いきなりこんなもの見せられたって、さあ!?
画面があのときの廃工場を映す。三人の不良が、地面の上をのたうち回っていた。目から、耳の穴から、鼻から、体中の粘膜すべてから血を流して苦しみもがいていた。
その様子を黙って見守る人間が二人いた。二人とも白い防護服に身を包んでいる。カメラにはときおりこの二人とは別の人間の腕が映り込んでいた。この映像を撮っている人間がもう一人いる、ということはここに来たのは三人だとミズキが整理した。
三人に、泡状の液体が噴霧される。短い悲鳴があがったが、十数秒ノズルを向けているうちに声はかき消えた。
「焼却処理はどうします」
「泡が収まった後だ」
ノズルの引き金を持った人間が答えた。このやりとりから、消防か自衛隊か、ミズキはそのあたりだろうと見当をつけた。
「了解」
カメラを構えていると思われる隊員が、視点を上に掲げた。と思うと、視点は一気にその場を俯瞰できる位置まで上昇した。カメラは、三人の隊員を上から映している。三メートルほどの高さから撮影しているようである。木の枝にでもつるしたのだろうか、とミズキが首をひねる。
「それにしても、間に合いませんでしたね」
オレンジのステッカーが肩に張ってある、カメラを手放したその隊員は残念そうだった。
「学生なのにかわいそうだ」
オレンジの隊員は低い声調で憐れんでいた。指揮をとっていると思われる隊員は、顔をそらした。
「あのアンプルは関係のない薬物のラベルが張ってあったそうだ。そんなものに手を出す方が悪い」
「んなこと言ったってですねえ。オレには分かりませんよ、こういうやり方」
それまで黙々とノズルを制御していた隊員、こちらにはピンクのステッカーが張ってある――その隊員が、二人に手の平を向けた。
「静かに。支部の方でやってた分霊遠隔透視と、それと連結させた過去視の結果がでました。今、わたしの背中にあるポッケにタブレットがあるので、それに入ってるっぽいです」
「おっけ、じゃあ取るぜ」
オレンジの隊員が、ピンクの背中からごそごそとタブレットを取り出した。薄いタブレットを慎重に手に取ると、画面を操作する。
三人が顔を寄せあって「この場であったこと」を確認している。ミズキの見ている画面にも一部分だけが覗けた。
自分の顔が映り、ミズキは冷や汗をかいた。ミズキが三人から暴行を受け注射を打たれる場面まで見て、オレンジの隊員が片足で地面を強く蹴った。片手を強く握っている姿が、ミズキの目に留まった。
「……なにをやってんだよ、学校や警察は! 普段はオレたちを煙たがってるくせに、こんな事態も防げねえのか!」
オレンジの隊員は叫んでから隊長と顔を合わせると、「すいません」とぶっきらぼうに返した。
モニタの中で、ミズキは血を吐いていた。その血が不良の三人に付着し、一斉に逃げ出した。ミズキは置いていかれたのだった。モニタを見ている方の「現在のミズキ」は、訳が分からないというように唇を食んだ。
「この先に、あの子が居るんですね」
廃工場裏側の、さらに奥まった場所を隊員たちは見た。
「……行くぞ。近隣の小動物が近づいて拡大するかもしれない」
隊長が真っ先に現場へ向かう。二人の隊員が、黙ってその後ろをついていった。
現場につくと、黒ずんだ肌の死体にしか見えない人間が横たわっていた。ミズキは、肌が粟立つのを手で抑えようとした。腕のふるえを止めようとした。出来なかった、この「死体」が誰なのか、彼にはわかっていた。
そして俺は今ここで生きている。なんの外傷も、残ってない。あの黒い塊は、なんだったいうんだ。どうして「今」のオレはなにも、なにもなく無事でいるんだ。
隊員たちは、数メートルの距離を取り立ち止まった。
「タカツキさん、マジで焼却処理まで行うんですか」
「やるしかないだろう。そうしなければ」
「被害が拡大する恐れ、すか。分かってますけどねそりゃ。でも、こいつはどう見たって被害者なんですよ。さっきのクソガキとは違う。遺族になんて説明すりゃいいのか」
