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第二十二話:逆転を狙う者

第二十二話

 追う者と、追われる者。

「……子どもの頃に鬼ごっこするのは何のためなんだろうと考えた事あったけどさ」

「それがどうした」

「大きくなってやヴぁい人から逃げるための予行訓練だと今知った」

 普遍的な会話をしていても、両手両足はあの日頑張って走った徒競走並みに動いている。ただの競争ではない、いつぞやの体育教師っぽい奴に追いかけられている真っ最中……つかまったらアッーと驚く展開になる事だろう。こわやこわや。

 今日もまた、ナツキが一緒に行動するみたいだからどうだ……そんな感じで誘われたのだ。

 そして、相手も馬鹿ではなかったらしい。魔力で作りあげた幻影を歩かせ、俺らを逆に尾行していたと言う事だ。

 むずむずとする視線を感じて後ろを振り返ってみればそこにはタンクトップ筋肉質のおっさんが居たのである。

「冬治が気付かなかったら今頃剛腕の餌食だったな」

「残念な話だけどさ、まだ逃げきれてないぜ」

 魔法使いと言えど、防衛魔法を使う連中は結構身体を鍛えているらしい。俺も身体を比較的動かす方なので、何とか距離を保って逃げ続けている。

「次の十字路でわかれよう」

「そうだな。そっちのほうが助かりそうだ」

 追う物は一人、追われる者は二人だ。お互いに相手の健闘を祈りつつ、自分だけが助かるんだと信じてやまなかった。

「……魔法で分裂とか使い魔を召喚だとかしないよな」

 迫る分岐点へ不安が首を伸ばす。

「それはないな。あのおっさんは間違いなく肉体強化の魔法しか使えないはず」

 じゃあ、誰が幻影の魔法を使って俺らを騙してたんだよと聞こうとして、運命の場所へとさしかかる。

「アディオス!」

「ばいちゃ」

 俺は右へ、奴も右へ。

「おい、別れろって言っただろ! 左の道は入り組んで撒きやすいだろっ」

「……親友、残念ながら左側は行き止まりが多いんだぜ?」

「へ、へぇ、そうなのか。知らなかったなー」

 こいつ、間違いなく俺を陥れるつもりだったな。

 結局、逃げ切るのにはかなりの労力を要した。

「もう駄目、今追いかけられたら捕まっちまう」

「あー……くたばりそうだ」

 公園の物陰に隠れて二人して犬みたいに舌を出して喘いでいた。

「へぇ、もう逃げられないんだ」

「そうそう、もう無理。おっさん来たら親友を差し出して逃げ……」

 逆光で顔が良く見えないけれど、その声は間違いなく、追っかけていた相手の片割れだった。

「な、ナツキじゃないか。偶然だな」

「偶然? 必然よ」

「ああ、そうなの。じゃあ、俺たちはこれで……」

 逃げようとした俺の肩へ手を置いたのは何故か親友だった。

「お、おいっ」

 目の前のナツキは既に魔法陣の形成を終了させ(三つだ。三つも浮かんでいやがる!)、腕組みしていた。

 女の子の腕組みっていいよね、胸が強調されるし……胸の下で組んだ場合に限るけどよ。

「ああー……この前までは天使に見えていたのに、今は悪魔に見える」

「おれは諦めない。ついでに、冬治も救ってやる」

 現実逃避したい俺と、現実と戦うらしい親友は言ったのだった。

「実はだね、ナツキ。冬治とおれが君を追いかけていたのにはわけがあるんだ」

「わけ? ちょうどよかった。こっちもそれを聞こうと思っていたところなの」

 ナツキって優しく笑えるんだな……もっとも、それは猫がネズミをいたぶるときの物だ。

「冬治がナツキと一緒に歩いている男が、あれは彼氏なんじゃないのかって深刻そうに考えていてさ」

 たったそれだけの言葉でナツキは顔を真っ赤にしていた。

「か、彼氏って……違う、あれはただの仕事仲間!」

「だってさ、よかったね冬治」

「あ、ああ……」

 え、もしかしてこんな簡単なでおとがめなしに出来るのかよ。

 信じられない心境でナツキを見ると、魔法陣が消えていた。

「さ、後はお前の演技力が試される……いってこい」

 背中を軽く押され、俺はナツキの前へ立つ。

「何? まだあたしとあの人の仲を疑ってるわけ?」

「違うぞ」

「うーん、冬治ってば心配症だからナツキが騙されて交際しているんじゃないかと思いつめていたようなんだ」

 俺は左足で軽く親友の足を蹴った。

「おい、何、口から出まかせな事を……」

「いいって。こういうのは少し過剰にやっておけば難を逃れるでしょ。それに、気になっていたのは事実なんだろ?」

「……まぁ、そうだけどよ」

 ナツキは何やら顔を青くして考え込んでいた。

「中年のおっさんが好きなのかな―って……本当、真剣でさ。おれ、こっちの冬治ならシカトこいてたけど、異世界の冬治って全然違うじゃん? つい、聞いちまって……お節介に走っちまったんだ」

