第1章―6話―
副題【鐘響き、バルテノア】
「それでは、私についてきてください」
身支度を済ませると、早速街へ行くらしい。扉を開けて待っているエーヴィンの元へと駆け寄る。
俺の服装は、上下一体で背中にボタンがあるダサい寝間着から、やけに装飾が凝ったフリフリの白い長袖と、暗め色をした肌触りの良い短ズボンに。普通な面構えの俺がこんなもの着こなせる訳もなく、滑稽さを醸し出すのみだ。
正直これもこれでダサいが、比べてみればましに見えるのが不思議だ。
(こんな格好でメイドを引き連れ歩いてたら、見るからに頭の悪そうな貴族の子供に見えるだろうなぁ)
エーヴィンの後ろで、道で会う兵士の皆さんが挨拶やお辞儀をしてくる姿を見ながら、そんな下らないことを思う。
「しかし、街の観光をしたいとは聞きましたが、こういった場所に行きたいというのはありますか?」
普段歩き慣れた通路とは違うところを歩いている時、エーヴィンからそんな質問をされる。
(………取り敢えず、見たいのは)
この絶好の機会、次に行けるのは何時か分からない。
そんな時に行っておいた方が良い場所は…
「それだったら、街が見渡せる所に行きたいな。後、街の外とか」
「街全体…というならこの城を出てすぐの場所が良いかと。この城自体高い位置にあるので一望出来ますよ。……っというか、街の観光なのに街の外に出る必要があるんですか?」
さっきまで前を向きながら喋っていたエーヴィンは、不思議そうにこちらを見る。
「いや! 街の外観はどんなんだろうなぁって思いまして」
咄嗟に心にも無いことを口にする。
そんな俺の反応に、納得していない様子ではあるがそうですか、と言うと。
「ですが、街の外に出るには許可書が必要となるので無理ですね。取り敢えず、今日は街を見渡したあとは適当に散策ということにしておきましょうか」
「……そうか」
懐から取り出した小さな紙に何かを記入しながらそう言われる。
まぁ、贅沢は禁物。
下手に強請っても警戒されてしまうと、計画を立てるとかそれ以前の問題だ。
理想的な脱走プランは誰にも気づかれず、かつ、逃げ切れるよう発覚する時間を可能な限り遅らせること。その二つの目標のためにも、出来る限り確実に逃げるよう必要な情報を集めよう。
「あぁ、見えてきましたね。あそこが城門です」
そんなやる気に満ち溢れている俺に見向きもせずに、エーヴィンは告げる。
広い通路を抜けて、城の玄関ホールらしき場所を通って外に出た辺り。
石造りの彫刻が立ち並ぶ道の先、立派な城門が前方に立ち塞がる。
大きくそびえ立つそれの上を見上げれば門扉が上がっている。
視線を下げて奥を見ると落とし格子らしきものや他の門扉らしきもの見えた。どうやら門は一つだけということもないようだ。
しかし、開けっ放しだからと言って不用心ということ訳ではない。
城側だけでも人間、亜人など種族に拘ってない兵士が軽く十数ほど警備してる姿がある。
その上、門の近くにはそれより多い数の兵士。
中を進んでいくと警備している人達が一斉に俺に敬礼してくる。場違い感しかない。
槍を持ち金属鎧に包まれたオークに、金属の杖を片手に持つ軽装のエルフ、キリンみたいな顔で大斧を持った変なのなど、種々多様な警備兵に思わず進むのさえも尻込みしてしまいそうだ。
さっきまでのやる気はどこへやら、今はこの城門を抜けたいという気持ちでいっぱいである。
早歩きでグイグイ進んでいくと、城門の先に出る。
思わず安堵の息を漏らすが、それも束の間。正面にもう一つ城門があることに気付く。
大きめのそれは扉も降ろされており、進むことは出来ない。
どうしたものかと悩んでいると、詰め所から誰かがやってくる。
「おはようございます、ホクトウ様! 外出許可書はお持ちですか?」
金属鎧を身にまとった壮年の男性。
にこやかな笑顔を張り付けたおじさんに外出許可書と言われ、頭の中で?が浮かぶ。
そんなものがあるのか、というか知らないぞ、そんなの。