オレンジの隊員が愚痴をこぼす。ピンクの隊員が、その肩を叩いた。
「カイちゃん」
「分かってる。やるよ」
隊員が、首をぶんぶんとわざとらしく振る。それから「死体」に近づこうと一歩踏み出した。
その瞬間、「死体」の指先がわずかながら動いた。
三人の動きが止まる。その間に、流れ出した赤い血が死体に触れている端から黒く染まっていく。
オレンジの隊員が一歩後ずさる。その斜め前方に、ピンクの隊員が歩き始めた。
「おい、マツリ!?」
オレンジの隊員が、その行動の意味を察して止めようとしたらしい。「マツリ」と呼ばれた隊員は振り返り、手を上げ制止を振り切るように振った。
「死体」は全身をわなわな震わせゆっくりと立ち上がった。ミズキは頭を押さえ込む。
夢じゃない。夢じゃなかった。
記憶がよみがえる、記録映像と重なっていく。
「だめだ、こっちに、来るな……」
「死体」となったミズキは、救助を拒んだ。自分の身の内になにかが巣くっている。人をあっさり死に至らしめるなにかがいる。それを感覚として把握した、記録の中のミズキは身をよじってこちら側に来るなと訴えた。
マツリ、という人は止まらなかった。後ろから別の隊員が止める声も聞かず、過去のミズキが拒む声も聞かず、血みどろの彼に近づいていく。
そこに、風が起こった。モニタで観ていたミズキにもそれが「見」えた。葉が流されているから流れがなんとなく分かる、というような程度のものではない。風に色が付き、その流れがはっきり視認出来た。虹色の奔流。色つきの煙だなんて、そんな安っぽいものには見えなかった。
水の流れのような、風がめまぐるしく動き回る。その流れがマツリを襲った。防護服の首元に大きな裂け目が生じる。オレンジの隊員がなにごとか叫んだ。モニターの音声にノイズが乗る。
「お前!」
オレンジの隊員が再度マツリを呼んだ。マツリは防護服の損傷に構わず血に覆われたミズキに近づき、触れた。その体を担ぎ上げると、二人のほうに戻っていく。
「マツリ、お前、首が、もう……」
「進行は自力で抑えてる。帰るまではもつでしょう。あと、今わたしが抑えてんだけど、この子、けっこー念動の圧が高い……あんましこっちに近づかない方がいいよ」
隊長が、うなずいた。オレンジの隊員が下を向き、聞き取れない音量でなにか言った。
「帰ったらその学生は隔離棟に送る。お前は……便宜してもらう」
隊長が、言葉尻を濁した。マツリは笑った。
「停止室、空きますかねえ」
「空かなかったらオレがどかせる」
オレンジの隊員が、カメラを見上げた。表情は見えないが、ミズキにはどうしても、泣いているようにしか見えなかった。
モニタの映像が切れ、画面が切り替わった。ミズキは放心しかけていたところを、現実に引き戻された。
モニタに映っているのは、最初の画面で見た作務衣の男性だった。ミズキは耐え切れず、先に聞いた。
あの隊員たちは、この施設の人間だ。そしてきっと、ここは自衛隊でも消防隊でもない。
「俺は、あの後ここに?」
「ああ」
男の声は肯定した。ミズキは、あの映像を思い出す。他にも聞きたいことが山ほどあった。会話中に出てくる聞き慣れない単語。自分の常識では考えられない現象。だが、そんなことよりも気がかりなことがあった。
「あの、……マツリ、と呼ばれていた人は、どうなったんですか」
男性は、聞かれたくなかったようで、視線を外に向ける。それからミズキを見て、告げた。
「生きてはいる。大丈夫だ、君が心配するようなことじゃない」
どういうことだよ。俺を助けてくれたんだろ。その言い方はなんなんだよ。
ミズキは、突き放された気がして文句の一つでも言ってやろうかと思った。
ミズキが口を開く前に、男性が気の毒そうに言った。
「それで、君の処遇なんだが。このまま君を家に帰すことは出来ないということだ。ご両親にもこれから連絡して、しばらくこの部屋に居てもらうことになる。生活周りのことは、そうだな、着替えと毎食の食事は来るが、掃除は君にやってもらうようになってる」
