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お注射、します

 廃業した工場の裏側に、四人の男子中学生が居た。三人が、一人を囲んでにやにやと笑っている。不穏だった。

 雨がしとしと降っていた。廃工場の屋根は濡れきって、雫があとからあとから垂れ落ちてくる。十二月の、身を凍らすような雨だ。

 黒髪をちょうど耳が隠れるところまで伸ばした少年がつらそうに息を吐いた。少年の体温が見る見るうちに奪われる。冷たいと言ってもふつうの人間なら傘がなくたって耐えられるほんの数ミリの雨だ。少年は自分の体が弱いということを突きつけられる。そのうち、頭が痛くなってくる。

 目の前にはいつもの不良が三人。頭の程度が窺いしれる下品な笑みを顔に張り付かせている。

 空は厚い雲が覆っている。太陽の光が差さないそこで、いつものようにリンチが行われた。

 皮膚の露出するところは決してねらわない。この連中は、中学校では優等生を気取っているからだ。そんな奴らが弱いものいじめなんかしてなにが楽しいのか少年には分からない。そう考えているのが視線で分かったのかどうか知らないが、「なに見てんだよ!」とわき腹に蹴りが入る。少年はよろめき、ひざをついた。

 ここは廃業した工場の裏側、光は届かないし敷地の外側からではそこの様子は分からない。こんな場所に好き好んでやってくる人間はいない。誰かが助けに来ることは望めない。自分はいつだって一人なんだ、ということを少年は思いだした。

 クラスの中じゃ浮いてる俺を助けに来る奴なんかいない。自分じゃ逆らえないから助けてくれと、プライドをかなぐり捨てられる強さもない。俺は弱い。だから、痛めつけられる。

 少年はそこまで分かっていたから、泣くこともできなかった。

 三人のうち一人が、なにかまとまらない言葉を投げかけてくる。要するに、「遊びたいから金をよこせ」ということだった。

 少年はなにも入っていない財布をとりだしてそいつにくれてやった。少年から引きはがすように財布を奪ったそいつは、「ふざけんな」と彼の肩にかかとを落とした。

 肩を蹴られた勢いで、そのまま地に背をつく。雨粒が目に入り、痛そうに瞬きを繰り返す。


 俺に力があったら。

 彼はテレビで見たことがあった。少年と同じぐらいの年齢の超常能力者が警官でも手に負えない犯罪者をあっと言う間に片づけていた。

 あんな力があったなら、少しは違ったのだろうか。倒れた体を踏みつけられる痛みに顔の筋肉がこわばる。少年は痛みの中で、夢想した。

 子供の頃好きでよく見ていたヒーローものの漫画。それに出てくるヒーローのような人間が、確かにこの世にはいるのだ。超能力者は、現実に居るのだ。

 もしそれが俺だったら、こんな目には遭わずに済んだだろう。こんな目に遭っている他の人間を救うことだってできたかもしれない。

 三人の同級生は、つまらなさそうに少年から身を引いた。今日はここで終わりか。少年は、ほっとする自分に嫌気がさした。慣れっこになるほど、痛めつけられるのが日常になっていた。

 強くなりたい。超能力じゃなくたって、強い体がほしいと少年は願っていた。生まれつき、消化器と呼吸器の機能がうまく働かない体質だった少年は昔からこういった暴力の標的にされていた。されるがままで、やり過ごしていた。暴力にさらされて、じっと耐えてきた。

 だから、半分諦めていた。一生自分はこうやって踏みつけられているしかないと思っていた。

 

 三人のうち、一人が思いだしたようにポケットからなにか、小袋を取り出した。

「これさ、さっき拾ったんだ。工場のワキに落ちてたんだぜ」

「なんだよ、……おい、これ、注射か? それはマズくね?」

 ひそひそと相談する内容を、少年は興味なさげに聞いていた。こいつらがクスリに手を出そうが出すまいが知ったことではなかった。

「いいっしょ。別に。俺が使うんじゃねえもん」

「はあ?」

「こいつに打つんだよ。その後観察しよーぜ。おもしろそーじゃん。そんで、なんか言われてもこいつが勝手にバカやったってことにしようぜ」

 まずい。少年が、痛む足を引きずりながら立とうとすると、一人がその背中に跳び蹴りを食らわせた。少年は再び地に倒れた。

「ナイスぅ、よっちん」

「へへ、おら、逃げてんじゃねえよグズ。ちゃんと俺らを楽しませてくんなきゃ、お前なんか生きてる意味ねえんだぞ」

 少年は背中に足を置かれた状況でも、なお逃げようともがいた。この同級生たちは学校でも広く信頼されていた。自分が訴えたって聞かれないかもしれない。認められても、もみ消されるかもしれない。だったら逃げなければ。

