第三十八話:コイも滝を登れば竜になる
第三十八話
この世界での治療は基本的に魔力によって行われている。
東洋医学、西洋医学、魔力医学……?
普段から魔力を身体に取りこみ、魔法を使う者にとっては治癒魔法の浸透率が違うんだとか。体内に魔力があるため、治癒魔法の通りが良いそうである。
反面、魔力になじみのない人間なんかには魔法が効きづらい為、治癒魔法も今一つ効果がない。
「冬治……冬治っ」
「……ナツキ?」
そして、治癒魔法をきちんと勉強していない魔法使いが治癒魔法を使うのは……あまりいい事にはならないようだ。
身体の中に、何かが居てそれがさざめているような感じだ。
「最悪な気分だ……」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
よろけながら立ちあがり、辺りを見渡して自分がベッドでも何でもないアスファルトに寝かされていることに気がついた。
「まだ終わってないってことか」
曇天が目に浮かび、頬を雨が濡らした。
「今度は雨かよ」
「ごめんね、あたしが防衛魔法以外の何かを覚えていれば……」
「俺はどうせ魔法が効かないから気にしないでいい」
「よかった、治癒魔法がうまくいって」
でもさ、何だか自分の体の中に変なのを感じるんだよね。一体全体、こりゃなんだろうか。
「ま、一応保健室の先生にでも見てもらった方がいいよな?」
医者の真似ごとは素人にさせるべきじゃない、プロに任せるべきだ。
「冬治、ハトが……」
「ハト、ね……」
今一番聞きたくない言葉である。
そして、俺達の見る先にいるのは……大量のハトだった。その無表情は俺たち二人を、特に俺を見ているような気がしてならない。
「どうすりゃいいんだ」
「た、ただのハトかもしれないよ」
「そうだよな、気にしなければいいよな」
ハトは魔法陣を展開し、一直線に並んだ。
「やっぱりこっちかよっ。くそっ、あんな芸当、人が絡んで無いと無理だろっ」
魔法陣を展開し、それをくぐりぬけた。
あれだけいたハトの姿は消えてしまい、残ったのは一匹の竜。
鳴く事もなく、騒ぐ事もなかった。
「冬治はそこで座ってて」
「ナツキ?」
「あたしがやるよ」
ナツキは杖を取りだし、竜と相対する。震える事もなく、俺を守るため、立ちあがってハトを睨みつけている。
「水の壁よっ」
そして、いつか俺に見せてくれた魔法を唱えて竜へぶつける。
水しぶきの後、氷のつぶてが竜に降り注いだ。
「やった……あれ?」
残念なことに、氷のつぶてが突き刺さっていたものの竜は行動不能にならなかった。
「ナツキ危ねぇっ」
「ひぐっ」
ナツキの腰にタックルをかまし、そのまま二人でアスファルトに転がる。
「何で効かないの……」
「あれかね、合体したハトの数が多ければ多い程、強いってわけかい」
通過していく竜を見つけた人達は慌てて物影へと隠れている。
幸か不幸か、竜には俺達しか見えていないらしい……他の人間には目もくれずに一度上昇するとまたこちらめがけて降下してくる。
「本当、体当たりだけってのが単調で嬉しいけどさ」
「うーっ……」
二人で地面に這いつくばって竜の攻撃を避けた。
勝てない、俺の心はあっさりと白旗をあげる。
「一旦引くべきだ。体制を立て直すか、誰かを呼ぶか、時間まで逃げ切ろう」
ナツキとコンビを組んでいたおっさんは言っていた。トランス使用中のドラゴンが火を噴けないのは魔法を使えないからだ。
魔力に包まれた状態で、魔法を使えば精霊化が進行しやすいらしい。そして、魔法を使えば精霊化してしまう。
無論、トランスを続けていていも肉体を包む魔力にやられてしまうのだ。
目の前の竜がこのまま俺達を追いかければ時期に精霊化してこちらの勝ちである。
「……ううん、出来ない」
「何でだ」
「だって、あのハトを捕まえて研究しないとずっといたちごっこじゃないの」
「確かにそうだろうけどさ。やられたら元も子もないぜ」
ハトを捕まえ、研究すればどうにかなると言うのならそうすべきだろう。
「冬治は逃げて。あたしが、やる」
「……やれやれ、しょうがないね、全く」
女の子が逃げないって言っているんだ。男の、いいや、漢の俺が逃げるわけにもいくまいよ。
「でもどうしよう……短時間で作れる中じゃ、あれが一番威力が高いと思うのに」
「ナツキ、効かないんなら更に強い魔法をぶつけるんだ」
「……唱える時間がちょっと足りない」
竜の攻撃を再度かわす。
元がハトだからか、火も吹かないし、体当たり以外攻撃方法を持っていないようだ。まぁ、複雑な方法を取られてもこっちが対処できないし、俺がこれからやろうとしていることはそっちのほうがいいんだけどね。
「そうか、じゃあ俺にも出来ることがあるな」
手近な石を持ち上げ、狙いを定める竜へと放り投げた。
がんっ
「……当てる、つもりはなかったんだけどな。まさか、当たるとは思わなかった」
注意を逸らすつもりだった。
「冬治っ、そんな石ころじゃ効果ないよ」
「魔法が使えなくてもねぇ、囮ぐらいにはなれるってわけだい」
「囮って……今度こそ死んじゃうよっ」
さっきまで血だらけだっったからな。心配してくれるのは嬉しい。それでもまだ、ナツキは俺に何かあるとでも思っているらしい。
「あれだ」
ナツキを抱きしめ、俺は言う。
「な、何?」
「終わったら俺がナツキでお楽しみするから安心しとけ。あんな単純な竜に負けるわけないだろ」
「冬治……」
顔を真っ赤にしたところを見ると、さてはこいつ、俺に気があるな。
もっとも、俺も気があるんだけどね。今やるべきことはそれじゃない。
「じゃあな、ナツキ」
俺はそのままナツキを残して走り出した。
竜が飛ぶよりも、結構遅い。
「すぐにナツキが何とかしてくれるっ……」
他人頼りだけれど、今はやるべき事をやるしかない。
その考えも、すぐさま終わった。
簡単なことだ……俺が、魔力の塊である竜に飲み込まれてしまったからである。




