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異世界―説明―

「…あら、貴女ちょっと匂うけど、どうしたんですか?」

「お気になさらず。客人が目覚めたので連れて来ました」

「そう、身体を洗ってくると良いですよ」

「分かりました。失礼します」


 底冷えする声でエーヴィンさんはそう言うと一礼しながら早々と去った。俺を睨みながら。


……結論を言うと俺こと北桐荒袮はクソ変態おもらし野郎になった。



▼▼▼▼▼



「……さて、何から話しましょうか」


 陰鬱とした俺の前でその女性は、顎に手を添えながら悩むような素振りを見せる。


 この女性は、最初に何か訳の分からないことを言っていたあの女性だ。

 エーヴィンさんとは正反対の真っ白な髪に優しい印象を与える表情、白いドレスを身にまとう上品な姿はまるでいいとこのお嬢様のようだ。しかし、俺の中ではこの女が主犯格であるというのは決定しているようなものであり、油断は禁物。


 気持ちを切り替えよう。



「そうですね…、まずは自己紹介から始めましょう。私はエスターニャ、エスターニャ・バルテノア・グランディオス。グランディオス王の娘であり、この都市バルテノアを任されております。異世界の勇者様、貴方の名前をお聞かせください」

「えっ…、あ、はい、北桐荒袮です」

「北桐様ですね、分かりました」




 ………


 ……思わず返事してしまった。何を言ってるのだこいつは。

 本能が、この女はやばいと、理性が、OUTだと訴えてくる。


 私はお姫様で領主をやってます。あなたは異世界の勇者です。

 もしこんなことを言われたら間違いなく頭は大丈夫ですかと聞きたくなる。それが脳内で作り出した土地のものならなおさらの話だ。


 だが、そんな内心も知らない電波女はぺらぺらと設定を話し始めた。



 その設定曰く、


・この世界はアルキドゥトラという名前、強大な魔王が定期的に出現するため、異世界人の力すら必要になる。


・異世界人の血を継ぐものは高低の幅は大きいが、高い身体能力に聖剣や魔剣といった特殊な効果のある武具をリスク無しで使える他、異世界人が造り出したという魔法を使うことも出来る。能力の高さや子供の作りやすさは異世界人の能力による。


・魔王が現れてから準備するのは遅すぎるので、早めに異世界人を喚ぶ必要がある。喚ばれたばかりの勇者は弱いのだとか。


・魔王は大量の魔物を従わせている。魔王に従わない自然に棲む魔物の大半は、住み処を荒らさない、飢餓にならない限り人里にすら現れず、中には人間と共に暮らす魔物もいる。


・魔物の上位に魔族がいるが、魔王との接点はない者の方が多く、魔王信仰の魔王教は種族関係なしにどこの国にも潜んでいるという噂がある。まぁ、何が出来るということもないらしい。





