異世界―メイドの少女―
下ネタ要素有り
はっ! はっ! はっ!
徐々に動かなくなる足を懸命に動かし、荒くなる息を抑える。
そして必死に周りを見るが、求めているものはない。
「くそっ! くそぅ……う!?」
思わず大きな声で悪態をつく。
口元を押さえ辺りを見渡すが、人の気配は感じられず安堵の息が漏れ……
――否、この緊張を緩めるべきではない。
身体が警告を発する。
危ないところだった。
そうだ、緊張が緩んだ瞬間襲われるのがホラー映画とかだと定番ではないか。
今のだと確実に死んでいる。一人で部屋に帰るようなものではないか。
しっかりしろと自分に気合を入れる。
気を引き締め、柱に隠れながら正面に広がる廊下を見据える。
人の気配は無いが、誰が来るかも分からない。こんなところでモタモタしてる訳にもいかない。
誰にも見つからず、目的のものを探す。その二つだけを考えれば良いのだ。
その二つだけだ。よしよし、尻に力を入れ、気をしっかり、しっかりと
「あの、大丈夫ですか?」
「うぇっ!?」
下半身に気を配ってる、そんな時に突然掛けられた声。
まともに反応することなんて出来なかった。
「お身体の様子が優れないようですが……」
振り返ると、獣耳のメイドがいた。だが生憎相手をしている暇も余裕もない。
俺は無言で腹を押さえながら、立ち上がろうと
一段と強い、身体の震え。
(……ここまでか)
あわよくばと思って逃げようとしたが、世界は思っていたよりも優しくないらしい。
やれやれと世界の残酷さに嘆息を漏らしながら、俺こと北桐荒袮はとびきりのスマイルで後ろの彼女に言ってやった。
「ト、トイレはどこにありますか?」
▼▼▼▼▼
「大変長い時間お待たせして申し訳ありません」
「いえっ…それじゃ仕方ないです」
メイドさんの後頭部を見ながら、その謝罪を聞く。
どうやら俺の担当予定だったメイドがサボってどっかに行ったそうで、他の皆も報告がないのでまだ俺は寝ているものだと勘違いしていたらしい。
彼女は様子見で部屋に訪れたそうだが、ちょうど入れ違いになり、いなくなった俺を探していたそうだ。
……こんな立派な建物なのに中身はポンコツか、と心の中で毒づきながらメイドさんに運ばれている。
そう、所謂おんぶという形でだ。
というのも、限界がかなり近く歩くのもやっとだと言ったら、このメイドさんがおぶって運んでくれたのだ。最小限の揺れで歩くメイドさんに感謝しながらも、気を紛らわせるために話を続ける。
「あの、ところで、トイレはどの辺りに…」
「…………ここからだとかなり遠いので外で…」
それに思わず顔が歪む。
外でやるとか中世のヨーロッパ並みのトイレ事情なのかもしれない。大きい方をするとしたら紙とかちゃんとあるのだろうか。
「しかし、客室にトイレを用意し忘れるとは……すみません。これが終わり次第城の者に用意させます」
「お願い、します…」
本当にお願いします。
ただでさえ訳分からないこの状況で、お漏らしなんかしたら心が持たない。
「……そう言えば申し遅れました。私の名前はエーヴィン、服装通りこの城でメイドをやらせてもらっています。それで、貴方は異世界からの客人であるとは聞いていたのですが、よろしければお名前を伺ってもよろしいですか」
「えっと、北桐荒袮です。姓が北桐、名が荒袮ですので、気軽に荒袮と呼んでください」
「分かりました、ホクトー様ですね」
おぅ、スルーか……
そんなこんなで、エーヴィンさんと色々会話しながらも、目的の場所へと辿りつく。
木が並び花が咲き誇る立派な庭だ。ここを今から汚すことになる。
限界までこらえていた俺は、エーヴィンさんから降りるとがに股気味に木の裏手へと走った。
ようやく、ようやく楽になれる。
出すもの出してから、これからのことを考えよう。
ほっと安堵の息が漏れ、ズボンに手を伸ばした。
固い手ごたえ。
服のボタンを探すがそれらしいものがない。
埋め込み式なのかもしれない。だが穴らしきものはない。
服を捲ろうとするがグッと固い感触で捲れる気配がしない、というか今気づいたがこの服全身で一着なタイプだ。
ズボンを引き千切ろうとするが、千切れる気配はない。
絶望。
知らない場所、謎のコスプレ集団による誘拐、破れる気配のない服に、破ろうとする度に上がってくる尿意、近くに女の子がいるという状況。
「どうかしましたか」
後ろから彼女の声が聞こえる。どうやら俺の荒振りように異変を察知したらしい。
見られている。
これが公開処刑というやつか。
「……ふ、服が、服が脱げないんですぅ…。もうぅ……無理で、……う、うぅ…」
どうして、俺がこんな辱めを受けなければいけないのだ。
堪えていたものが目からブワァと溢れ出す。勿論下からも溢れ出さないように気を遣いながら。
「…ホクトー様、私の方を向いてください」
そんな俺を見て状況を理解したのか、彼女はそう言った。
金属が擦れる音。
懐から取り出したのは、太陽のきらめきを一心に受けるように輝く剣…………けん?
「…あの、どうしてそれを僕に向けているのでございましょうか」
「この剣で切り抜かせていただきますので。ホクトー様は動かないように、それと漏らさないように気を付けてください。上手くいけば一瞬で終わります」
終わる? この地獄から解放されるということか。それとも命か。
「いや、いやいや! 危ないですよ! それ明らかに切れ味やばそうじゃないですか! 皮膚ごとバッサリいくじゃないですか!」
「これでもそれなりに手先は器用な方ですので。それより、こちらの準備は終わりましたのでそちらも構えてください」
そう言う彼女はまるでメイドらしからぬ風格を漂わせるが、だからといってはいどうぞと股間を差し出せる訳がない。
抵抗の限りをつくすとばかりに止めにかかろうとする。
「危ないですから。動かないでください」
そうは言っても危ないのはそっちだ。
………よし、隙を見計らって一、二の三で彼女を取り押さえる。
いくら力が強くて凶器を持っていて自称手先器用でも女の子だ。剣さえ取り上げれば怖くない。そして、その剣で俺が慎重に服を切る。
頭の中で浮かび上がった作戦に思わず舌を巻く。しかし急にお腹が冷えてきたのか、さっきので引っ込んだ尿意がまた込み上がってきたから電光石火の如く決めてやろう。
「ふぅ…、終わりま…」
今だ!
「う、うおおぉおお!!」
「した…!?」
抱き掴むように飛び掛かった俺は、見事に彼女を地面に押さえつけることに成功した。
俺に恐れをなしたのか、剣も遠くに放り投げて丸腰の状態。
勝ち誇った笑顔でエーヴィンさんを見下ろすと、目を白黒させながら、俺の顔と何やら身体の方に視界を動かしている。
そして困惑と驚きを含んだ表情は何も読み取れないようなものへと移り変わった。
……あ、あれ?
「へ、へへっ、大人しくしてもらいますよ」
取り敢えず、エーヴィンさんの顔の変化よりも目先の敵が先である。
遠くに突き刺さった剣を回収するためにも彼女には大人しくしてもらわないと、そう考え両腕を押さ
鈍い音。柔らかい何かが、潰れるようなそんな音。
その音が、身体の下から響いたものだと認識するのに時間はかからなかった。
見下ろせば、無表情のエーヴィンさんの膝が、打ち付けられている。
薄れ行く意識の中、敵から解放されるのを感じた。