「あ、ああ。親友の言うとおりだ」

 若干の罪悪感に胸がちくりと痛む。

「と、冬治。あたしは……」

「尾行していてさ、冬治ってばナツキと二人きりで遊びに行きたいなー……とか言ってたよ」

 これがとどめとなったらしい。

 ナツキの顔は何かを決意した女の顔になっていた。

「冬治、今度一緒に……ううん、今から遊びに行こう?」

「え、い、いいのか……」

 この返答に対して、ノーなど言えるわけもない。

 俺は大人しく頷いて、笑っておいたのだった。

「んじゃ、いってらっしゃい」

 逃げ切ったと油断しきりまくりの親友に見送られながら、やけにナツキを近くに感じていた。

 二人して並んで歩いても俺の方は特に何も考えちゃいない。

「あのさ」

「う、うん?」

 しかし、俺の隣にいる人物は非常に緊張しているらしい。

 それでも、まだ俺の方が余裕だ。余裕のない人間を見ていると、まだ大丈夫だと思うのだろう。

「あの中年男性は仕事のパートナーだって言っていたけど……どんな仕事なんだ」

 少しの間、人差し指を顎に当て、ナツキはかんがえこんでいた。

「……あ、別に冬治は見ているからいいんだね」

「何か見たっけ?」

「うん、あたしらの仕事は人に被害を与えるような存在を霧散させる事だよ」

「よくわからないな」

 襲ってくる生徒達から、身を守ってくれている……そういうのが仕事だろうか。

「ドラゴンに襲われた事、あったでしょ? ああいうのを相手にするの」

 それはまた、非常に危険そうなお仕事ですね。

「最近は比較的多くて……結構、大変なんだ」

「ふーん……でも、ドラゴンとか普段どこにいるんだ?」

 あの時はどっかの家から飛び出して気がした。この世界ではそれが普通かとも思ったんだけどな……『ポチ―、こっちよー』的な?

「どこにいるのかわからない。街中で暴れるって事は滅多にないけれど……要請があってあたしたちも動いているから」

「ふーん? どっかの魔法使いが作ってるのかねぇ」

 俺の言葉に少しだけ眉を動かした。

「どうかしたか」

「……これはね、仮説なんだけれど」

 そういって話し始めたナツキは先ほどよりも困っている表情だった。

「あれ、人間なんじゃないかなって……」

「え」

 時間が止まったような気がしたが、俺の頭上をハトが飛んでいく。

 このタイミングでドラゴンが飛んだらまぁ、面白かったかもしれないな。

「冬治はもしかしたら知らないかもしれない。トランスって魔法があるの」

「トランス?」

「変身する魔法。魔力を纏って、別モノにね。それこそ、竜とか神とか……自分が想い浮かべる姿に見た目を変えることができる魔法」

 魔法ってそんなことまで出来るのか。

「トランスの魔法が認知され始めてから魔物が出てくるの、増えてる気がする」

「へぇ、それはいつぐらい前からだ?」

「二十年ぐらい前かな」

 二十年ぐらい前かぁ……俺、何してたっけ? ああ、まだ生まれてねぇや。

「あたしはそれを少しでも減らさないといけない」

 この歳だとそんな使命感を抱くのかねぇ……。

「あんまりさ、危ないことはしないほうがいいんじゃないのか」

「ん? そうかな」

「そうだよ。親御さんが心配するんじゃないのか? 実際、してるだろ?」

「……ちょっとは」

 何やら苦い表情になった。そして、まるでタイミングを見計らったかのように電話が鳴り響く。

「あ、もしもし? なんだ、ママか……何?」

 ママ、ママねぇ……俺も元の世界に戻ったら母さんという呼び方からちょっと変えてみようかね。

「迎えを寄こしたって……大丈夫だから!」

 迎え? 何の話だろうか。

 そう思っていたら黒塗りの車が二台、俺達の前に現れた。

 車の中からは黒服達が現れる。もうどれも見た目が一緒。ご丁寧に、サングラスまで揃えられている。

「居たぞ!」

「あれは……」

「お嬢様を守れ!」

 俺の姿を見るなり、あっという間に黒服達に囲まれてしまった。

 すごーく、嫌な予感がします。

「あ、あのー」

「くっ、奴に魔法を唱えさせるな!」

「押しつぶすんだ!」

 脳内に出てくる言葉は『この世界の冬治とやらはよっぽど、この世界に嫌われていたんだろうなぁ』というものだった。

 自分に対しての境遇はもう、諦めている。

 この後、ぼこぼこにされてぼろ雑巾決定なのだろう。黒服達は学生を相手にしているような目なんざしていなかった。狡猾で、厭らしい性格のやり手と戦う時の緊張感ある目をしているのだ。

 そして、こんなときでも助けてくれるのは俺の隣にいる人物だった。

「やめて、彼はあいつじゃないわ」

「しかし……」

「大丈夫。冬治は魔法、使えないから。異世界の冬治なの」

 疑り深い目を向けられて俺は一般ピーポーな雰囲気を出してみた。

「後、約十年したら魔法使いになります」

 きりっとした表情を向けるとしきりに頷かれた。

「お嬢様の言っている通りの様ですね」

「危険性零と判断いたしました」

 うわぁ、すげぇ馬鹿にされた気分だ。

「しかし、ナツキは……お嬢様なのな」

 そういうと多少困った顔をしているのだった。

「ちょっと、違うけどね」

「何が違うのかは知らないけどさ、黒服がごろごろしている屋敷に住んでるんだろ? 窒息死そうだな」

 俺の言葉を肯定するかのように、彼女はため息をついて疲れた笑みを浮かべるのだった。

「じゃあ、また明日……今日はこれでおしまいだから」

「ああ、そうなのか。楽しかったよ」

「う、うん。また……誘ってくれる?」

 誘ってきたのはナツキだけれど、突っ込まずに頷いておいた。

「ナツキが暇ならな」

「わかった」

 黒服と共に車に乗り込んだナツキに手を振り、俺は考える事があった。

「……あの時のドラゴンがもしかしたら元、人間かもしれないのか」

 ちょっと調べてみようかな。


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