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かわいいおねえさんだ、やったね!




 聞かれている、と聞きとった途端、ミズキの中の声は消えた。

 つながりが、切れた。とミズキは感じた。

「なんなんだよ」

 つぶやいた。

「なんなんだよォ!!」

 叫んだ。

 視界に入ったテーブルをひっくり返した。バランスを崩したテーブルは、音を立てて足と天板を床にぶつけた。モニタが地に落ち、鈍い音が床に反響する。壊れるかもしれないとか、そういうことは頭から外れていた。

 ミズキは衝動的にものに当たったあと、思い出す。そうだ。掃除は自分でしろとか言ってなかったっけ。ふらふらとした足取りで、テーブルを起こそうとして、出来なくて、もう一度その足を蹴った。

「なんなんだよ……俺が、俺が、なにをやったっていうんだ……」

 帰れない、と聞いたことも思い出した。

 化け物だ、と言われたことも思い出した。

 こんなとき、家にいる母親だったら慰めてくれただろうか。

 父親だったら、励ましてくれただろうか。ミズキは数少ない自分の絶対的な味方を思い浮かべて、その眼孔から涙を流した。

 俺は携帯なんか持ってない。持ってたって、没収されただろう。連絡すら取れない。父さんと母さんにはなんていう風にこのことが回ってるんだろう。俺があいつらにぼこられて、そのあと化け物になって、帰る見込みがないって、言われたんだろうか。そうしたら、二人とも泣いたかな。

 ミズキは、泣いた。一向に、流れ出るものは止まらなかった。体中の血液が濾過されてしまうかもしれないと思った。干からびるぐらいに泣いてしまいそうだった。ミズキはそれでもいいと思った。

 それで、わるいものが全部体から出て、人間に戻れるならば。


 ミズキが目を開けると、床に倒れ込んでいた。あのあと泣き通して気を失ったようだ。

 扉の錠が開く音を聞いた。ミズキがそちらへ顔を向けると、防護服に包まれた腕が飯台ごと食事を室内に送り、中に入れたことを確認するとすぐに閉めた。

 数秒の出来事に、ミズキはどっと疲れた思いがした。

 食事を取ると、ミズキは飯台の上の呼び出し鈴を鳴らした。

 間もなく扉が開けられ、入ってきたときと同じように素早く下げられる。

 

 ミズキはベッドに腰を掛ける。することもなくなり、部屋の中を見回した。数回首を回して本棚が目に留まった。

 本棚の前まで来て揃えられている中身を確認する。どの背表紙も超常能力のこと説明していることを強調していた。ミズキはその中の一冊を手に取った。

 本を開き、目次を見る。文章の一節が注意を引いた。

「想起の念」

 ミズキが口に出し、そのページをめくる。

 この地球上に、半世紀ほど前から降り続ける思念の波。どこのだれが流しているものなのかは定かでなく、それを流しているのが、人間なのか、違う生き物なのかも分からない。

 分かっているのは、それにさらされた人間の中には物理法則を無視した力を持つものが現れるということ。

 ミズキは本を閉じた。

 こういうのは知ってる。テレビで見たことはある。そういう人間が居ることは知っている。だとしたら、俺はそういう人間になったのだろうか。

 違う、のだろうか。そういう超能力もなにも使わずに蘇る人間になったと、誰かが言っていなかったか。

 待て、そもそもあの会話はなんだ? どうして耳に入って来たんだ。最後には、向こうが聞かれているのを気づいた。そのあと会話が聞こえなくなった。

 分からない。

 ミズキは、本を棚に戻し、他の本を読むことにした。

 

 結局、意図は不明だが置いてあった参考書を手に取り、それを眺めていた。ミズキは勉強が好きな訳ではないが、暇が出来たら率先して行う程度には真面目だった。

 歴史の年号を目で追う傍ら、頭の隅にあの言葉がちらつく。

『マツリはあいつのせいで死んだんだ』

『まだ死んでない』

 マツリ。あの、ピンクのステッカーを貼ってた人だ。俺を助けに来てくれた。あの人は、そう、首を切られた。

 そのときの記憶がふいに蘇り、ミズキは「うう」とうめく。

 俺がやったんだ。俺が遠ざけようとしたんだ。俺のせいでその人は死ぬかもしれない。

 俺はもしかしたら、あの三人も殺したかもしれない。覚えていないし、映像でも分からなかったけど。あいつらは殺したいぐらい嫌いだった。だからってほんとに殺してしまったんだったらそんなのもう、俺の方が悪いに決まっている。

 胸が痛みだした。裁縫針が心臓を、ちくり、ちくりと刺している。一本二本と針山が増えていく。その痛みに耐えるため、ミズキは左胸を押さえた。

 誰か、誰か。誰でもいいから俺を助けてくれ。助けてくれないならせめて俺に説明してくれ。俺が一体なにをしでかしたのか、これからどうすればいいのかってことを。


 ちょうどそのとき、部屋に設置されているインターホンが鳴った。

 ミズキは扉に目を向ける。なんだ。食事の時間ではなかった。掃除は自分でやったあと使った用具を二重袋に入れ、チューブで外と繋がっている廃棄用の小部屋に入れる仕組みだ。

 考えているうちに、インターホンが再び鳴る。ミズキはふらふらと、扉の方に向かった。

 扉のロックを中から外し、内側から戸を開ける。


 外に立っていたのは男女の二人組だった。高校のものと思わしき制服を着ている。ここで、ミズキは気付いた。

 この二人、防護服を着てない。

 目を見張り、一歩後ずさりした。危ない。早く戸を閉めなければ。ミズキが危ぶむのをよそに、その二人組はかつかつと部屋の中へと入ってきた。

 なんでもないように、ミズキの傍を通り過ぎる。その様子があまりにも平然としていたので、ミズキはあっけにとられた。

 男の方は180センチあるかないかのやや長身、髪は黒く、短く切りそろえている。銀縁の眼鏡を掛けた涼やかな男だ。輪郭はしっかりしており、くどくならない程度に彫りの深い顔立ちである。

