第八話:普通なんていない
第八話
「本当に済みませんでした」
拝啓、母上様。わたくし、夢川冬治は魔法を喰らって、保健室遅れにされました。そして、全身に包帯を巻いて異世界で頭を下げております。
何故だか、俺の隣には永遠マシロがいたりする。
「冬治には私から言っておきますので」
「わかりました。頼みますよ」
教師たちはマシロを見て納得したようだった。うーむ、凄いな。
こういう場合は俺をこの世界に召喚したハルカがやるべきなんじゃないのか? ん? 粗相をした犬の始末をするのは飼い主の仕事だろうに。責任者出てこい!
職員室を後にして、階段の踊り場までマシロに手を引かれた。
「あまり、目立たないほうがいいですよ。異世界からやってきたとわかればちょっかいをかける人間もいます。対処、出来ますか?」
「んだよ、俺は悪い事なんてしてないぞ」
「怒っているわけじゃないんです。ただ……身体が心配なんですよ。あと、うまくなじめるのかも」
非難すると言うよりは心配要素が多いらしい。責められるならまだしも、俺にとってはそっちの方が苦手だったりする。この子は(ハルカと違って)純粋に人を心配出来そうな子だ。
「わたしもこんな見た目ですからね。最初は……ハルカが居ないと駄目でした。色々とあって、一人になったわたしに、ハルカは優しくしてくれたんです。人の優しさ、それを……」
くどくどと、ハルカがどれだけ優しい子なのか語り始めた。
ああ、この子に逆らうのはやめよう……面倒だ。
「わかりました?」
「あー……そうだよな。悪い」
「わかっていただけたのならいいんです。ついてきてください」
教室まで連れられて行き、マシロは俺に入るよう促した。
「ここでいいのか?」
「はい。ここは研究室ですよ」
「研究室?」
そんなところへ俺を連れてきてどうしようと言うのだろうか。
「はっ、まさか異世界から来たと言う事で何かしらの病原菌扱いを受けるのでは?」
「え?」
ちょっとうざそうな目を向けられた。何だろう、こういうところは死んでも治らないんだなぁ……そんながっかりを含んだ視線だった。
「ここは冬治さんの研究室です」
意外と冷たい表情するんだなぁと思っていると、マシロの説明が入った。
「俺の?」
「正確には、この世界に居た冬治さんの部屋……魔法に関しての資料室と言ったところでしょうか。そう、聞いています」
なるほど。
「入門書から価値がわかり辛いものまで色々とありますよ」
「へぇ、詳しいんだな」
「私は……」
ちょっと逡巡していた。言うのを困っていると言うより、必死に何かを思いだそうとしているような仕草だった。
「彼女だったとか?」
一番あり得そうな展開を読んでみた。空気が読める男を目指しております。
「いえ、多分、実験対象でしたから」
「それは何と言うか……何と言えばいいのか」
こういう場合はどう切り返せばいいのだろう。あっちの世界じゃ実験対象と言う人間関係は聞いた事が無いぜ。
誰か空気を読んで登場してくれないだろうか。
「いいんです。困らないで下さい」
多分、十中八九そんな事を言われたら困るだろう。
一見すると普通そうな(まぁ、時折透けていたりするが)、少女だが実際に話をしてみると普通じゃないと言うのはよーく、わかった。
ま、それでもこの世界では普通じゃないのが普通なのだろう。
「そうかい、じゃあ気にしない。じゃ、中へ入らせてもらうよ」
「どうぞ」
教室の扉には鍵すら掛っておらず、すんなりと入れた。
蔵書は床から天井まで本棚に納まっており、見る者すべてに威圧感を与えている。しかし、それも入って数秒程度だ。
思っていたような試験管や人が入れそうなガラスケースなんかはどこにもなく、直径五メートルほどの複雑な模様を重ねて作られた魔法陣しかなかった。発動していないのか、魔法陣は灰色で動かない。
「綺麗なもんだな」
物が多い割にはこざっぱりとしていてとても清潔感のある部屋だ。
「魔法使いの研究室ってこんな感じなのか?」
「人によりますよ」
「そうなのか」
しかし、こっちの世界の俺は凄かったんだなぁ……『魔力の発生』『透過性魔力原理』『応用魔法生命学応用』『巨乳っ娘倶楽部愛蔵版』……?
「な、なぁ、ああいうのも置いていていいのか」
聞いてよかったかどうかはわからない、わからないが……一応聞いてみたかった。
「これ? どうかしました?」
佇んでいたマシロを読んで本棚の一つを指差した。
「ああ、『魔力の神秘』ですか?」
指差す先には相変わらずピンク色の背表紙があるだけだ。それなのに、マシロは違う事を言った。
「いや、もっと別のタイトルだろう?」
そう言うとマシロは理解したと頷いた。
「多分、魔法がかけられているんですよ」
「魔法がかけられてるねぇ……」
「ええ、余程大切な本なのでしょうね。おそらく、術者が死なない限り解けない魔法ですよ。それだけ大切な物です。自分のあり方を示す、何か……それこそ、死んでしまった場合は勝手に燃えたりするかもしれません」
凄く、重たい言葉だけど……こっちの世界の俺は『巨乳っ娘倶楽部愛蔵版』を大切にしているらしい。
そそられるタイトルであるが、今はやめておくとしよう。開いた瞬間に魔法が解除されたら大変なことになる。
「なぁ、こっちの世界の俺はどんな人間だったんだ?」
余程スケベとみた。
「冷たい人間でした」
「え」
そして、その斜め上を行く言葉が返ってきて軽く驚く。
「あ、すみません。いい人でしたよ。わたしもちょっと、彼に対しての記憶が曖昧なところもあって……。そろそろちゃんとした教室へ行ったほうがいいです」
マシロは俺にそう言うと、外へ出るように急かした。彼女が言った通り、休み時間へ突入するチャイムが鳴りだした。
「では、お先に失礼します」
「あ、おい」
逃げるようにマシロは俺から離れていき、呆然としてしまう。
「……俺、結局どこへ行けばいいんだよ」
さっきの言葉も気になるが、今はちゃんとしたところへ行くのがベストだと思う。こっちの冬治の事はこの部屋へ来ればわかるだろう。
「はー、やれやれ」
窓の外を見ると、青空の下……むさい男どもがランニングをしていた。ああ、これが女子だったら気持ちが少し上向きに成ったのかもしれないのに。




