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第三十九話:損して得を

第三十九話

 保健室を出て、辺りを見渡すと廊下の隅で校庭を眺めている。普段何かとうるさい人間が物静かに佇んでいるところを見ると少しだけ違和感を覚えてしまう。

「アキホ」

「場所、わかりましたか?」

 飄々とした表情で俺の事を見ていたが、何処か目を合わせようとしてくれない。

「母親の居る場所、知ってたんだな。何で、俺に調べさせるような真似を?」

 元の世界に戻るとか、戻らないとか言っているときに余計な手間が増えたと言うのは間違いないね。

「聞いていたんです」

「何をだ」

「帰る事」

「……」

 逸らされ続けた視線が、とうとう俺と交わった。今度は、こっちが目を逸らそうとしてしまいそうになる。

「黙っていたのは謝るよ。結局、俺に調べさせて何か変わるのか?」

「冬治君があっちの世界に戻るのを少しでも遅らせるためです。冬治君なら何かしらの結果が出るまでは辞めないでしょうから」

「買いかぶりすぎじゃないか」

「これがわたしの評価です。冬治君がこの世界に居続けるのなら、手段は選びません」

 そう言われて、諸手をあげて喜ぶわけにもいかない。

「あのな、いいかい、アキホさん。家族のことをだしにして、そう言うことはよくないぜ」

「だって、せっかく仲良くなったのに帰るなんて酷いじゃありませんかっ。冬治さんだって、わたしに一切報告もしてくれないっ。ほうれんそうは基本でしょう」

 報告、連絡、相談はリーマンの基本だっての。異世界からやってきたボーイの基本じゃない。

「さっきも言った通り、悪いと思ってる。でもね、アキホに言う必要はないと思ったから、言わなかっただけだよ」

「なっ……わたしと、わたしと冬治さんはその程度の関係だったと言う事ですかっ」

「おいおい、もうちょっと落ち着いてくれよ。誰もそう言うことは言ってない。俺はね、まだ元の世界に戻ろうとは思っていないんだ」

 激昂していたアキホは口を開け、俺の事を見ていた。

「……え? な、何故ですか? あっちの世界には家族が、両親がいるんでしょう? それに友達だって……居場所があるはずです」

「俺の事を疑うってのかい。さっきは結構な評価をしてくれたじゃあないか」

 軽く笑ってみせるが、納得はしてもらえていないようだった。

「……冬治君、忘れていると思いますがわたしは、魔法を使えます。冬治君には一瞬しか効果がありませんが、心の中を喋らせるぐらい、わけありませんよ」

 目がマジになったアキホに俺はため息をひとつ。

「まぁ、ね。俺の両親は……うーん、ま、対して心配しているとは思えないね。これまで、結構いろいろとやらかしてきた俺に対しても特に何も言わなかった。今のところ俺の居場所はこっちだよ。友達だって出来たしな」

 本当に数える程度だし、いまだに勘違いした女子に襲われる事もある。

「な、納得できません」

「アキホに納得してもらわなくたっていい。それに、俺はまだこの世界でやることが残ってる。アキホに最後まで付き合う事がな。お前さんの覚悟が決まるまで、ずっとアキホの近くにいてやる。逢いたくなったら、決心がついたら、一緒に逢いに行けばいい」

 右の掌を相手に向ける。

「それになにより、こっちの世界にはアキホがいる。あっちの世界にもアキホはいるかもしれんがね、こっちのアキホは俺が必要なんだろ? 俺はアキホと一緒にいたい」

 アキホが俺の手を掴むより先に、アキホの手を掴んで引き寄せた。

 気付けば数人の生徒達が俺達の事を見ていた。それに気がついたのか、アキホも顔を赤くしてうつむいてしまった。

「……ま、まぁ、冬治君が其処まで言うのなら、しかたがありませんね」

「ありがとう」

「何でそこでお礼を言うんですか」

「否定的なことを言われたら泣きながら元の世界に戻るつもりだったからな」

 茶化して俺は先に歩きだした。その後に、アキホが続く。近くの生徒達はこれ、ドラマの撮影? 等と口走っていた。

「冬治君」

「ん?」

「これからちらっとだけ、見に行きたいんです」

「何を」

「……わたしの、母です。駄目でしょうか」

「駄目じゃない。覚悟、出来たのか」

「見るだけに、覚悟なんて必要ありません」

 少しさびしそうな笑顔で結審したアキホに俺はため息をついた。

「本当に?」

「得るものがあるのなら、無くなるものもあります……」

 その目に浮かぶのは諦める覚悟に見えた。

「いい目だな」

 そうだな、この目はいつだったか……女子更衣室を是が非でも見に行くと言って学園に来なくなった友達の目と同じだ。例え、それが間違っていたとしてもやり通す瞳だ。

 他者にはわからぬ高潔なる意志、心から願う希望。

 俺とアキホは並んで歩いて、その住所まで向かう。途中、お互い一切しゃべることはなかった。

 そして、無言は俺とアキホがアキホによく似た人物が洗濯物を取りこんでいるところを見てもなお、続いた。ハト小屋からハトが飛び出したところで、俺たち二人はその場を後にした。

「あ、お母さんただいまー」

「お帰り」

 そんなやり取りは、もう俺達の耳には入っていない。

 俺の腕を握りしめる誰かの手の力は強くなる一方だった。

 近くの喫茶店へと場所を移し、アキホはため息をついた。

「……男遊びが過ぎると言われていた母がまともに主婦をやっているとは思っていませんでした」

「そうか。アキホは……何か言う事はあるか」

 俺の言葉にアキホは首を振った。

「ありません」

「そうかい」

「わたし、幻覚魔法……特に魅了の魔法が得意なんですけどね。魔法、使わなくても生きていけるんだろうなって今更ながらに気付きました」

 コーヒーカップの縁を撫で続ける対面の人物に俺は言った。

「そりゃそうさ。俺は魔法使えないけど、ちゃんと生きてるだろ」

「そう、ですよね。うん、そうです。こんな冬治君なんかがちゃんと生きてるんですもん。わたしに出来ない事なんてありません」

 どういう考えをしているのかわからない。

 俺がアキホのような立場で、父ちゃんが女遊びにかまけていたら……さっぱりわからねぇや。

 所詮は他人の考え。わからないから近づいて、理解しようするもんだ。しったかぶって傷つけるよりもそっちのほうがいいんだろう。

 ま、アキホのことはゆっくり知っていけばいい。どうせ、こっちの世界に俺はまだ居るのだから。


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