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第二十四話:誰かの隣

第二十四話

 俺とマシロの目の前にいるのは暗い炎を目に宿した櫻井ハルカだった。

 小さな両肩はいつもより大きく見えた。

 これはあれだ、この前、親友が読んでいたマンガに出てきたなんとかデレってやつじゃないのか。

 なんとかデレというより、修羅に見える。

「今、失礼な事考えなかった?」

「いやー、考えてなかったよ? あ、よくよく見てみればハルカじゃないか。一体、どうしたってんだ」

「……」

 ハルカはただ黙って自分の杖を取りだすと呪文を唱え始める。

「……黒き闇に囚われし、情熱よ」

 セリフが何だか病気っぽいぞ。

 爽やか零の表情で俺に向けて、魔法を唱え始める。

 黒く淀んだ塊が俺へまっしぐら。まさしくそれは猫が鰹節に向かうような堅実さがあった。

 あれに当たったらどうなるのだろう。

 そんなの、簡単さ。じゅっ、で終わりなのだろう……が、その魔法もマシロが指を鳴らすだけで消失した。

「何してるのハルカ」

「何って、変なことをしようとしていた冬治さんに天罰下すの」

「馬鹿じゃないの?」

「邪魔するんだ」

「当然だよ」

 ハルカは標的を俺からマシロへと変えたらしい。おかしい、この前までは普通に話して、笑い合っていた仲なのにいきなりこんな事になるなんて……。

「あー、ちょっと待て」

 マシロをかばうようにして俺はハルカを説得しにかかる。よくわからない展開ではある。

「俺には事情がよく呑み込めてない」

「……さっき、マシロとキスしようとしてたでしょ」

「え? お、俺は別に……」

「冬治さん……駄目、でしたか」

「そう言うわけでもなくてだな」

「ありがとうございます」

 マシロの方を見る。マシロは俺に熱っぽい視線を送って、俺の胸に顔を埋めてきた。

「うへへ……」

 お、女の子っていい匂いがするんだなぁ……。

「信用できないっ!」

 あっという間に二ケタの魔法陣が俺らを囲む。

「これがハルカの本気なのか」

 普段はピンク色の魔法陣のくせして、今日に限って真っ黒の魔法陣だ。どこかおぞましい雰囲気を出した魔法陣は俺たちへと迫ってくる。

 落ち着け、俺ぇ……こういう時こそ場を和ませる一発ギャグだ。

「抹茶をかき混ぜるときはゆっくり丁寧に……はやまっちゃいけない」

「頭を冷やして!」

「駄目か……」

 叫びが具現化したように、魔法陣一つから白骨にローブを着せた何かが現れ寄ってくる。

 あ、僕あれ知ってるー……死神っていうんだよー。

「消えて」

 ただ、それも瞬き三回……マシロの一言で消えてしまった。

 気付けば周囲に張り巡らされていた魔法陣の数も消滅していた。ただ、快晴だった空にまた魔法陣が現れる。

 ハルカは消されるのを予期していたかのように再び魔法陣を作り出していたのだ。

 ちなみに俺は一発ギャグをまだ考えていた。

「櫻井ハルカは魔法が使えない」

「くっ……」

 集まった魔力は消えた。

「ついでに、俺の中で生まれつつあった一発ギャグのネタも消えた」

 場を白けた空気が包み、今再び先ほどまでの緊迫感が生まれてくる。

「ハルカ、俺とマシロは兄妹じゃないぜ」

 あっちの世界でマシロという妹はいなかった。いや、もしかしたら居たのかもしれないが少なくとも、俺は見た事が無い。

「わかってる。この世界の冬治さんと、永遠マシロの事だもん。二人は兄妹だった」

「そうなのか、マシロ」

「……うん、多分。よくわからないけど」

 どういう事だろうか。本人は今一つ、ぴんときていないらしい。

「ついてきてよ、冬治さんにもわかるように説明してあげるから」

「ついていってまたさっきみたいに喧嘩し始めたら嫌だぞ」

「どうだろ。わかんない」

 まぁ、魔法は使えないから大丈夫だろう。そう思ったらハルカは両手をグーにして見せた。

 なるほどね、何も魔法使いだからと言って魔法使って喧嘩する必要性はないわけだ。

 レベルを挙げて、物理で殴ればいい話か。

「一旦、家に戻るよ」

「わかった」

 ハルカぐらいなら俺の腕力で何とかなるだろう。マシロをかばうようにしながら俺はハルカの後へと続いた。

 いつものリビング、いつもの三人、そして、いつもと同じじゃない嫌な雰囲気。これから見る映像は間違いなく、この後の展開に何かしらの影響を及ぼす。

「これだから」

 ディスクをプレーヤーにいれて、再生ボタンを押す。

「お兄ちゃん、大好きー」

「やめて、マシロ」

 其処に写っているのは俺とマシロがいちゃいちゃしている映像だった。

「……こいつがこの世界の俺か」

 ふむ、こっちの世界の俺はあれだね、目がもっと柔らかい感じで、中性的な顔立ちだ。これなら女装してもばれないだろう……まぁ、小さい頃なんてみんなそんなもんだろうけど。

 そして、もう一人の主役は……マシロとは雰囲気が違っていた。

「誰、これ?」

 この映像を見ているマシロは自分を見るなり、そう言った。

「マシロ」

「こんな記憶、ありません」

「だろうね。マシロは三割程度の記憶しか残ってないもん。ううん、一割程度かな……それすら、怪しいか」

「どういう事だ?」

 全く話の見えない俺に、何故だか電話帳を取りだした。

「爆発しちまえっ」

 そして、画面の中のカップルに向かって呪詛の言葉を飛ばしつつ、電話帳を縦に引き裂いた。これ、魔法だよな。うん、魔法だよな? 電話帳を腕力だけで引き裂くなんてどんな化け物だよ。

「びっくりしないでよ。かよわい女子にこんな事は無理だからね」

「いや、でもだな……破れてないか?」

「こういう事」

 電話帳が裂けたと思ったら外側の数枚が破けただけだった。

「なんだ、びっくりさせるなよ。それで、これがどうしたんだ」

「そっちの数枚が、此処にいるマシロだよ」

 ハルカはそう言って数枚をマシロへと手渡した。

「精霊化が進み始めた義理の妹、永遠マシロを夢川冬治は助けようとしたの。膨大な魔力を人間に打ち込んでもう一人、人間を作りあげる。一人は魔力を失い、もう一人は魔力の塊が人間となった存在。それが……」

「マシロか」

 だまって俺の隣のマシロを見た。彼女は無表情だった。

「冗談、じゃなさそうだな」

「事実。もっと詳しい事、聞きたい?」

 出来れば、聞きたい。

「っ!」

 そう言おうとした矢先にマシロは数枚の電話帳を投げ出して玄関へと走り出した。

「あ、マシロっ!」

「待って」

 静かな声で、有無を言わさずハルカは俺の腕を掴んだ。

 電話帳なんて裂けそうにない、女の子の力しかない。

「さ、選んでよ。私か、マシロか」

「冗談言っている場合じゃないだろ」

「冗談に見える? 私はマシロに勝つために、冬治さんを呼んだんだもん。マシロがこの家にいる理由も、この為だけだから。あの日、私はあの子に負けたんだ」

 その目が本気なのは言うまでもない。どこか、切なさを感じさせている。

「話が見えないね。マシロとお前は友達なんだろ」

「友達じゃない」

 そんなもん、決まっている。考える必要なんて一切なかった。


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