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序章 ある夜の前に

 娘の沙理弥(さりや)が小学校から持って帰ってきた連絡ノートを見てみると、

「沙理弥ちゃんが最近昼の間も眠たそうにしてますが、お休み時間が遅くなっているのではないでしょうか?」と、担任の先生から書いてあった。

 沙良(さら)は連絡ノートから顔を上げ、この前の参観日に御会いしたその先生の顔を思い浮かべてみた。

 ……物腰の柔らかそうな、気を使われるタイプの先生だ。

 きっと、「眠たそう」というのは「爆睡していた」の意味に違いない。

 授業の最中にでも、椅子に座ったまま頭を椅子の背もたれに乗せて、仰け反るような体勢で寝息を立てている我が娘。その横で先生が苦笑いされている光景が、なぜか簡単に頭の中で再生された。

 現在小学二年生の沙理弥は誰に似たのか、少々神経が図太いところがあった。

「いや、誰に、じゃなくて悟史に似たんだ。うん、そうに違いない」

 それこそ誰にか分からないが、言い訳するように思いを巡らす沙良。

 短大を出て地元の会社に就職。その職場で三つ上の悟史と知り合って、そのまま結婚退職。

 お互いに一人っ子だったので双方の両親からの色々な援助があったことと、地方で物価が安かったこともあって、ローンでマンションを購入し二人の間に沙理弥が誕生してからも、沙良は専業主婦として自分で娘を見ることができた。

 自分自身が親に一人娘として大切に育てられてきた為、多少のんきなところがあるのは自覚しているが、のびやかに愛らしく育ってくれている娘と、関西人らしくしっかりした性格の悟史との家庭生活は、時々騒々しくもあったりしたような気もするが概ね幸せなものだった。

 ただ最近、悟史の仕事が進展し忙しくなった為、帰宅時間が以前よりも遅くなっている。

 言われてみれば、それにつれて妻娘の生活リズムも若干遅れ気味になってしまっていたのだ。

「ママー、洗面所の石鹸が無かったんで、新しいの出したよ」

 タオルで拭いても残っていた手の水気を、ヒラヒラさせる事で飛ばしながら、沙理弥がキッチンに戻ってきた。

 新しいのを出さなければ、と思って忘れていた沙良は軽く「あっ」と声を出したが、沙理弥はそれに構う事もなく、テーブルの上にある空になったプリンの容器をすばやく見つけて指差した。

「沙理弥の分も冷蔵庫に入ってるわよ」

 娘がすばやく冷蔵庫のところへ移動し、開けたドアの隙間から中を覗き込んでいる間に、沙良は壁際の棚の引き出しから、もらってきてある新品の紙のスプーンを一つ取り出した。

 三連パックで売られているプリンの最後の一個は、紙とビニールのパッケージに包まれてポツンと一個、誰かの手に取ってもらえるのを待っているようだった。

 パックごと自分の分のプリンを手にしてテーブルの席に座った沙理弥は、不思議そうに眉間に皺を寄せて、すでにテーブルの上にあった空のプリン容器を見つめる。

「どうしたの?」

 スプーンを娘の手元に置きながら、沙良はその空になった方の容器を手に取った。

「昨日三個あったプリンが、今はなぜかこれで最後の一個になってる」

 娘の答えが耳から入った瞬間、沙良の呼吸が一瞬止まった。

(……こういう所の鋭さは悟史譲りの目聡さと、あとは所謂女の勘なのかしら)

 だがすぐに何事も無いように微笑みながら、容器をゴミ箱の中へ捨てると早口に捲し立てる。

「えー? きっと昨日から二個しかなかったのよ。ママが一個で沙理弥が一個。うん、ちょうどよかったね」

 悟史はこの手の甘い食べ物は自分からは食べようとはしない。よって、この家のデザートは全て女性陣の物なのである。

 わざわざ声のトーンまで上げて沙良が同意を求めてきた。しかし沙理弥もそんな母の態度には慣れたもので、何か気付いたような薄笑いを浮かべ母を見つめていた。

「ママ、二個も食べてたらこの間のダイエットするって」

「あぁ! そうだ、沙理弥。あなた、最近幼稚園で眠たそうにしてる、って連絡ノートに書かれてたじゃない。ダメでしょ? だからママは早く寝なきゃって言ってるじゃないの」

 あまりの話題変更っぷりに沙理弥がボソッと「大人って汚い……」と漏らしてから口を閉じ、いそいそとプリンの蓋を開けて食べ始めたのを知ってか知らずか、沙良は小言を続けた。

