第十一話:きをつけないとアホになります
第十一話
羽津魔法学園とは非常に変わった場所だと俺は思う。おっと、魔法が存在している時点で普通じゃないのは了承済みだ。
一見すると普通の学園なのだ。しかし、いざ校舎内へ足を踏み入れてみると高度な魔法の積み重ねによる不思議な広さを保っている。壁にかけられている絵や石像に触れるだけで部屋に入る事が出来るのだ。そのため、校舎はどちらかというと小さい部類に入る。
対魔法の建築物で作られているらしく、壁に向かって魔法をぶつけようが何しようが壊れないらしい。魔法ではなく、科学が魔法と調和した素晴らしい結果とか何とか歴史の授業で言っていた。
まぁ、というわけでふらふら歩いていると道に迷うのは意地悪な生徒が魔法をかけているんだとか。購買部ではその魔法を防ぐためのお守りまで売られているし、家庭科の授業ではその作り方、手芸部ではそれを作っていたりする。
そういった情報を知っていたとしても、人は『私は別に大丈夫』と思う生き物だ。
「迷った―……」
おかしい、図書館へ行っていたはずなのに何故だか女子トイレから出てきたぞ、おい。
さすがに、この状況がおかしい事に当然気付いている。いくら何でも、女子トイレから出てくるなんて変だ。
それに、ここは何だか生命体が居ない気がしてならなかった。
「どうしたもんか」
この世界、携帯電話がないみたいだしなぁ……。
「ふっふっふ、やはり魔法が効かない体質と言っても物にかけられていれば効くんですね」
「げ、楠アキホ」
女子トイレとは反対側の場所から楠アキホが登場してきた。
「これ、もしかしてあんたの仕業か」
「ええ、そうですとも。驚きましたか?」
胸を逸らす楠アキホにため息しか出ない。
「もうわたしも迷って……三日になりますかね。これで冬治さんを迷わせる事が出来ましたから、安いものですよ」
「三日もかよ」
なるほど、だから最近会わなかったのか。ああ、そういえば職員室前の掲示板に迷子のお知らせが来てたっけな。
品行方正な生徒はすぐに捜索隊が組まれるが、あまり芳しくない生徒は有志が探すそうである。ぼっちには辛い世界なんだなぁ。
「迷ったと言っても、正確な時間はわかりません。でも、いいんです。迷ったんですよね?」
「ああ」
「わたしはそれで、満足です」
何がそこまで彼女を突き動かすのだろう。
そして、俺に勝ちを見せた彼女は……こちらへ近づいてきた。
「さ、わたしに触れてください」
「何故」
「わたしが魔力の発生源です。冬治さんが触れることにより、魔力が霧散し、元の世界へ戻る事が出来ます」
「……本当かよ」
「ええ、間違いないですよ」
恐る恐る近づいて何もしかけてこないのを確認する。
「で、どこを触ればいいんだ」
「好きなところを」
「……」
つい、その立派な胸に目をやって伏せた。うむ、さすがに触るわけにはいかんだろうよ。
「じゃあ、肩に触れるぞ? いいな?」
「どうぞ」
肩に手を触れても、特に何も起きなかった。
「おい、何も起きないぞ」
「へんですねぇ……触り方が悪いのでは?」
「触り方だぁ? んなもんで変わるわけが……」
「戻りたくないんですか」
心の中で舌打ちし、ここは大人しく従う事にした。
「で、どうすりゃいいんだよ」
「わたしのこの手を優しく、そっと優しく愛で包んで下さい」
頭の中がやばいお花で満たされているに違いないね。
ただほほ笑んでいる楠アキホの手を握る。
「……どう、ですか」
「どうも何も、柔らかいだけだよ」
強く握りしめるわけにもいかず、蝶を捕まえるような感じで包みこんでいる。俺より少し背の低い楠アキホの顔が間近にあった。
近くで見ると、意外と可愛いなぁ……と、つい思ってしまった。
「顔、真っ赤ですよ」
「わかってる……それで、いつまでこうしていればいいんだよ」
相手の顔しか見えない状態は辛い。全てを見透かすような、楠アキホの視線が何だか気恥かしい。
「あ、もう結構ですよ」
辺りを見渡した。
他の生徒達が俺達を見ている。
ひそひそ話をしている奴らもいた。
「先に言えよ!」
「うんうん、中々やりますね。この衆人環視の中でこのような恥ずかしい事が出来るのは異世界の冬治さんだけですよ。誇っていいです」
「嬉しくねぇよ」
楠アキホの目的が一体全体何なのかさっぱり分からない。
更に増えてきた生徒の中から、一人の男子生徒が現れた。
「アキホさん、僕というものがありながらそんな不良を愛するのですか」
「ごめんね、シド。冬治さんが無理やり……」
「って、おい」
かなりのイケメンが女子生徒に囲まれながら俺の目の前に立つ。その右腕には『楠アキホ探し隊』と書かれた腕章がつけられている。
変なのを探す奴はやっぱり、変な奴に限るのかね。
「むぅ、君が異世界の冬治君とやらか」
どう見ても俺の事を勘違いしている人間だ。
「ああ、そうだが……あのな、先に言っておくが俺は楠アキホの事が……」
「好きというつもりか!」
どよめきが響き渡った。
「こんな、こんな人が多い中で人を好きだと宣言できるのか、君は!」
「いや、出来る筈が……」
「皆まで言わなくて結構だ! 僕ならそんな事は出来ない……笑ってくれても、構わない! 君は何と言う勇気のある少年なんだ!」
頭の中に腐れ汁でも入れられているんじゃないだろうか。
いちいち癇に障るようなきざったらしい態度と、何故かちらつくキラリエフェクトにイライラしつつ、我慢する。
「何よりっ、教職員へ届け出を出す前に自ら異界へとアキホさんを探しにいく気概っ、感動した!」
「うぜぇ……そんなんじゃないし」
「ツンデレ! ツンデレ属性なのか! 別に俺はお前の事なんざ、どーでもいいんだよ。けどな、お前が居ないと困る奴が一人は要るんだよ……どこかにな。そんな言葉を履いていたんだろう? そうなんだろう?」
全く、異世界にまともな人間はいないのかと言いたくなった。
「おい、楠アキホ、こいつをどうにか……あれ、いねぇ」
気付けば楠アキホは姿を消していた。
その後も、まだ騒ぐアホを放っておいて俺も走り去るしか方法はなさそうだ。。




