【第4鳩】は303号登場
夜明け前、おれは目を覚ました。
訓練鳩たちが次々と北へ飛び立ってゆく羽音が聞こえる。哨戒訓練。訓練と言えどもそこで命を落とす者も多い。しかしそんな弱い鳩は、そもそも戦闘鳩になる資質など持っていないのだ。実力、そして運。両方を兼ね備えた鳩だけが、戦闘鳩としての道を切り開く。
おれは心の中で、未だ見ぬ後輩、その一羽一羽の幸運を祈った。
「起きたか、は27号」
「教官」
そういって教官はおれの巣箱を覗き込む。彼はおれの在校時代からするとやや老けたように見えたが、しかし、その純白の翼は未だ美しく、「力」の健在を思わせた。
「さっそくだが昨日の話の続きをしよう。……と、その前に」
バサバサ、と若い羽音が聞こえてきた。
「こちらは訓練鳩の、は303号だ。彼を同席させることを許してくれるかね?」
若い土鳩だ。目に力があり、才気と将来への希望に溢れているように感じられた。
「ええ、もちろんです。よろしく、は303号」
は303号は、力強く敬礼し、教官の後ろに下がった。
「では、は27号。まず君の報告を聞かせてくれ」
「はい。は31号が東京に現れたのは、わたしの調査によるとおよそ一週間前です。最初に代々木公園、次に上野公園。1日経って、新宿駅西口……そして、国会議事堂前と、1日ごとに居場所を転々とさせているようであります」
「国会議事堂前、か。少しひっかかるな……」
教官は、嘴に羽先を触れさせ、何か考える仕草をした。
「フム……続けたまえ」
「はい。実は、お恥ずかしいことに……それ以降の消息を掴めないでおります」
「ああ、奴は尾行を巻くのが得意だったからな。無理もなかろう」
「そして、ここを訪れたといった次第です。この件は、ともすれば鳩界……いや世界全体を巻き込んだ何か、不吉な予兆の表れのように思えます」
「なるほど、さすがのきみでも、一羽だと手にあまるか」
「はい。そこで、協力を願いたいのです」
と、そこで教官は破顔した。
「だろうと思ってね。……は303号!」
「ハッ!」
さきほどの若い土鳩が、前に進み出た。
「彼は、情報系の訓練ではトップの成績を収めている優秀な鳩だ。きっときみの力になるはずだ」
は303号は、訓練鳩のさがで、微動だにしない。しかしおれは気づいた。その赤い目が、値踏みするように
おれの一挙手一投足を観察していたことに。
「は27号、きみには彼と行動を共にしてもらおう。必ず、奴を見つけ出せ」
教官は、じっとおれの目をみつめる。
「はい!必ずや!」
満足そうな笑顔の教官を尻目に、我々は鳩軍中野学校を飛び出し出したのだった……。