第二話:向日葵のいる世界
第二話
人生に安寧なんてないのである。こんにちは非日常。
生きていてもいい事なんてないんだから死んでやるー……異世界でまさかの勇者生活。
「そんな腐った設定はあり得ないよな」
現実というのはいつだって誰にだって厳しい。それを悦ぶ事が出来るか否かで人生の難しさは決まるのだと不細工な友達が言っていた。そんな彼は初期レベルカンスト世界なんだと愚痴っていた。顔で優越決まるわけでもないだろうに。
話が大分それてしまった。
異世界に行ってもファンタジー要素は全く皆無と言っていい印象を受ける別世界。現実世界に勇者連れてきたら何その装備だせぇと後ろ指差されて笑われるのが落ち。
「それで、この世界に名前はあるのか?」
異世界ウンタラカンタラー、空虚なる絶界等と言った、素敵センスの名前なのだろうか。
「ん? ないよ」
「無いのかよ……普通だったら在りそうなもんだが」
意外とないのが普通かもしれない。物語なんかに出てくる異世界の名前は、やはり固有名詞があってこそわかりやすいものだ。
「強いて言うのなら……地球?」
「そりゃ星の名前だ」
俺の言葉にハルカは更に考えた。
「じゃあ、日本?」
「そりゃ国名だ」
「マジックジャペーン」
ここまで残念な名前を聞くと名前なんて無くていいと思えていた。
「……ところでさ、魔法使いだ異世界だ言う割には魔法使っている人、いないな」
あっちで魔法、こっちで魔法……アスファルトを魔物が横行しているわけでもなさそうだった。
俺の仲のい世界のイメージとしては、液状化した野菜が人型をして闊歩しているイメージ。
「ただ歩いているだけだったらあまり見かけないよ?」
「ふーん、青空にドラゴンが飛んでいるわけもないのか」
空を見上げてもあるのは雲と、青空だけ。あ、小鳥さんが飛んでる……。
「ドラゴンなんて滅多に……」
ハルカがそう言い終えると同時に、饐えた匂いが鼻をつく。
「なんだかすごく嫌な予感がするんだけど」
先ほどまで穏やかだった空が一変した。とりあえず周囲一帯の小鳥さん達が一斉に空へ羽ばたいたのだ。
動物は感が鋭いと言うからな。人間は野性を忘れて退化してしまったのだろう。猫とか犬とか幽霊見えるって言うけどさ、俺は見なくてよかったかな。うん、野生なんてなくていいんだよ。
「え、どうしたの?」
ハルカが俺を見て首をかしげているとき、鋭い声がとんだ。
「ドラゴンが逃げたぞーっ」
本当にそれはドラマを見ているようだった。
青色の家をぶち壊し、出てきたのは深紅の竜。俺達の三倍程の巨体で電柱をなぎ倒し、宙へ舞ったのだ。
「え、嘘っ」
細長いとはいえ、翼が短い気がしてならない。それでも飛んでいるのは何の力だろう。
「あー……いるんだ、ドラゴンって」
「感心してる場合じゃないよ! 逃げなきゃ!」
俺の手を引くハルカに引っ張られていると、背後からドラゴンが追ってきた。
「なんで! 他にも人はいるのにっ!」
ハルカの言う通り、俺達の周りには動かない人達もいた。それらはドラゴンを見上げて口を開けていたりする。格好の獲物に違いない。
「あれだろ、動いている獲物を追いかけるだろ」
ドラゴンって野性を忘れていないのね。とりあえず動いているものに反応するとは……子猫ちゃんレベルか。
「え、そうなの?」
「そうだよ。走るからまずいんじゃないのか? ゆっくりと逃げていたらこうならなかったと思うぜ」
今更冷静に分析したって駄目な物は駄目だ。てっきり火を噴かれて終わりだと思っていたのに、袋小路まで俺達を追いかけてくるだけのドラゴン。火が吹けないドラゴンか……まぁ、丸焼きにならなくて良かったとは思うけど迫力には欠けるだろう。
ハルカに手を引かれつつ、そのまま逃げ続けた。気付けば、お約束のような行き止まり。
「追い込まれたよっ。どうしようっ」
「さぁ? どうしようか」
どっち道、ピンチに変わりないけどな。踏まれるか、焼かれるかの違い。
「あー、勉強疲れの所為で非日常を味わっている感じがしない。あいつ、火が吹けないんだなー……がっかりだわー。最近勉強ばっかりしてたから足がきついなぁ」
「どうしてそう、落ち着いていられるのっ。これは夢じゃないんだよ!」
「だってさぁ、俺ってば……異世界に召喚されましたって言われてるんだぜ? そして、ドラゴンが出てきた……もう、夢だわ―。マンガ、テレビの世界だわ―」
「あの凶暴そうなドラゴンを見て、何とも思わないの!」
「えー、そりゃ、思うところはあるさ」
目をぎらつかせ、口からよだれを垂らすドラゴンは俺の想像している姿からはかけ離れていて非常に残念だった。
何と言うか、力に溺れた者の末路のような感じがしたのだ。
「魔法……防衛魔法っ」
「役に立ちそうにない魔法使いが一人と、完全な役立たずが一人か」
