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嗚呼、快晴なり。  作者: マツヤマユタカ


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第一話

 雲一つない晴れ渡る空とは、今この時の空のことを言うのだろうか。


 眩く光る空の色が、陰鬱な気分の僕に容赦なく襲い掛かってくる。


 清浄なる青一色に染め上がった冬空が、絶望的なまでの圧迫感と切りつけるような荘厳さを伴って、今僕の頭上を我が物顔で支配しているのだ。


 青……と、一口に言ってもその色合いは様々だ。


 青色、水色、露草色。

 藍色、薄藍、浅葱(あさぎ)色。

 天色、瑠璃色、錆浅葱(さびあさぎ)


 一体、今僕の頭上に君臨している空の色というものはいずれの色に当てはまるのであろうか。


 いや、もしかするといまだ僕が見知らぬ別の色なのかも知れない。


 嗚呼そうか。


 そもそも色というものは人間が便宜上、勝手に切り取り、名づけ、当てはめたものなのであって、本来色と色の間には無限の階調が存在するのだった。


 実際に今、僕の直上の空の色というものは、青というより緑に近い浅葱色のようであり、地平近くに見える空の色といったらもはや白に限りなく近い水色といった様子なのだから。


 ならば……空の色というものは全てまとめて、ただ青と表現すれば良いのではないか。


 そうだ。


 青だ。


 空は青なのだ。


 僕の直上も、地平も、横も斜めもみんな青だ。


 そうだったのだ。


 今僕が見る世界の半分はただひたすらに青だったのだ。




 だが世界のもう半分はほとんど……黒……に支配されていた。


 建物も車も、地面までもが皆吸い込まれるような黒に染まっている。


 僕の目の前で行儀正しく列を成す、憂いを帯びた表情の人々も皆、ひとしきり黒に染まっていた。



 そしてかくいうこの僕も。


 黒の装束に身を包み、暗澹たる思いを胸に抱きながら黒き館の前でいたずらに佇んでいたのであった。





「やあ加納君か……久しぶりだね?」


 いきなり背後から声を掛けられた僕は反射的にビクリと身体を震わせてしまった。


 なぜならその声は、もう二度と聞くことの出来ない”あいつ”の声にとても良く似ていたからだった。


 だが残念ながら僕は、その声の主が”あいつ”で或る訳が無いと思い直し、ゆっくりと振り向いた。


「はい。お久しぶりです。おじさん。この度はご愁傷様です」


 僕は声の主を確認し、それが予想通りの人物であったため、前もって用意していた言い慣れない文言を丁重に発した。


「……良く来てくれたね。死んだ隆志も喜ぶと思うよ……」


「はい」



 ”あいつ”韮澤隆志は昨日の夕刻、自宅近くの十階建てのマンションの屋上から飛び降りた。


 即死、だったという。


 僕はその訃報を今朝、学校で聞いた。


 担任の教師がさもこの世の終わりといった陰鬱な顔つきで教室に入ってきて、おもむろにあいつの死を告げたのだ。


 教室は途端に静まり返り、次いでざわざわとしたざわめきがさざ波のように起こった。


 そして、真冬の凍てつくような寒さによってすでに冷え切っていた室内は、静かに凍りつき始めた。


 僕はその有様を、教室内の誰よりも冷厳な視線で教室の一番後ろの席からつらつらと眺めていた。


 なぜならあの教室内には、あいつと親しく話した者など一人もいなかったからだ。


 あいつは休み時間になると、いつも一人で教室の真ん中辺に位置する自分の席で何かを読んでいた。


 それは時に雑誌であったり、小説であったり、マンガであったりした。


 だがなにを読んでいたのかはさして重要ではない。


 なぜならあいつは別段本を読んでいる訳ではなく、ただ休み時間が過ぎ去るのを待っていただけなのだから。


 だれもあいつには興味などなく、誰も話しかけるものなどはいなかった。


 僕以外には……。



「あの、おじさん。お願いがあるのですが」


 僕は、ここへ来る道すがらずっと考えていたことを思い切って切り出すことにした。


「うん?なんだね?」


「隆志君の部屋に行ってもいいですか?もう今後は二度とあの部屋に行くことはないと思うので。最後にもう一度だけお願いしたいのですが」


「……ああ、そうだね。加納君はよく隆志の部屋に遊びに来ていたんだったね。さぞ一杯思い出が詰まっていることだろうね。いいとも。気の済むまで隆志の部屋に居るといい」


「すみません。おじさん」


 僕は礼を言って丁寧に頭を下げた。


 するとおじさんは、なんと形容したらいいのかわからない、えもいわれぬ顔付きとなってかすかに微笑むと、ゆっくりと振り返って静かにその場を立ち去っていった。


 僕はおじさんが見えなくなるまで見送ると、見慣れた建物の中へと静かに入っていった。


 そしていつもの廊下を進み、いつもの階段を昇った。


 そしていつものドアを開けて、あいつの部屋へと入ったのだった。



 いつもと変わらぬ狭い六畳間の中央には、ガラス製の透き通った瀟洒なテーブルが置かれ、そのテーブルに寄り添うように部屋の左側に置かれた黒い皮製のソファーが、存在感たっぷりに自己主張をしていた。


 右手を見ると、かなり頑丈な造りのパソコンデスクが置かれており、パーツを買ってきて自作するタイプのデスクトップパソコンと、プリンターなどの周辺機器が机の上下に所狭しと置かれていた。


 僕はいつもと何一つ変わらぬ部屋を軽く一瞥すると、すぐさま部屋の右手にあるパソコンへと向かった。


 そしていつもの座り慣れた備え付けのチェアを引いて座ると、パソコンの前面に位置する電源ボタンをおもむろに押した。


 するとパソコンは、ブーンとにぶい音を立てながらゆっくりと起動し始めた。


 僕はパソコンが完全に立ち上がるまでの間の暇つぶしに、改めて首を巡らし部屋を見回してみた。


 だが部屋には何一つ変わったところなどなく、ただひっそりと静まり返る部屋の中でパソコンの起動音だけがけたたましく鳴り響いていた。


 僕は改めてパソコンに向き直り、しばし考え事をしながらゆっくりと時をやり過ごすことにした。



 一体、あいつの身になにが起こったんだろうか?


 僕にはあいつの自殺原因について心当たりが何一つ見当たらなかった。


 たしかにクラスの中で孤立はしていた。


 だが特段いじめがあったというわけではなかった。


 もちろん周囲の無関心というものも、いじめの一種ではあると思う。


 でもただクラスメートと会話がないというだけで自殺をするものだろうか。


 それにまったく友人がいないわけでもなかった。


 つまり……僕だ。



 たとえクラス四十人中の三十九人に無視されていたとしても、僕という話し相手はいるのだ。


 クラスの中での孤立が、自殺の原因になるとは僕には到底思えなかった。



 そうこうするうちにパソコンがようやく立ち上がった。


 僕はおもむろにマウスを握ると、さまざまなファイルをクリックしていった。


 どこかに自殺の真相が隠されているのではないか。


 僕はそう思いながらマウスをしきりに動かし、かたっぱしからファイルを開き続けた。


 するとその中の一つのファイル名に僕の目は止まった。


 そこには……『日記』と書かれてあった。


 僕は一瞬躊躇したものの、おもむろに右手を動かし、そのファイルを決意を込めてクリックした。


 するとそこには隆志に対する……いじめの記録が記されていたのであった。

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