 だが、他の二人が四肢を押さえてくる。完全に動けなくなった少年を見下ろし、同級生が相談を始めた。

「どうする? 腕ってどうやって注射差すんだ?」

「じゃあハラにしよーぜ。てきとーでも中身入るだろ」

「おう。じゃあそうすっか」

 無理矢理制服とシャツを捲られ、わき腹が雨にさらされる。

 そのわき腹に、真横から注射の針が突き立てられた。針が皮膚を突き破り脂肪の層を越えて筋肉の間を貫く。しびれるような痛みの後、注射器の中身がそそぎ込まれた。

 熱い。少年は、身動きのできない状況の中叫んだ。叫んで誤魔化さなければどうしようもなかった。

 注ぎこまれた部位の細胞が、根こそぎ焼けただれ死んでいく。少年にはそのイメージが頭にはっきり浮かんだ。浮かんだ後、意識がもうろうとしていく。自分を囲む三人の顔も見えなくなっていった。


 意識が落ちていく中、少年は夢を見た。

 誰かがこちらに駆け寄ってきた。風貌ははっきりとしない。その人は、「大丈夫か」と確認を取った。

 助けに来てくれたのか。誰だろうか、その人は全身白い布に覆われていて、男か女かもわからなかった。

 少年は、手を伸ばそうとした。そのとき、自分の中からどすぐろいものが吹き出そうとしているのが分かった。

 少年は必死に訴えた。

「こっちに、来ちゃ、だめだ」

 その人はかまわずに少年の手を取った。

 その手が、少年の手に触れているところからどんどん黒い泥が這いあがっていくのを見た。

 少年は半狂乱になってふりほどこうとした。このままでは死んでしまう。助けに来てくれたこの人が、死んでしまう……。


 少年は目を覚ました。

 視界が鮮明になるうちに、そこが少年の記憶にない場所であることが分かった。

 天井も壁も調度品も灰白色で統一されている。テーブルとイス、テーブルの上にはモニタが置かれている。タンスがある、本棚がある、ロッカーや押し入れも見えた。それ以外の余計な家具は、少年が横たわっているベッドぐらいのものだ。

 寝ていたベッドから出て、床に足を下ろし座り込む。この部屋と外界をつなぐドアの窓部分には格子がはめられていた。

 なんだここは。まるで監獄だ。

 少年が立ち上がろうとすると、それまで黒い画面のまま沈黙していたテレビのモニタ画面が切り替わった。

「おはよう。目が覚めたようだね」

 モニタの向こうには見知らぬ中年男性がパイプ椅子に腰掛けていた。髭は綺麗に切りそろえられており、着ている作務衣もしわが丁寧に伸ばされている。一見して不審な人間には見えない。

 見かけは誠実そうだったが、少年は疑問に思った。

 この起きあがったタイミングで連絡を取りに来たということは、自分の様子を把握しているということだろう。それはつまり、カメラ越しに監視されているということだ。

「起き抜けに悪いんだが、君に一つ確認したいことがある」

「……なんでしょうか」 

「君はO市立北中学校の生徒さんである「立花瑞樹」くんで間違いないかね」

 少年、ミズキはうなずいた。


 これから、自分が倒れた後のことを説明するために録画された動画を見せてくれるらしい。そう言われてもミズキは胸にすとんと落ちてこないところがあった。

 この人たちはいったいなんなんだろう。助けてくれたのだろうか。警察? 児童相談所? でも、俺が助けを求めない限りそういう組織は動けないものなんじゃないのか。それに、この部屋の環境は保護しているというよりも。

 ミズキは部屋の中を再度見回した。窓がない。ドアについている小さな窓には格子がある。これではまるで監禁だ。

 そうしているうちにモニタが切り替わった。ミズキは一旦考えるのをやめ、画面に集中した。



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