火を吐けずとも、俺らを踏みつぶしてしまえば其処で終わりだろうさ。
ドラゴンはどう見ても俺らを苦しんで滅茶苦茶にしたいらしい。ドSだ。
あと四歩で俺らはぺちゃんこだ。紙のようにぺらぺらーっと、鳴るわけでははなく、実際は脳が……いや、何でもない。
未だ現実逃避している俺と、焦りまくっている魔法使い。そんなピンチを助けてくれる人はいないのだろうか。
「そこまでよっ!」
袋小路の一面を形成する家の屋根、その上に一人の少女が立っていた。
なびく風、はためくスカート……。凛としたそのたたずまいは隣の魔法使いとは比べられない程に頼りがいのありそうな存在に見えた。
「あ……」
「水色の無地か……悪くないな」
俺たち二人の前に降りてきた少女は素早く右手をドラゴンへと向ける。
「水よ! 壁を作れ!」
たったそれだけでその場の空気が一変した。すぐさま魔法陣が形成され、俺達の前へと展開する。
「な、すげぇ」
信じられない事に……少女の右手から向こう側……水の壁が四方八方ドラゴンへと襲い始めていた。ドラゴンはただ首を動かし、手を動かすだけで既に身動きが取れていなかった。
「突撃! 飛礫となりて、貫けっ!」
それはとても残酷なもので、しなやかな体つきのドラゴンが薄い水のヴェールに蹂躙され始めたのだ。
薄い水の壁はドラゴンの身体に当たると衝撃波を受けたガラスのように散って、宙に舞う。さらに、しぶきは氷の槍となって人よりでかく、頑丈そうな身体に再度ぶつかり、遠慮なく刺さっていく。
声をあげる事もなく、ドラゴンはその場で沈黙して……霧散してしまった。
あっけない幕引きに俺は口を開けたまま、水たまりを見つめているしかない。
どちらかというとハルカの方へ視線を向けた少女は凛とした表情の可愛い女の子だった。うーむ……実にボーイッシュな顔立ちだ。女の子たちからきゃーきゃー言われそうな感じである。
「あんた達、危なかったわね」
「ありがとうございます」
ハルカが率先して頭を下げた……が、その顔は何故か感謝色に染まっちゃいなかった。しぶしぶといった感じではある。
「私だって、あのくらい……」
突発的にできなければ意味がないだろうに。呟くハルカの声に重ねるようにして俺も礼を言う事にした。
「ありがとう。助かった」
「礼には及ばないわ……ん?」
俺達を助けてくれた少女は俺の顔を見て、死人に会った顔をした。
「あ、あんた……冬治?」
「ああ、そうだけど?」
何故、俺の名前を知っているのだろうと思ったりする。俺は目の前の少女の事を助けてくれたいい人、それ以外知らないのだ。
「何であんたがここに?」
驚く少女にどう説明したものかと考えていると、ハルカが一歩前に出た。
「私が召喚したんです」
腰に手を当て、自慢げに胸を逸らしていた。まるで自分の所有物を自慢しているかのような態度だった。
「召喚って……異世界の冬治? 嘘」
その表情は警戒、悦び、憤怒、諦め……あ、適当に並べているだけです。
精々、喜びと驚きってところだろう。
「そうです。彼、魔法が使えないんですよ」
「え? あの冬治が魔法を使えない?」
きょとんと俺を見て、少女はハルカをもう一度見直した。
「冗談?」
「嘘じゃないですよ。私は貴女を知りませんが、貴女は冬治さんを知っているんでしょう? もう少し、観察してみたらどうですか」
ハルカの言葉に目の前の人物は親指を唇に当てながら俺を見ていた。
気分は動物園のサルである。
もしくは……すまん、いい例えが見つからなかったよ。
「……そうね、確かに魔力を感じないし……そう、なの。あんた、魔法が使えないのね」
複雑そうな表情をする少女に俺はため息をついた。
ちょうどいい、あれだけ凄い魔法をぶっ放したんだ……一つ聞きたい事がある。
「あんた、元の世界に戻す魔法って知ってるか?」
「あんたじゃないわよ、あたしの名前は向日葵ナツキ」
ぶしつけだったのか、少々ご機嫌を損ねたようである。片眉を動かし、軽く睨まれた。
「そうか。じゃあ、向日葵さん。もう一度聞くが……」
「知らないわ」
そういって、向日葵ナツキと名乗った少女は去っていった。
「良かったね、助かって。本当、死ぬかと思った」
「……お前が俺を召喚しなければ俺はこんな目に遭わなくて済んだのかもな」
非日常を体験したがる人は、日常にすぐ戻れるから体験したいのだ。これから先、非日常が日常になりそうな雰囲気の人間は心に余裕が無いのである。
「う……そう、ですけど。ま、いいじゃない。ドラゴンに襲われるなんて平和な日本じゃ中々ないって。貴重な体験だから、ね?」
トイレと一緒に異世界へ呼ばれる方がよっぽどありえねぇよ。
心の中で突っ込んで、俺は青空を眺めた。そこにドラゴンはもう、飛んでいなかった。




