽一くん、3408万2985円の借金と、君の異世界転移に伴う戸籍等の手続きは契約が決まった時点で処理するとして、どんな世界に移りたいかな?」
冷や汗なのか脂汗なのか分からない、とにかく全身の汗腺から分泌された汁が、クーラーも無いのに快適な室内にいる俺を凍えさせた。
相変わらず嫌な印象を相手に抱かせない愛らしい笑顔のフサちゃんの台詞に凍り付いたが、この場合も「蛇に睨まれた蛙」という表現は当てはまるんだろうか‥‥。
完全に固まった俺に、「あ、お茶はおかわり要る?すぐ出せるよ」なんて笑いかけてくる彼女の顔は、脳内警報が響く思考を完全に停止させるものだった。
「あ、え、えーと‥‥」
断る断らないより、複数の金融会社からの請求の為、俺しかしらない借金の総額を言い当てられた事に頭は既にパニックだったし、見た目と年齢(自己申告)のギャップに言葉すらうまく纏められないでいた。
「あー、混乱しちゃうよね、ゴメンゴメン。落ち着いて、ゆっくり話してこっか」
フサちゃんは、何も言えないでいる俺に優しく語りかけてから、ゆっくりと居住まいを正して話し始めた。
混乱の極致から30分程度だろうか、俺の出生地から生い立ちを含む来歴を、俺の記憶よりも正確に言い当てるフサちゃんの言葉を聞いて、一週回って落ち着いた俺はフサちゃんについての話を聞いた。
簡単に言うと、無数に存在する世界間での人の移動を仕事にしているのが㈲世界渡航らしく、交渉から移動についてフサちゃんが取り仕切っているらしい。
移動――転移・転生――した後の事はその世界の神様の管轄との事だった。
因みに事故や病気などで命を落とした場合、その人の運命通りでない場合は、この世界のそれぞれの国の神様が対応しているらしい。
話を聞く限りでは、神様もなんとなく公務員ちっくなのかな?なんて感じてしまった。
「とまぁ、そんな感じだからさ、異世界に関する事意外だと就職の斡旋とかは出来ないんだよね」
少しは落ち着いたとはいえ、これでも常識に縛られてきた一般的な社会人だ。
魔女だの異世界だの神様だのと、ファンタジックな話をされても脳みそが追いつかない。
「わかりました。改めて、どんな世界が有るのか教えてもらえますか?」
処理が追いつかないまま少し待ってもらおうと開いた口から出た言葉に、再び俺の思考は固まるのだった。