「……だから、今日からもう九時頃には布団に入ってなきゃダメよ? いいわね?」

 最後に手振りを交えながら沙良は娘に念を押した。即座にスプーンを止めて沙理弥が不平を口にする。

「えー、そんな時間だと眠くならないし、テレビだって見なきゃいけないのあるし」

「だめよ。沙理弥位の頃は毎日十時間は寝てなきゃ。ちゃんと大きくなれないんだから」

 そう聞いて沙理弥は胸を張って答えた。

「ママ、大丈夫よ。足りない分は学校で寝るから」

「それがあかんねやろ」

 娘の言葉におもわず入れた沙良の突っ込みは、悟史の影響であろう関西風だった。


 八時半までに入浴も済ませ、寝る前の歯磨きも順調に進んだ。口をゆすいで清潔なタオルで口の周りを拭いた沙理弥は、それでもいまだ不満そうに言葉を漏らした。

「やっぱりまだ眠くないよぉー。もうちょっと起きてても良いんじゃない?」

 沙良が家族三人のいつも寝る和室にいつものように布団を準備していると、ここに来てもなお母の意思を変える事を狙ってか、沙理弥が提案を投げかけた。実に良い案であると言いたげに。

「さぁ、できたわよ。入りなさい」

 瞬殺で無視しながら、笑って掛け布団を捲くり手招きする沙良。この辺りの対応は一枚上手だ。

「うーーー」

 小さなうなり声を発しながら納得いかない顔の沙理弥を、布団の中に捕らえる事に成功した沙良は機嫌良さそうに娘の頬に手を当て、その顔に掛かっていた髪の毛をやさしく脇に退けた。

 部屋の明かりを消そうと真上の電灯の紐に手を伸ばしたところで、娘が下から見上げる視線に、さっきまでと違った何か訴えたげな思いを見た。

「……どうしたの?」

 手を降ろして沙良が静かに訊いた。

「あんまり真っ暗だと嫌だから、つけたままじゃダメ?」

 やはり普段の時間と比べてずいぶん早いせいか、まだ沙理弥は目が冴えて眠れないのが分かっているのだ。暗闇の中でじっとしている事を怖く感じる娘から、豊かで純粋に育っている想像力を垣間見る事ができて沙良は温かい物が胸を満たした。

 しかし、流石に目の前の電灯が点いたままでは落ち着いて寝る事もできないだろうと判断した沙良は、部屋の隅に寄せられていたナイトスタンドを枕元で点して、娘に確認した。

「こっちの明かりじゃ、だめかな?」

 頷いたのを確認した後で、改めて手を伸ばし部屋の電灯の紐を引く。

 三段階の工程で電灯は消え、部屋はスタンドだけの明かりになった。

 あまり近くて明るくなりすぎないよう、娘の頭の側からスタンドを離していると、その明かりに照らされて、部屋の隅に置いてある本棚の中の数冊の絵本が目に入った。

 沙理弥が幼稚園に通っていた頃には、布団の横でよく読み聞かせていたものだった。

 そういえば最近は忙しさのせいか、そんな読み聞かせをするのをすっかり忘れていた。

 何かの本で読み聞かせは小学四年生頃まで続けると良い、と書いてあったのを思い出す。

 当然その頃までは続けようと思っていたのが、今となっては遥か過去だ。

「そうだ、沙理弥。なにかママがお話したげようか。そうしたら退屈しないですむでしょ?」

 思っても見なかったのか沙理弥が目を見開いた後、嬉しそうに「うん」と頷いた。

 娘のそんな顔を見ることができて、俄然やる気が沸いてきた沙良は本棚から手頃な本を物色する。

 ……桃太郎、浦島太郎、シンデレラ、白雪姫。並んでいる本はあまりにも有名どころばかりすぎて、恐らく展開が分かっているであろう娘の興味を引き続ける事は難しいような気がした。

「んー、沙理弥はどんなお話がいい?」

 困って何気なしに沙良が尋ねると、

「ママのお話が聞きたい」

 娘の答えを聞いて、そういえば昔に絵本を読み聞かせていた時にも、一通り絵本を巡ってしまってから何回か、沙良自身がうろ覚えの物語の中から即興で話を作った事があったのを思い出す。

 話している内に様々な矛盾が発生したり、あまりにも、な展開となったものだが、逆にそこが娘に受けていたのを思い出した。

 その後娘は幼稚園にて、自慢げに「ママが話してくれた物語」と言って、その荒唐無稽な物語を他の子供たちに聞かせてまわっていたらしい。

 あるご両親からそう聞かされたときには(しかもそういう時に限って子供の記憶力と表現能力は素晴らしい才能を発揮するのだ)、その数日後にあった参観日を欠席しようかと真剣に悩んだものだが。

 温かい思い出と生温かい思い出が錯綜して、沙良の表情はなんとも言えないものになった。しかしすぐに気を取り直して娘の側に戻ると顔に笑みを浮かべ、その頭を撫でながら優しく声を出した。

「分かったわ。じゃあ、一つだけママと約束してね?」

 沙良は顔を近付けて沙理弥の目を見つめる。

「?」と首を傾げた沙理弥に沙良は

「絶対誰にも話しちゃダメよ!」

 思いっきり真剣な表情だった。

題名から分かりますように、千夜一夜物語を意識した作品です。

登場人物も

「シャーリヤル王」→「沙理弥」

「シャーラザット」→「沙良」「悟史」

から来ております。まぁ、童話というよりコメディになりますが。

なにぶん未熟な者が作っておりますので今後がどうなる事か分かりませんが、気楽に今後もお付き合いの程よろしくお願いします。

お読み頂き有難うございました。

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