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異世界―目覚め―

 俺の名前は北桐ほくとう荒祢あらね、何とか就職先が決まり無事高校を卒業したばかりのただの普通な人間だ。


 運動も勉強も容姿も普通という言葉の枠に収まるようなもの。突出しているところもないが、特に悪いといったところもない。


 走ればクラスの中の上から中の下ほど、握力は何回も学年平均と同じ数値になったことがあるし、部活でも目立った活躍はないが、大それた失敗もしたことはない。


 テストは赤点を取ったことこそないが、満点に近い点を取ったこともない。


 外見も友人からはクラスに四人ぐらいはいそうだとか、映画のエキストラでも逆に見ないレベルで普通だとか言われているが、そんなことはない……と思う。




 ……話を戻そう、俺は確かに普通な人間だ。

 普通な筈なんだ。




 ――それならどうしてこんなことに。





 固く閉じていた瞼を、恐る恐る目を開ける。


 天井がやけに低く、ふかふかの床が心地よい白い部屋の真ん中。差し込んでくる太陽の光が、その白さを際立たせ、爽やかな風が頬を撫でる。


 勿論こんなところは知らないし、見たこともない。





 身体を起こして辺りを見渡してみると、どうやら小さい部屋だと思っていたこの場所は、ただのベッドのようだ。

 漫画やアニメぐらいでしか見たことないような、天幕付きの豪華な巨大ベッド。その寝心地も初めてのもので、枕はふかふかでシーツも綺麗に整えられている。


 気付けば服も着ているが、ヒラヒラした装飾の服は肌触りがやけに悪く、ザラザラとした硬い感触が肌を舐める。

 緑と赤のこの服は、日本では間違いなく着ている人がいないと言えるほどに奇抜な服装。

 こんなもの俺が買う訳がない。



 ベッドから降りて、裸足で歩き回る。


 窓はあるが、見れば向かいに壁のようなものがそびえ立っている。

 その先がどうなっているか、まるで分からない。

 見えるとしたら敷地内、下の方に見える庭ぐらいだが、人の影はない。


 部屋の中に視線を移すが、その他に気になるものもない。




 頬を思いっきり抓ってみる。痛い。




 ……そうこうしているが、夢から覚めるということもなく、目を逸らしていた現実に向き合うことにする。



 まずあの偉そうな女が言っていたことをまとめてみよう。


1、誘拐?

2、コスプレ集団?もしくは変人の集まり?

3、子供を作る?

4、もしかして異世界?



 これらから察するに、奴らは頭がどうにかしてる。

 もしかしたらやばい宗教団体なのかもしれない。


 しかし、警察に駆け込んだ方が良いのだが、ここがどこなのかまるで見当もつかない。

 窓から見えるやたらと大きい壁から推測すると、日本ではないような気はする。もし外国なら警察よりも大使館に駆け込むべきか。


 それにしても、奴らが流暢りゅうちょうな日本語を喋っているのは日本人を攫うのに慣れているからか?


 いや、そうだとしても何故俺を、しかも部屋でグースカ寝てた所を狙うのは意味が分からない。

 別に親が有名人という訳でもないし、豪邸に暮らしている訳でもない。

 そもそも、アパートでゴロゴロしている新社会人を誘拐する酔狂な奴がいるものか。


 考えれば考えるほどに、やばいという言葉が似合う状況に置かれていることを頭が理解し始める。



 でも、可愛い子は多かったような……い、いやいや顔に釣られるな! 落ち着け落ち着け……



 …………


 ………………


 ………現状だと分からないことが多過ぎる。



(取り敢えず、どうするか……)


 部屋には勿論扉はあるのだがこんな状況だ。

 もし出ようと、または出たところを見つかると何をされるか、想像に難くない。

 相手の出方を見ることが無難な策だろう。



▼▼▼▼▼




 数十分経った。


 未だに誰も来ない。だが、動くのは軽率である。奴らは扉のすぐそこにいるかもしれない。

 むしろ待ち構えている可能性だってある。


 現に寒気のような何かを感じる。

 動いては駄目だ、それはたぶん奴らの罠なのだ。


 きっと扉を開けた瞬間、武器を持った人とこんにちはをする羽目になるかもしれない。



▼▼▼▼▼



 更に数十分、おおよそ一時間は軽く過ぎている。


 しかし、誰も来ない。


(どういうことだ、俺が考えすぎなのか? というか一応は客人じゃないのか? ほったらかすのは駄目なんじゃないか?)


 誘拐という愚行の上に、放置というぞんざいな扱いは許せるものではない。怒りのあまり身体がぶるぶると震えるのを感じた。



▼▼▼▼▼



(ふふっ、してやられたぜ。奴らはどうやら何もしていない。そうだ、そうに違いない。それしかない)


 冷汗を滴らせながら部屋の中を粗方物色した俺は、そう結論付ける。


 ベッドや家具しか置かれていないこの部屋には身を守れそうな物も何もなく、役に立ちそうな物もない。


 窓は大きいのが一つだけあるが、おおよそ六階程の高さがあるので飛び降りれそうになく、他にこの部屋から出る手段は目の前の扉だけ。

 ドアノブを回すが、鍵は掛かっていない。



 扉を静かに開けると、風のように駆け出した。

 速く、速く、俺に猶予ゆうよは残されていないのだから。




 だが、世界は俺に甘くないらしい。

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