ズボンのポケットを探るが、入っていない。服の中に手を突っ込むが、当然入ってない。
「はい、こちらです」
「………………問題はありませんね。ではどうぞ! お通りください!」
横から遅れて現れたエーヴィンが懐から取り出した紙を手渡すと、おじさんが周りの兵士に何か指示を出している。
……どうやらあの紙が、外出許可書のようだ。
思ってた以上に厳重な城門の警備に萎えたやる気は更に萎びていく。
俺程度の人間がこんなところから逃げられるのだろうか。っていうか、城とはいえここまで警備が厳重なものなのか、無理な気が……
落ち込んでる心とは裏腹に、扉は音を立てながら上がっていく。
ずずずっという上がっていく扉は、三メートルほどのところで上がりきったのか、一際大きな音と衝撃。砂をパラパラと落としながらそれは沈黙した。
「それでは、ホクトウ様。バルテノアの街並をごゆるりとお楽しみ下さい」
そんなおじさんの声を聞きながら、俺は異世界に来て初めての城外へと足を踏み出した。
城門を抜けたその先に、街はあった。
昇り始めた太陽に照らされたその街は、平坦という言葉の反対をいくほどに傾斜が多く、上から眺めると歪な形状なのが分かり、坂の街とでも言えるだろうか。
なだらかなで幅の広い舗装された坂が、ここから広場のようなところまで真っ直ぐ伸びている。
賑わい、喧騒に満ちた広場を行き交う者は、人間だけではない。
馬車を引いているのは馬ではなく見たことも無いような動物、商いの賑わっている様子も見える。
街の端っこまで広がる家は石造りのものが多く、ところどころで繋がっているのもあってか、不規則に入り組んでいる。
家から太い木が生えているところもあり、中には緑に包まれた家まで見える。
まるで、自然と人工物が合わさった迷路のようだ。
街は壁に囲まれ、この場所からでも壁より向こうの風景は見えないほどに高くそびえ立つ。
岩のような見た目の壁だ。
現実では見たことも無い景色に思わず息を飲む。
写真で見るだけで、憧れで終わってしまう異国の風景を、直接見ることが出来たようなそんな気持ち。
もし、インスタントカメラを持って来ていたら、きっとここだけで使い切っていただろう。
「……城の一番上から眺めると、また違った素晴らしさですよ」
ぼそっとエーヴィンが呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
エーヴィンもこの景色に感動するのか、それを聞いて少し嬉しさを感じる。
その時、鐘の音が空から響き渡った。
位置からすると、城の横側。ここと同じほどの高さ。
高らかに響くそれは、それなりに離れたこの場所にも澄んで聞こえる。
「あの鐘は、ホクトー様のために特別に鳴らしているんです」
再びエーヴィンが口を開く。
「本来は戦争時に避難用で鳴らすものだったらしいのですが、魔王もいなくなってからは使われなくなりました。そんな時にホクトー様が召喚されたので、あそこにいる鐘つきの男性が、今まで準備してくれていたそうです」
そちらの方に手を軽く振る姿を見て、俺も同じ方向を向いて手を大きく振ると、鐘がもう一度叩かれたので、思わず顔がにやける。
「彼には帰りの知らせで三回ほど鐘を鳴らしてもらう他に、ホクトー様が街に来る日は朝に叩いてもらいます。この街はかなり広いので、早めに出ないと帰るのが夜になってしまいますし」
「……そこまでしてもらうってのは街の皆さんに悪いような……。眠りの邪魔になるんじゃないか?」
「いえ、そもそもホクトー様が起きるのが遅すぎるだけなので。特に問題も無いかと思います」
確かに、この世界は夜がかなり暗いし寝るのも早いんだろうけども。
俺だって体内時計も調節してきてるけど、流石に太陽の登る頃に起きるのは厳しいんだ。
「まぁ、そんなことはさておいて参りましょうか」
「…あぁ、そうだね」
話もほどほどに打ち切られ、俺もそれに了承しながら視線を斜め下の広場に向ける。
いざ、異世界の街へ。