危険だから、と口に出されなくても伝わった。黒炭のようだった体。近づいては駄目だ、とはっきり言われたこの身体。ミズキがしばらくとはいつまでなんだ、と考えていたところに追い打ちがかかった。
「いつ、帰ることが出来るのか。気になるだろうが、そこのところは私たちにも分からないんだ。なんせ、こんな事態は……いや、よそう。とにかく、早いうちに君が帰れるようにこちらも用意をしている。そんなに心配することはないよ。それでは、また」
モニタの通信は一方的に切られた。
付け直すが、電源は入らない、苛立たしげにミズキはモニタが乗っている台を蹴る。そういえば、あの男、名乗りもしなかった。
なのに、知っている気がする、あの声を聴いた覚えがある。
ミズキは頭のどこかに焦点を当てるべく考えた。やがて、思い出す。
あ! あの声、録画されてた映像の……確か、隊長っぽかった人に似ている。というよりも、同じ声だ。
あの人が、そうなのか? ミズキは、白い防護服と作務衣の男性を脳内で重ねあわせたが、どうもうまくいかなかった。
そこで、ミズキの頭に痛みが走る。側頭部を金づちで叩いたような衝撃に、ミズキは頭を押さえた。
「……運ばれてきた子供、全身の粘膜から出血してたっていうのに来たころには完全に治ってたよな。なあ、カイジュ。どういうことなんだよ、あれ」
「っち、うっせーな。知らなくていいだろうが」
「いいだろ、それぐらい」
頭蓋骨の中で人間の声が反響している。男二人の声だ。ミズキは「うう」と声を漏らした。
どこの会話だ? この部屋に、外の声が漏れて来るなんてありえるのか?
「なあ、話してくれよ」
「……しつけえな。たく、一回しか言わねえからな」
「おう」
ミズキは、まぶたを固く閉じる。
この会話、俺のことを話しているのか。どういう理屈でこうやって盗み聞き出来ているのかは分からないけど、それだったら、このまま聞いた方がいいかもしれない。
「オレは最初、サイコキネシスで直したんだと思ってたが、気絶してる間に……実験したんだとよ。首が取れても繋ぎ止める。四肢程度なら、繋ぐ前に生えてくることもありうるらしい。念動の働きじゃなく、そういう体質だとさ」
語る人の声に聞き覚えがあった。ミズキは、オレンジのステッカーをつけていた隊員を思い出す。
あの人だ。ミズキが気付いたそのうちに、会話の相手が返答する。
「うええ、気味が悪い。化け物かよ」
原色を散りばめた不快害虫でも目撃したら、こんな声で話すだろう。それと同じ声色だった。ミズキは、頭を押さえている手を離しぽかんと口を開けた。それと、「そういうもの」と、同列になったってのか、俺は。頭から離した手が、がたがたと震える。
「そんな言い方があるか。……オレたちだって腕ぐらいなら取れたってくっつくんだから」
オレンジの人、とミズキが認識しているその人は化け物呼ばわりに反論したが、相手は言い返した。
「念動を使わずにひとりでに治る生き物なんて、トカゲかプラナリアだろ。人間様みたいな高等の生き物だとは思えないよ」
オレンジの男が、がたり、という音を立てた。椅子から立ち上がったのかとミズキは判断する。
「お前、なんも分かってないガキ相手になにを言ってるんだ」
「嫌だねえ偽善者は、お前だって、いざ目の前にそのバケモンが来たら軽蔑するんだろ? なんせ、マツリはあいつのせいで死んだんだ」
地面を、かなり硬度がある物体が打ち付けた。
「まだ死んでねえ!」
怒っている。ミズキは、一度に流し込まれた情報を処理できなかった。それでも、この男が誰か大切な人を失いかけていることは分かった。オレンジの男は自分をかばっていて、会話相手がミズキをけなしている。ミズキは、けなされて当然だと思った。
俺のせいで死にかかっているんだろ? どうしてかばうんだ、そいつの言うとおりだろう。
そう思った矢先、会話の相手がなにかに反応した。
「しっ! カイジュ、誰かに聞かれてるぞ」
「ああ?」