第十九話:話のタネに
第十九話
楠アキホというとても面倒な奴(俺は面倒な奴が嫌いだ)に手を掴まれ、引きずられる。
「なぁ、これからどこへ……」
「しっ」
人差し指を俺の目の前につけ、静かにするよう言われた。まるで俺が悪いかのような表情……。
「……ったく」
何なんだよ。
授業中にさ、しかもそれなりに可愛い娘さんと楽しくおしゃべりしながら英単語のテストをしていたと言うのに……入ってきて手を握って出て行くんだもん。
先生なんて口を開けて見送ってたぞ。授業中に侵入してくるなんてあり得ないだろ。
これが重火器で装備した連中だったら俺らのクラスは間違いなく、全員人質決定だ。
「それで、どこへ行くんだ」
もうこの階段の先に残っているのは屋上だけだ。
「あの空の彼方へ」
爽やかなほほ笑みを俺へと向けていた。セリフが臭い。今どきの子はそんなこと、絶対に言わないだろうな。
「……」
スル―を決め込む俺をそのまま屋上へ連れてくる。
青色の絵の具をぶちまけた空を眺めているだけでも、心は晴れ晴れとした気分になる。季節を感じさせる熱い風、ましてや、授業そっちのけで屋上でサボりだなんてあっちの世界に居た頃は出来ない事だった。
「……」
「あ、ちょっと来て良かったなと思いましたね?」
「ちょっとだけな。それで、いきなり連れ出してどうしたんだ」
憤りなんて青空のどっかへ飛んでいった。屋上に出て尚、俺が喚き散らそうが怒鳴ろうが、目の前の人間はせせら笑う程度のはずだ。
「冬治さんがどのようにして、この世界にやって来たのか……過程を聞こうと思いまして。答えられます?」
「ああ、その程度なら大丈夫だ」
特に口止めをされているわけでもないから大丈夫だろう。俺としても、授業をさぼってでも目の前の人物を真人間に……あれ? もしかしてこのまま行くと俺が不良コース確定じゃね。
「噂では半裸でこの世界にやって来たとか?」
「……どぉしてそれを!」
ほぉ、どこが出所か知らないが……ぴしゃり当ててくるじゃあないか。
「秘密です。で、そうなんですね?」
「それはあまり関係ない事だろ」
「と、言う事はやはり半裸召喚ですね。別の世界に来てまで半裸を見せたい願望があるとは……やらしい」
「やらしくないやらしくない」
「どうだか」
眼鏡のツルを挙げる真似をして笑っていた。くそ、今思い返せば本当に変な状態で召喚されたものだ。
「あっちの世界のどこにいてこの世界に召喚されたのでしょう?」
彼女の部屋ですか? その表情は実に意味深だった。ま、下半身を晒す場所なんて決まっているからな。
「トイレだ」
「和式?」
「洋式。田舎のじいちゃん家は和式だけどな……関係ある事か?」
ちなみに、じいちゃんの家の風呂は五右衛門風呂だ。家の外に物影があったとき、じいちゃんだと思っていたら熊だった事があったっけなぁ……冷静に考えたら凄く危ない場所だ。
「じゃあ、他には……冬治さんを召喚したのは櫻井ハルカですよね」
「ああ」
「彼女に、半裸を見せたと」
「違う」
見せたんじゃない、見られたんだ、とは言えない。
「どうせ粗末すぎて鼻で笑われたんでしょう?」
「いいからさっさと進めろってんだ」
そんな調子で小馬鹿にされながら、俺の言っていくことをノートへと書き写していく。
「それ、俺が元の世界に戻るのに役立つのかよ」
ネタ帳と書かれたそれが、俺の未来を決定づけるとは到底思えなかった。
「ええ、おそらく。断定できないのが悲しい事ですけどね。そろそろお昼休みです。このまま学食へ向かいましょうか」
「はー……わかったよ」
またもや手を握られ、俺は校内を連れ回される。勿論、昼休みに突入している為、廊下には沢山の生徒達が居た。
「さすが、孤高の魔法使い冬治さんは目立ちますね」
こっちの世界で俺はとても凄い魔法使いだったそうな。だが、俺がこっちに来て一カ月も経ってしまえば俺が魔法の使えない人間だと知れ渡っている。
つまり、この状態で目立っているのは……。
「うっわ、楠アキホだ」
「ダーリン、近づかないでよ」
「わかってるよ、みおちゃん」
男子はすぐさま逃げていった。そして、女子は楠アキホを睨んでいる。
「いや、あんたのおかげで目立ってるんだよ」
楠アキホはキツネの渾名があるらしい。何でも、男子生徒の殆どが骨抜きにされるほどの色気を纏っているそうな。
勿論、それは魔法の力だ。近づくだけで色気に当てられるそうで、女に興味があろうとなかろうと、接近するだけで駄目になる。
一度当てられたら最後、アッシー君からお財布まで……彼女専用の係を言いつけられ使役されるらしい。
「メギツネさん、遠巻きにしている皆さんに何か一言」
「心外な……みんなが快くやってくれているんですよ」
ちなみに、効果は半径二メートル程だ。それより外だと、効果はない。つまり、男子生徒は基本的にこの変なのに自ら近付こうとしないのだ。
ある先生に聞いてみたところ、解放された時に『ああ、俺、ナニやっているんだろう』という考えが脳裏を強くよぎるそうで、賢者になれると噂だ。
「魔力の通用しない冬治さんは落とせないから面倒ですね。是非、魔法が効くようになったら前々から挑戦したかった人間椅子になってもらおうかと思ってます」
「最悪だな」
「試しに四つん這いになってくれません? 新しい世界が見えると思いますよ」
「生憎、新しい世界に来てまだ一年も経ってないんだ。まだ新世界に行く必要はない。遠慮しとくよ」
こっちの世界に来て出来た友達は大抵が、いい奴だった。この楠アキホは……悪い方だろうな。
「あいつを恨んでいる子もいるだろうからね。襲われるかもしれない」
保健の先生から楠アキホを守ってくれ的なお願いをされているからな。どんな状況でも見捨てちゃ駄目だ、うん。
「もし、あの子を更生なり何なりしてくれたのなら、君を元の世界に戻すことを約束しよう。さすがのアキホでも君を元の世界へ飛ばすのは無理だろうから」
人間、目の前に餌を吊るされれば頑張る度合いが全然違うのだ。
ま、そう言う理由もあって極力楠アキホを要る必要性がある。何せ、この世界の冬治とやらも女子生徒をたぶらかしまくって最終的には異世界へと逃げ出しているからな。あり得ない話ではないのだろう。
世界の果てまで追いつめられるのなら、異世界へ逃げればいい……ただ、彼女の場合はそれが出来る人間ではない。
「ん、どうかしました? もしかして、わたしの魅力にやられました?」
「はは、ないない。まだ昼飯の方が魅力あるよ。お前さんと恋人になっても、他の男と遊んでそうだもん」
そう言ったら思いっきり尻を蹴られた。
挙句、機嫌が悪くなってお昼代までたかられたのだから本当についてなかった。