 女の方も女性の平均からすれば背の高いほうだ。ミズキより若干低い、170センチ弱というところだろう。セミロングの明るい茶髪で、毛先は跳ね返っている。その跳ね方に規則性はなく、どうやら天然の癖毛であるようだ。

 二人組が着ている高校の制服は県内では進学実績の面から「五校」と称されている学校のうち、トップの高校「夜明」のもので、ミズキはそこについても驚いた。

 夜明生……? エリートだ。俺が五番目の高校に入れるか入れないかの瀬戸際だったあの「五校」の上から数えていちばん目だ。どうしてそんな人たちがここに? というより、この人たちはなにも聞かされていないのか? なんにも着てないぞ。危ないし出て行ってもらったほうがいいんじゃないか?

 

 ミズキが迷っているうちに、女の方がミズキに一歩近づく。

「ああ、すまない。いきなりやってきて挨拶も無しではな」

 見た目に似合わないやや高圧的な口調の女学生は、ぺこりと首を傾け会釈した。

「私たちは君の監督を頼まれてここに来たものだ。私は衣笠筑波。こっちの男は」

 言われる前に男の方が名乗り出る。

「僕は須藤。須藤星火といいます。よろしくお願いしますね」

 須藤と名乗った男はにこりとすると、腰を折り丁寧に礼をしてくる。外見と相反して、どこか中性的な雰囲気のある男だった。

 挨拶を終えた女、衣笠の方が、人差し指をミズキに向ける。

「まどろっこしいのは好みではない。なので、単刀直入に言わせてもらう。君は、一刻も早く力の扱い方を身に付けるべきだ」


 ちから。と言われてもミズキにはピンと来なかった。置かれている本の内容や盗み聞きした会話から察しのつくところもありはしたが、どうも現実味に欠けていた。

 ミズキの分かっていなさそうな様子から、衣笠は切り口を変えてきた。

「悪い。結論を急ぎ過ぎた。そうだな、そもそも君はなぜここに囚われているのか? その理由を君は知っているか?」

 ミズキは、盗聴した会話のことを思い出した。断片的ではあるが、あれのことだろうか、とミズキが見当をつける。

「聞く気は無かったんですが、なんか、俺のせいで、俺を助けてくれた人が死にかかってるとか。そういう話を聞きました」

ミズキが、下を向いた。

「俺が危険だから、隔離されているんだと、そう思ってます」

 衣笠が、一度頷く。

「そうか、うむ。その認識でおおむね間違ってはいない。より正確に言うとだな、君の体は今、猛毒を作り出すウイルスに占拠されているのだ」

 ミズキは唖然とした。そんなバカな、それだったら自分はとうの昔に死んでいるはずだ、とミズキの脳に疑問が浮かぶ。自分は今どうして平気で立っていられるのか。

「そうだ、驚くのも無理はない。君が生きていられる理由が知りたいんだろう」

 衣笠の顔が、なんらかの痛みに歪む。体のものでは無い。心の痛みであるようだ。

「君はウイルスに適応してしまったんだ。いや、そのウイルスに支配され生かされていると言った方が適切か。とにかく、君の中のそいつらは、君のことを無条件で守るようになった。宿主である君に傷がつけばたちまちのうちに体を「直す」し、危険な状況とみればウイルスが含まれる君の体液は、この世にあるどんな毒とも比べられない……猛烈な毒素を吐きだす」

 ミズキは、説明に反応を示すことができなかった。彼の頭の中では、どうして、や、理解できない、といった言葉が反復されている。二人の学生は、ミズキが落ち着くのを待った。

 やがて、ミズキの頭に答えが浮かぶ、それは自然と口を突いて出た。

「そんなのは、そんなもの、化け物じゃないか、そんな生き物、人間じゃない」

 衣笠がかぶりを振った。

「それは違う」

強い否定だった。

「確かに、それが君の手に負えないものであったならそういう例えも使えたかもしれない。しかしそうじゃない、それは君の支配下に置けるものだ」

 衣笠が、すがるような目をしたミズキに説明を続けた。

「あのウイルスの毒は、本来体表面に触れた時点で間に合わなくなるようなシロモノだ。いくら番匠の妹さんが能力者と言えど、抗毒は彼女の専門ではないし。ここまでもっているのはおかしいんだ。念動を弾けなかった時点で死んでいたって不思議ではなかった」

 衣笠が、ふっとミズキに笑って見せる。

「そうならなかったのは、君のおかげだ」

「俺が?」

「そうだ。番匠・妹、もとい茉莉マツリさんの検査をしてみたところ、ウイルスが元より弱毒性のものに変わっていた。つまり君は、無意識ながらに毒を弱めることが出来たということだ」

 衣笠が言うことを、ミズキは頭の中で繰り返す。

 マツリさん、あの、ピンクのステッカーの人だ。俺を助けてくれた人だ。俺は半分意識が飛んでいても、あの人が来るのがなんとなく分かっていた。だから俺は、そのとき俺の中の化け物を押さえることが出来たのか?

 ミズキが、心臓に手を当てた。衣笠はその様子に、軽く両目を閉じ、開いた。

「君がそいつの飼いならし方を知れば、こんなところに閉じ込められる謂れはなくなるというわけだ」

 今度は片目だけ閉じて、衣笠が笑う。この状況には不似合いなはずのウインクが、彼女にはなぜかとても似合っていた。そういう女性なんだろう、とミズキは直感した。



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