第二十七話:易いけど得難いモノ
第二十七話
学園に向かう道すがら、今日は珍しく俺一人だ。ハルカもマシロも用事があるとのことで先に行ってしまっている。
軽く忘れている気がしてならないが、俺は保健室の先生から楠アキホを真人間にしてほしいと頼まれているのである。
「はぁー……どうすりゃいいんだ」
その人の意見……というより、願望と現場の努力って温度差があると思うんだよね。
ほら、勉学の場だってそうじゃん? だから、更に難しそうな人の性格を矯正するって俺のような人間には無理なんです。
やる前から無理だと思って対応したら出来る事なんて何もないと偉い人はいいますがね、自販機にお金いれて『ああ、ぜってージュースなんてでてこねぇ』といいながらボタンを押したら普通出てくるでしょ?
論点をすり替えて、ごまかし……これなら保健室の先生を納得させるのも可能かもしれない。
「けど、まぁ、たまには頑張る事も必要か」
あの楠アキホも苦労なんてしていない顔で、意外と苦労しているのだろう。
最近じゃ、別に元の世界に戻らなくてもいいんじゃねと思い始めた。ハルカやマシロも異世界からの移住者として登録すれば戸籍を取得できるって言ってるし。
真人間に戻したら、元の世界に戻してもらえる。ま、それは一旦置いておくとして敵を知らねば真人間に戻そうにも戻せない。
「根っこは悪い奴じゃないからな」
「さっきから、何をぶつぶつ言っているんですか?」
道を歩いていたら右から顔が出てきた。
「……知ってたよ? 楠アキホがここで出てくることは知ってたよ?」
顔の近づけ方が半端ない。この距離は恋人レンジ……愛を語らい、キスを期待させる危ない距離だ。
「ちょっと顔を近づけすぎただけで動揺しすぎじゃないですか?」
「純情なんだよ。お前と一緒にしないでくれ」
「酷いですねぇ。わたしも割りと、純情なんですよ? あと、清純です」
さて、辞書はどこにしまっただろうか。
「何探しているんですか?」
「辞書」
「何故」
「優しい俺が清純と、純情の意味をきっちりかっきり、お前さんに教えてやろうと思ってな。えーと、どこいったかな。悪知恵働く割には頭、悪そうだし……っと、下の方に入れたのが間違いだったな」
最近電子辞書だけれど、こっちの世界じゃまだ紙の辞書だからな。
「あ、辞書ならここにありますよ」
「待て、何で俺の頭に……」
にこやかな割りに人を刺しそうな面をしている。き、危険だ!
「ちょあーっ」
「ふんぬっ!」
間抜けな掛け声と俺の声が重なった。
なんとか、振り落とされた辞書を挟み込む事に成功する。
「ぐぬぬ……」
「ぐぐぐ……やりますね、冬治君」
「冬治、君だと?」
これまでさん付けじゃなかったか? うん、そう言う呼び方もいいな。
「嫌ですか?」
「ううん、いいぜ、アキホちゃん」
「……あ、アキホちゃん」
ちょっと照れたところで辞書を奪い取る。結構な重量だったが……これを人差し指と親指で掴んでいたんだから意外と力が強いのだろうか。
「あー、朝から何でこんなにつかれなきゃならないんだ」
「それは冬治君が失礼なことをいうからですよ」
清純じゃないと言ったのがそれほど効いたのだろうか。見た目が何と無くチャラいし、遊んでそうだ。
ま、それが事実としても今怒らせるのは得策じゃない。
「そうかい、そりゃ悪かった」
ここでもう一言嫌味を追加してもいいけれど、今の俺は気持ち、菩薩よりだ。
「今日さ、放課後時間あるか?」
「ええ、ありますけど。それがどうかしたんですか」
「ちゃんと予定が開いているかどうか確認しとかないとな。一緒に遊びに行かないか?」
俺がそう言うと口を開けてまじまじと俺を見ている。
「どうしたよ?」
「……企んでますか?」
「何をだ」
「悪い事」
「企んでねぇよ。アキホちゃんと一緒にするんじゃあない」
いい事を企んでるよ? あんたを真人間にするという計画をさ。それは最終地点という事で、今やるべきことは目の前の人間を知ると言う事だ。
「で、どうなんだ? 俺とじゃ嫌か?」
「い、いいですけど……今更になってわたしの魅力に気付いたんですね」
ちょっと虚勢を張ってる感があったのでそれに乗っかることにした。
「ああ、そうだな。最初出会った時も可愛いと思ったが……改めて魅力に気付いたよ」
「……そぉですか」
声が裏返って顔を真っ赤にしている。くくく……まさか、アキホちゃんがこんな表情をするとはなぁ……こりゃいい。
携帯電話があれば写メ出来ると言うのに、実に惜しい事だ。こっちの機械技術の進歩に期待するしかない。
「でも、いいんですか?」
「何がだ」
「周り、人が一杯」
「……あ」
そうそう、忘れてた。俺、今……登校中だったわ。
俺らの事を興味深そうに見ている人がえーと、ひー、ふー、みー……学園に近いってこともあって十人は下らない。
「安心しろよ、最近の俺がこの世界の住人じゃないってのはちゃんと知れ渡っているからさ」
それに、お前の事を狙っている男子生徒なんて変なのを除いて、いないだろ? そういう失礼な言葉は呑み込んでおいた。
「でも、あそこでカッターナイフ取りだしている子、文化包丁出している子、いますよ? あ、隠れた」
「……大丈夫だろ」
せめて顔さえ拝む事が出来れば、今後逃げたりすることが出来たのだろう。
「カッターナイフはまだ学園で必要な時があるかもしれないけどさ、包丁は普通に捕まるだろ」
「杖です、って言えば大丈夫ですよ」
「マジかよ」
鉄砲なんかも杖です、いっていえば大丈夫なのかね。
「何でそんなに不安そうなんですか」
「あー……ほら、魔法喰らってもあまり痛くないけれど物理的にやられるとさすがに、ね」
「心配症ですね。あ、じゃあおまもりあげますよ」
「おまもり?」
「はい、どうぞ」
そう言って見せられたのは一枚の紙だった。
「お札? どう使うんだよ」
「こうするんです」
俺の右胸の所に貼りつけられた。そこには『アキホの男です』の文字が。
「お、おい」
「後、防御魔法もありますけど?」
「お、防御魔法か……防衛魔法みたいに他者を攻撃するんじゃないのか? 危なくないか?」
「いえいえ、実に安全的で効果覿面ですよ」
そういって何故だか拡声器を取りだす。
「すー……はー……みっなさぁああんっ。この異世界からやってきた冬治君は、わたしが、買い取りましたあぁっ。今後、彼に色目を使う連中は背後に気をつけてくださいねぇっ」
そういって何かを伝える目を向けられた。
ね、これで大丈夫でしょう?
本当だろうか……さっき、影に隠れたはずの女の子が凄い目でこっち見てないか?
「えへへ……放課後、楽しみですね」
「あー……そうだな」
「夢だったんです、こうやって何でもない日々を過ごすのって」
「夢ねぇ、易い夢だけど……意外と難しいことだ」
「本当はもっと大きな夢があるんですけどね。恥ずかしくて素面じゃ言えません」
「そうかい」
俺が知っても意味ない、と言おうとして辞めた。何だか、怒りそうだったからだ。ここで角を立てても何の役にも立たないし……大人しくしておこう。




