第二十六話:夢
第二十六話
「せんせー、トランスってどんな魔法なんですか」
俺はこの学園の正式な生徒ではないが、特別に授業に出る権利がある。利用できるものは最大限に利用しよう、そう思って変貌魔法学科にてそんな質問をしていた。
「トランス? あれは危険な魔法だぞ」
すこしごつめの若い男性教師が眉根を寄せる。他の生徒も首をすくめていた。
なんだ、そんな事も知らないのかという顔をしている。
知るは一時の恥、知らぬは一生のなんとやらだ。
「ま、いいだろう。トランスの説明をするからなー」
黒板に先生が人の姿と、竜の姿の二つを書いた。人の姿の方の周りに靄を追加する。
「いいか、これが魔法を使う術者だ。そして、この白い靄が魔力だ」
先生絵が下手くそー、そんな声が飛ぶが先生は気にしない。
「魔力を纏って、竜の姿を作る方法がまず一つだ」
隣に書いてある竜の姿へと矢印を作る。
「魔力のきぐるみみたいなものって事ですか」
「おおざっぱに言うとそうだ。もう一つが……」
矢印を消して、竜の姿へ丸を書きこんだ。
「魔力で全ての肉体を作り出し、そこへ意識を滑り込ませる。これが、トランスの二つ目だな。その間術者は昏倒していて、生命体になりきるんだ」
「なりきる?」
男子生徒の声に先生は頷く。
「小さい頃にごっこ遊びをしたことはあるか? あんな感じだ。最初は自我を保っていられるが、いずれ自分がその生命体……この場合は竜だな。それなのだと思いこむ。そうなると、術者の本来の身体は魔力に侵されやすくなるんだ」
「じゃあ、トランスを使う場合は魔力を自分の体の周りに作る方法がいいって事ですね?」
「そんなわけあるか。肉体を作るような高密度の魔力だ。短時間でなければ精霊化が進んでしまう。それに、触手をもつような物にトランスすればその操作に戸惑うからな。あまり現実的な魔法じゃない」
何か他に聞きたいことはあるか、その言葉に生徒達はどうでもよさげだった。
「このぐらいだろう。そもそも、トランスは……おっと、喋りすぎたな。もっと知りたければ図書室へ行くと」
「わかりました。ありがとうございます」
先生は黒板を消すとまずい林檎をいかに美味しく食べられるか、という魔法の話をし始めるのだった。
授業が終わって昼休み、俺は図書室へとやってきていた。
勿論、トランスについて調べるためだ。
「何してるの?」
「向日葵か……トランスについて調べてるんだよ」
「この前言った事、気にしてるの?」
「単なる知的好奇心」
不思議に思ったことは調べておいて損はない。向日葵には何かと世話になっているし(未だに俺を襲ってくる女子多数)、少しでも恩返しができれば幸いである。
「隣、いい?」
「どうぞ」
俺の隣に腰かけて、何をするでもなく向日葵ナツキは俺を見ていた。
「何だよ。読書中にじっと見られると集中できないだろ」
「あ、ごめん。なんだか、いいなぁと思ってさ」
「何がだ」
「普通に学園生活を遅れていられるって、思っちゃってさ」
「はぁ?」
少々、理解に苦しむ言葉だった。
「どういう意味だよ」
「んと、えーっと……ほら、あたしはちょっと色々やってるでしょ? 忙しい時が多いし、学園が終わったら何か事件が起こってないかパトロールしてるし」
「……そもそも何でパトロールしてるんだよ」
魔法が使える以外は普通の女の子だ。そして、この世界は基本的に魔法を使える人間の方が多いため、普通の女の子である。
「将来、そういうところで働こうと思ってるんだ。今もそれと似たようなことをしているんだけどさ。悪い人を取り締まるような……魔法を悪い事に使うような人間を正しい道に導いてあげたい」
「ふーん、そうか」
こうやって将来の夢を語られても、答えに窮すしかない。
だってほら、俺は異世界の人間だから。
見られる保証もないし、それが叶っておめでとう、やったね! そんな手紙を送ることも元の世界に戻ってしまえば出来ないのだ。
「その夢はいつ持ったんだ?」
「え? えっと……うん、曖昧だったんだけどお前の防衛魔法は凄いって言ってくれた人が居てね。それを生かせる職業を探してたんだ」
ちょっと照れている表情がいい感じだった。少なくとも、憧れは抱いているんだろう。
「へぇ、それってこの前一緒にいたおっさん?」
「ううん、あの人は魔法取り締まり委員の人。仕事上のパートナーだから」
「ふーん」
「そういえば親友はあの人に気にいられてたよ。熱っぽく語ってたもん」
おっさんに熱っぽく語られるなんて……まぁ、可哀想である。
そろそろお昼休みが終わる時間に近づきつつあり、俺と向日葵は図書室を後にした。
「あの、さ」
「うん? なんだ」
「その……」
最初、出会ったころは結構ずばずば言うような性格だった気がする。しかし、今ではしどろもどろが多い。
「どうしたよ」
「放課後ってさ、時間空いてる? パトロールに付き合ってもらおうかなー……って、あはは、駄目だよね?」
「いや、別にいいぜ。どうせする事もないし」
「え? 本当!」
「ああ、向日葵の夢が叶うんならその手伝いをしてやるよ。魔法は正しい事に使わないとな」
喜びように若干驚きつつ、おどけた調子で返しておいた。
「そうよね、その通りよね」
一般市民を異世界に召喚するような魔法使いを根絶させてほしい、切にそう思った。
二人で歩いていて、色気のある話でも出るかと思えば、そうでもない。
「やっぱりさ、時折現れるドラゴンなんかのモンスターは人だと思うんだ」
「……まだ言ってるのか」
人がモンスターになってそんなに頻繁に人を襲うだろうか。
いいだしたのが向日葵なら、強く信じてしまうのもわけない。
「冬治はそう思わないわけ?」
「そういうつもりでもないけどな……そもそも、その根拠は何なんだ。俺が調べた情報では並大抵の魔法使いじゃ、トランスなんて出来ないらしいぞ」
魔力を一所にとどめ、それを維持して更に力を作り出す。
魔法陣を作ることによって、魔力を安定してとどめることができるものの、それだと身体から若干ずれるのでトランスが成功しないらしい。
「根拠は……ないけどさ」
その目は勢いだけで生きてきた人間のそれだった。こりゃー、説得させるのは骨が折れそうだ。
「トランスを使用して、もしもそいつが人間だったとしよう。中にいるバージョン、外側だけを作って意識をそっちに向けるバージョンがあるそうだな」
「うん」
「もし、ドラゴンにトランスをして向日葵が倒したとしよう。そうしたら、この町に一人、行方不明者か、意識の戻らない人が出てくるはずだ」
「そっか……そうよね」
少しだけ、顔色がよくなった。
「ちょっと、行って来る!」
「どこへ?」
「警察と病院! 調べられる事があるならそっちを優先するわ!」
折角一緒に歩いていたと言うのに、向日葵は先に走って行ってしまった。
ま、しょうがないのかね。自分の考えが信じてもらえれば向日葵の立場ってものもよくなるんだろう。
「ん?」
「くるっぽー」
「くあーっ」
なんとなく、青空を見上げると其処にはハト数羽とカラスが闘っていた。
ハトは数羽で魔法陣を形成し、カラスを襲う。カラスも負けじと、魔法陣を作り出そうとしたがハトに襲われて失敗……焼き鳥となってしまった。
「こっちの世界のハトは強いんだな」
そういえば、誰かが魔力ハトの危険性を説いていたっけな。