 そして、この世界には魔法がある。


 今までやたらと長い設定を黙って聞いてやったが、流石に笑わずにはいられなかった。



 魔法。


 昔はそんなファンタジーに憧れていた時期もあった。

 RPGの魔法は全部唱えたことだってあるし、魔法学園の手紙が来るんじゃないかとふくろうが飛んでくるのを待ってたこともある。

 風や氷等の魔法を華麗に使うかなり美化された北桐荒祢が、ノート一冊に三十人ぐらいいた時期もあった。


 しかし、現実は非常である。

 魔法なんてないし、梟は動物園でしか見たことない。俺の顔も普通だった。


 それを知った時には、ノートに三十人いた北桐荒祢は消え、代わりに金髪モヒカンの外人風なおっさんが寂しそうにポツンとチェーンソーを担いでいた。



「……先ほどから何か考えているようですが、分からないことでもありましたか?」


 全ては灰になって燃え尽きた思い出のことを考えていると、自称お姫様が話を止める。


「いえ、別に何も」

「…もしや、我々をおかしな者だと考えてませんか。荒唐無稽なことを語る間抜け者だと」


 見透かされたことには驚くが、おかしな者には違いはなかろう。我々というよりもおかしいのはお前の脳内だとは思ってるが。

 エーヴィンさんも普通……、帯刀してるメイドは普通とは言わないか……



「……なら、証明してみせましょう」


 そう言うと自称お姫様は窓辺に寄り、窓を開けた。

 心地よい風が流れてくる。

 風にたなびく白の長髪と綺麗な横顔は、相手の中身を考えなければ一枚の絵画のようでさえある。



「【ファイア】」


 その声が聞こえたと同時に、轟音が鳴り響き彼女の手のひらからに炎が吹き出した。

 炎は止むこともなく、彼女の手から放出されている。





 わあ、外国のマジックてすごいんだなあ

 熱くないのだろうか



 そんな俺の反応が気に入らなかったのか、彼女は再び何かを唱え出した。


「【渦巻け炎よ:ファイア・ストーム】」


 空に炎の竜巻が現れる。

 先程の炎がぐるぐると回っているような竜巻だ。熱量は相当のもので建物内にいる俺にも伝わってくる。

 かなりの勢いで回転しており、巻き込まれたら確実に死、だろうな。うん。





 外国の竜巻って怖いな



「【……灼熱の業火よ、彼方の敵を討ち滅ぼしたま…】」

「もう! もう大丈夫ですから止めてください!」


 ビームでも撃ちそうな構えを取っていた彼女にそう言うと、強ばっていた表情は先ほど同様の優しそうな顔に戻る。

 黒くなった窓枠はその髪をより映えるものにし、恐怖で心臓が縮み上がる。


 ニコニコと再び説明に移るが、それにしてもだ。




 焦げた窓、焼けた匂い、嘘のような説明と現実離れした光景。

 それらに地球ではない世界であることを強く示され、顔を覆いたくなる。


 そんな俺の気も知らない様子の彼女の口が止まることはなかった。




▼▼▼▼▼



「……では、私から今言えることは以上となります」


 思わず机に突っ伏す。焦げ臭さと話の長さと突拍子のなさで頭が痛いというより頭痛が痛いと言いたくなるような状況だ。

 原因を作ってくれたお姫様は気にせず喋り続けているようだが。



「気乗りしないのも分かります。了解もなくこんな所へ連れて来られてお怒りなのも。……しかし! どうか、我々を救うと思って協力して貰えないでしょうか? 何も貴方が死ぬような目には合わせません。……それに、元の世界のその時間に帰せるよう召喚陣も調整しています」



 あまりにも都合が良すぎる。

 部屋に漂う焦げ臭さからは胡散臭さも感じ取れた。


 帰れる見込みなんて本当にあるのか、俺を本当に帰してくれるのか。


「帰れるって本当ですか? じゃあ、帰してくださいよ……、今すぐ」

「……申し訳ありませんが、今すぐには無理です。実は、召喚には相当な魔力を使います。最も魔力の高まる日、万全の状態でやらねばならぬほどに。帰還にもそれと同等の魔力が必要なのです。……そうですね、次に魔力が高まる日は六ヶ月後の今日頃となります。最低でもそれほどかかりますが、その時期までに、何人かと子供を作っていただければ私としても嬉しいのですけどね。永住するならそれなりの待遇は保証しますよ」



 聖母の様な笑顔で子供を作れと言ってくる彼女に内心引くが、六ヶ月後か。


 六か月後となると、半年。それなりの時間ではあるが、絶望と言えるほどでもない。

 本当に元の時間に帰れるというなら、魔法の体験が出来るし、ありと言えばありな気もする。

 それに、この連中に頼る以外の方法で日本に帰れる手段も全く浮かばないし、ある程度は言うことを聞いておいた方が身のためかもしれない。



「そうですか、それなら……」

「ふふふっ、貴方もこれから頑張ってくださいね。特に子供は期待しています」



 そんな期待に応える気はないけどもね。


 よしよし、これで話は終わりだろう。心なしか非常に満足している様な顔だ。

 やっとこの部屋から出れる。色々と臭いだよこの部屋。







 悪態をつきそうになるのを我慢して部屋から出た先。壁にもたれ掛かるエーヴィンさんがいた。

 服は同じものに見えるが汚れはない。着替えてきたのだろう。


「やっと終わりましたか。あの方は本当に話が長いですね」

「あ、あのエーヴィンさん、エスターニャ様に用事ですか?」


 そう言うと首を横に振られる。


「いえ、貴方担当のメイドがクビになりましたので、私が担当させていただくことになったという旨等を伝えに来ました」

「……は、はぁ、ところで担当ってさっきのことは気にしてないんですか? 他の人にやってもらった方が…」

「仕事に私情は持ち込まない主義ですので」

「滅茶苦茶距離を感じるのですけど」


 普通に会話してるけどこれ三メートル近く離れてるんだぜ。

 いや、あれは俺が悪かったのだけれども。


「私耳は良いので問題無いです」

「僕は良くないので問題有ります」

「それじゃあ移動しましょうか」



 おぅ、またスルーか。

 聞こえてないのか、聞いてないのか、………前者であると願いたい。



 ………って


「い、移動って何処にですか?」


 こちらも聞き流すところだった。

 やっぱり当面は距離を縮めるよう頑張ろう。



「鍛練場です。ホクトー様にはしばらくの間そこで身体を鍛えてもらいます」

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